私たちは管理職にさせられた

「昇進おめでとう」という言葉が、これほど空虚に響く時代はない。 今、多くの職場で起きているのは、適性や能力を度外視した「女性管理職」の無理な量産だ。現場のリアルを無視した椅子取りゲームの末に、私たちは望まぬ重責を押し付けられている。

責任を回避し、難局から逃げる体質

そもそも、組織における彼女たちの立ち位置を振り返ってみるがいい。 これまで多くの現場では、女性は「女性だから」という目に見えない免罪符を盾に、責任の軽い、いわゆる「楽な仕事」ばかりを選んできたのではないか。

少し状況が複雑になり、泥臭い交渉や責任問題が浮上すると、途端に男性社員へすべてを丸投げして背を向ける。そんな逃げ腰の姿勢が染み付いた人間に、組織の舵取りなどできるはずがない。トラブルの矢面に立つ覚悟も度胸もないまま、肩書きだけが一人歩きしているのが今の管理職の実態だ。

「女の敵は女」という、隠せない職場崩壊

さらに深刻なのは、部下との人間関係だ。 皮肉なことに、女性管理職の誕生をもっとも嫌がり、冷笑しているのは同じ女性の部下たちである。

男の管理職と女の部下が衝突するよりも、女の管理職と女の部下がぶつかり合う方が、その確執ははるかに深く、修復不可能になる。感情的なしこりは業務を停滞させ、組織の歯車を決定的に狂わせる。女性の部下は、女性の上司を敬うどころか、その一挙手一投足を監視し、嫉妬と反発の火種を燃やし続けているのだ。

災いを招くより、あるべき場所へ

結局のところ、無理な表舞台への引きずり出しは、組織に災いをもたらすだけではないか。 「女性活躍」という美しい言葉の裏で、現場には不和と混乱が蓄積している。

女性は、強引に前に出るのではなく、一歩引いた場所でサポートに徹している時こそが、組織として最も健全で安定していたはずだ。無理に管理職という重荷を負わせ、現場をかき乱すのは、本人にとっても周囲にとっても不幸な結果しか招かないのである。

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