Season3:『答え合わせの、その先へ』
Day 4:止まっていた時計の音
食事のあとの、小さな沈黙。
キッチンから聞こえる洗い物の音と、古本屋特有の、インクと紙が混ざったような重たい匂い。都会のマンションでは決して感じることのない「時間」の厚みが、そこにはあった。
「……ねえ、朔也」
洗い終えた手を拭きながら、彼がこちらを向く。
私は、さっきまで開いていたPCの、青白い画面をパタンと閉じた。仕事という盾を、ようやく下ろす決心がついたのだ。
「どうして、あの時、何も言わずに行っちゃったの?」
十二年間、心の奥底に沈めていた問い。
当時、写真家としての夢を追いかけ始めたばかりの朔也は、ある日突然、私の前から姿を消した。別れの言葉も、理由も、何ひとつ残さずに。
朔也は困ったように眉を下げ、カウンターの隅にある古いフィルムカメラに視線を落とした。
「……自信がなかったんだ。瑞希と一緒にいたら、俺はきっと、夢を追うのを諦めてしまうと思った」
「え……?」
「瑞希の隣は、居心地が良すぎたから。そこに甘えて、カメラを置くのが怖かった。だから、わざと突き放すような真似をして、逃げ出したんだ。……若かったな、本当に」
自嘲気味に笑う彼の顔を見て、私は言葉を失った。
あの時、私は「自分は彼にとってその程度の存在だったんだ」と、自分の無価値さに絶望した。だからこそ、誰にも頼らず、一人で完璧に生きることで自分を証明しようと躍起になってきた。
でも、真実は違っていた。
私たちは、お互いを大切に想いすぎていたから、一緒にいることができなかった。
あまりにも幼く、そして不器用だった二人の選択。
「私は……、朔也に嫌われたんだと思ってた。だから、一人で頑張らなきゃって、ずっと」
気づけば、膝の上で握りしめた拳が震えていた。
十二年間、必死に走り続けてきた私の「孤独」の正体。それは、彼に捨てられたという傷を隠すための、防衛本能だったのかもしれない。
「……悪かった、瑞希。お前をそんな風に、ずっと独りにさせて」
彼がゆっくりと歩み寄り、カウンター越しに私の手に、そっと自分の手を重ねた。
十二年前と同じ、少し骨ばった大きな手。
でも、その温もりは、あの頃よりもずっと穏やかで、静かな「孤独」の色を帯びていた。
外ではまだ、雨が降り続いている。
けれど、止まっていた私の中の時計が、カチリと音を立てて動き出すのがわかった。
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