小説『ワンダリングノート・ファンタジー』(39)君を守って
Chapter39
「トム! 今にうちに逃げるのよ!!」
「ま⋯⋯待つんだ、レナ!」
レナは一刻も早くこの場所から立ち去るため、無我夢中で走り出した。この世界におけるAI技術は物理的な生成だけではなく、ダンを転ばせた時のようなイメージそのものであることを彼女は理解した。そして先ほどの、異常な男の示した「独りよがりの歪んだ世界観」を思い出し、吐き気を感じた。
「レナっ! その斧を捨てるんだ!! それにはまだ、ダンの──」
レナの後を追いかけるトムが叫んだ。
「え!? だってこれは金の斧よ!? 今はただの斧になってるけど⋯⋯私にはわかるの!!」
「君がそれについてどこまで知ってるかはわからないけど! とにかくそれは⋯⋯ヤバいんだ!! 早く手放すんだ!!」
トムの鬼気迫る発言にもかかわらず、実際に金色の斧を手に取ってその感覚が身に馴染んだレナには、これを捨てるという選択はあり得なかった。たとえダンによる「何らかの罠」が仕掛けられていたとしても、疑わずに信じることでそれを乗り越えられると思った。
『ふん、小娘が⋯⋯。お前が持っていたその斧「ゴールデン・アックス」⋯⋯気づかないとでも思っていたのか? 俺の能力で「古ぼけた斧」に変換してから、あえてお前に渡したのだ』
「レナっ!! その斧は!! この池の「歴史」を見て来ているっ!!」
トムの警告がレナに届き、彼女は聞き返した。
「⋯⋯えっ!? 何!?」
「この『池で起こった出来事』を、その目で見てしまう前に! 早く捨てるんだ!! 見てしまったら、事実は確定して──」
『ベラベラと喋るな、小僧。お前とは一度、公園の広場で会ったことがあるな?』
トムは似たような状況を思い出した。どんなに歩いても、一向に目的地へ辿り着けなかったあの感覚を、再び味わってしまった。レナを追いかけて走っていたはずが、一歩も前に進んでいなかったのだ。
『この池の管理人としての「役割」を与えたはずの男の精神に、いつの間にか小僧、お前が入り込んでいるではないか? 俺の設定に背くことが出来る者はこの「絵本世界」では考えられん。お前⋯⋯一体どこから来た?』
「うう⋯⋯僕は⋯⋯レナを守るために⋯⋯! ずっと準備をして、待っていたんだ!!」
ダンの眼力がトムの動きを完全に止めた。走る姿勢のまま硬直したトムの顔をまじまじと見て、ダンは呟いた。
『セカンド・ミラー』
その言葉はまたもや鈍く響いた重低音となり、こだまが生む空気の振動と衝撃がレナの足元を掬って転倒させた。急いで起き上がり目を向けた先には、彼女を一度取り込んだ「大きな鏡」がトムの前にそびえ立っていた。

