人と会うだけで疲れるのは、「ちゃんとして見られなきゃ」と頑張っているからかもしれない
大勢の人と接するとき、
僕はいつも、どこか緊張していました。
自分から話しかけたほうがいいのかと、おどおどしてしまう。
周りをキョロキョロしてしまう。
無言になる。
不自然な間ができる。
何か話したほうがいいなと、頭の中は高速回転しているのに、言葉にならない。
やっと言葉に出したとしても、その場に合っていない、突拍子もないことを言ってしま
う。
そして、変な汗がずっと出る。
過去の僕は、複数の人と接すると、こんなことがよくありました。
社会人になってからは特に、馴染みのない初対面の人と接する機会が増えます。
1日がかりの研修のとき。
飲み会のとき。
会議のとき。
僕は複数の人と接したあとは決まって、
帰りの電車の中で、思考停止したままボーッとスマホをいじっていました。
帰宅したら、洋服を脱ぎ、そのまま布団にバタンと倒れ込む。
周りは普通に笑って話しているのに、なぜか自分だけ会話がぎこちない気がする。
帰り道で、
「あの一言、変だったかな」
と、ずっと頭に残る。
みんなは苦なくできているように見えることが、なんで自分にはこんなにうまくできない
んだろう。
なんで、人といるだけでこんなに疲れるんだろう。
そんな気持ちを、ずっと抱えていました。
誰にも相談できなかった
でも、誰かに打ち明けることもできませんでした。
相談してみたい気持ちはある。
でも、相談するほどのことではない気がする。
みんな自力で解決していることのように見えるから、こんな小さなことを相談したら、
馬鹿にされるんじゃないか。
わかってもらえないんじゃないか。
相談したあと、変な空気になるんじゃないか。
そんなことばかり考えていました。
何も解決できないまま、体だけ大きくなって、いつの間にか大人になっていました。
空回りしていた理由
当時は、自分がこんな「できない」を抱えていることを、知られるのが怖かったのかもしれません。
何か話さなきゃ。
変に思われないようにしなきゃ。
ちゃんとして見られなきゃ。
そう考え始めると、余計に頭が真っ白になる。
ぎこちなくなる。
そんな空回りをしていたんですよね。
今でも、人が多い場所は少し苦手です。
会議や飲み会、初対面の場では、変な汗をかくことがあります。
年齢を重ねた今は、若い頃とはまた違う、
「年上だからちゃんとしなきゃ」
という力みも増えました。
だから今も、空回りすることがあります。
完全に平気になりました、とは言えません。
でも最近は、少しだけ気づけるようになりました。
「あ、またちゃんとして見られようとしているな」
と。
ここから先は、そんな僕が少しずつ気づいてきた
「人といると疲れる理由」と、
「ちゃんとして見られなきゃ」をゆるめるために今していることを、もう少しだけ書いて
みます。
同じように、人と会ったあとにどっと疲れてしまう方が、
少しでも「自分だけじゃないんだ」と思える時間になればうれしいです。
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