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正解と狂気の谷の狭間で

「何かをしたらこうなる、というのをやめた方がいい」
そういうことを言われたよって話がずっと残ってる。

なにかをするのに完璧さはいらない。
自分のアイデンティティに評価判断もいらない。
もう何かが起きてるんだから、やったらいい。
やれ、いますぐやれ。
やるんだよ。
好きなだけ。
放てよ。

喉があるんだから声を出すんだよ。
身体があるんだからまず動く方が先なんだよ。
そっちがリアルだよ。

俺は英語が分からない。
だから歌が何を歌っているのかわからない。
けどこれを聴いていると涙が出てくる。
言葉にならない何かをキャッチして何らかのシグナルを身体が発して伝えてる、ここにあるのがリアルだよ。
https://youtu.be/4iQmPv_dTI0?si=XIllOJh3duvbvlEF

放ったことが、もし、自分にとって「ほんとう」に正しいことなら、
自分の内側からきっと力が湧いてくる。
それが生きてるってことだ。
生きててよかったと思う瞬間に向かって今この瞬間に100%の許可を出す。

大事な時間はじまるんだから、いまはこれに集中しなければいけない、とか
こんな状況なんだから、できるだけ余計なことは避けたほうがいい、とか
そんなことをやっている場合じゃないだろ、正気か?とか
こっちの方が大事に決まってるだろ、何やってんだ?とか
そんなことをやって、本当に大事なものをなくしたらどうするんだ、とか
ほら、言わんこっちゃない、言ったとおりになっただろ、とか

外からの声は365日「頭」の内側から聴こえてくるし、
気づいたら聞いちゃってるし、
だいたい毎日、寝たら違うところにすっ飛んでる
だから毎日やり直し
それでも阿呆みたいに従っている自分に気づいたら言いたい

「それ、お前のやりたい命の使い方に反してるんじゃないの?」
問えば一発でわかる、瞬時にわかる、誰でもわかる。

「ほんとう」に自分に従っているか?
力が抜けていくようなことを自分に強いていないか?
しかも、それは一つの結果のためにやっていないか?
誰かのためとかいって、自分のことを置き去りにしていないか?
その結果すら一面的な成功で、たった一つのものだと思っていないか?
冴えないひとつのピースである可能性すら見ないふりをして。
果たして、その先にあるものは?

「そうじゃない、もっとだ」
って、その問いに対して自分に言うことができたら、
ひとつ目の箱は出ている。
つくるということは、箱を出つづけることになる。
誰かを箱から出すことにも、なるのかもしれない。

やろう。
一緒にやろう。
敵も味方もないんだわ。
たくさん泣いて、たくさん笑って生きていこう。

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