小説『ワンダリングノート・ファンタジー』(56)記憶を戻して
Chapter56
「この私⋯⋯エテルナル・ミラーは、現実世界と並行する鏡の世界を繋ぐ鍵であり、古代の賢者たちによって生成されました」
レナの助けを借りて鏡の書庫を探索するトムは、自身の存在と意識に深く集中した。彼は古書のデータから一つひとつの記憶を呼び覚まし、その情報を組み合わせて新たな洞察を得た。この過程では、彼がどのようにしてこの知識の場に導かれたのか、また彼の運命がどのようにしてエテルナル・ミラーと結びついているのかが次第に明らかになった。
レナを探して辿り着いた公園の池には既に、彼女ともう一人、幼少期の姿のレナがいた。二人の次元は重なって、その場に存在していたという事象も解析された。
「池のほとりにいた、幼いレナが溺れた⋯⋯操られた僕は助けるように合図をしたんだ。レナはそのまま、子供の姿の自分を助けるために⋯⋯池に飛び込んだ。正気に戻った僕は⋯⋯レナの後を追ってその池に飛び込んで、また別の世界へ移動した⋯⋯」
この時、トムの脳内は小説好きで神経質な「ただの高校生」の思考回路をベースにフル回転しており、並行世界の長旅を繰り返し「経験を積んだ大人」の記憶回路へのアクセスに負荷がかかっていた。それに気づいたレナは、彼の疑問の優先順位を考慮し、エテルナル・ミラーの意思を自身の口を通して伝えた。
「⋯⋯私たちは多くの次元に存在している。あなたが感じているその記憶の混乱は、異なる世界の自分たちが『同時に存在』しているため。それぞれの世界で起きた行動が、影響を及ぼし合っている」
トムの記憶の補填が、レナの詳しい説明によって成された。彼女は意識を鏡へと移し、さらに続けた。
「時の賢者──彼らは鏡の力が悪用されることのないよう、その存在を秘密にし、厳重に保護することを誓いました。鏡の世界から得られる知識と力を用いて、人類の発展を陰から支えてきましたが、その力を独占しようとする勢力も生まれました」
断片化されたトムの記憶データが次第に修復されていく中、あの「ダン」に言われた言葉が突如として彼の頭をよぎった。
──その予測していたかのような判断⋯⋯幾つもの並行世界を経験していないとできない動きだ。そしてその書物⋯⋯お前は一体何者だ?──
「トム・ホーソーン⋯⋯禁忌の集団の中に、あなたの『影』が確認できます。あなたが⋯⋯この私の守護者としての役割を務めている間に、その影が自ら形成されたのです」
「⋯⋯影の僕自身が⋯⋯自動生成された?」
「反乱者の総統、ダン・キューブリック⋯⋯彼はかつて、私と肩を並べる権力者でした。彼はこの鏡の世界と現実世界を切り離し、その叡智を我が物にしようと企てました。それが『NEDD I BROF』すなわち『FORBIDDEN──禁忌の集団──』です」
レナの追跡、絵本世界、ダンとの遭遇、鏡の世界、自分の正体⋯⋯トムは順を追って整理した。一連の出来事は、彼の並行世界での因果が複雑に絡んでいることは理解できたが、トムは肝心の何かを忘れている気がした。
「あなたの記憶を呼び戻す障害となっている、『ダンの能力』を解除する必要がある⋯⋯。この鏡の世界に来る前のあなたは子供の姿で、ダンに記憶を奪われてしまった」
説明を補足したレナの言葉に、トムは思い出したように声を上げた。
「⋯⋯そうだ! レナお姉ちゃんは言ってた⋯⋯僕らを助けてくれるって!」
トムは自分の口調が無意識に子供言葉になっていることに気づき、慌てて意識を戻した。その時突然、大きな鏡の表面に異なる世界の光景が映し出され、そこでは制服姿のレナと子供のトムが、池のほとりをじっと見つめて並んで立っていた。レナの表情には、「どうしてもこの運命を変えなければならない」という、強い決意が感じられた。

