雑談の季節
雑談は大事だ。
会議室という部屋があるけど、面談という行事もある。
上司が部下の仕事の状況を把握したり、悩み事を聞いたりという、一対一でお話をする、いわゆる1on1というものが年に数回ある。いわばルール無用のタイマンバトルであり、コトバと言葉のバーリトゥード、なんだかそういうのが最近流行っているような気がする。
そして忘れてはいけないのは、面談の最初には会話の潤滑油として、雑談が必要だということ。
つまりサラサラオイルとしての5–56が必要であり、それが雑談なのだ。すべり、きしみを取り除く、そして錆を防ぐ。
雑談が無ければ、それは単なる暴力になるかもしれない。
僕の心のジョイマンも、こんなことを言っていた。
雑談は〜だいじ〜。
道長は左大臣。
このように雑談は大事である。
前の部署の上司は、あまり雑談の引き出しが豊富ではなかったようで、面談の時に毎回必ず同じ話をしていた。
毎回、これは初めて話すことなんだけどね、とっておきで教えてあげるね。みたいな顔をしている。
つまり前回何を話したかをすっかり忘れているから、毎回同じ雑談が行われることになる。
僕はこういう時だけ妙に記憶力が良い。なんだかしっかり覚えてしまっているのだ。
対する僕の方では、はじめてお聞きします、興味深いお話です、とそんな顔をして拝聴する。
完璧な演技力。ポーカーフェイス、というか渾身の神妙なフェイスで傾聴する。
上司は、僕の反応にそんなに興味はないから、どんな表情をしても関係なかったかもしれない。
そもそも僕に対してそんなに興味がないのだ。
まあこちらとしては興味はなくてもいいから、お給料を、おちんぎんを上げて欲しいな、と思っていたわけだけど。
まあそれは言っても仕方がない。
向こうも仕事だから。
毎回の雑談というのは、僕の家族のこと、特に娘についてのハナシである。だいたい「娘さん何年生になった?」から雑談はスタートする。
女の子は大きくなるとお父さんをかならず嫌いになるから、そういうもんだから。気にしなくていいから、
と、子育ての先輩は言う。世界の真実を伝えるかの如く。
毎回必ずそのことを教えてくれる。ご教授してくださる。確かにそれは真実かもしれないけれども。
僕は、ははあ、なるほどですね。確かにそれはそうだと思います。実感があります、と納得して雑談は終わる。
決まったプロトコルで始まり、そして終わる。それが毎回繰り広げられるのだ。
雑談というのはそういうのとはちょっと違うのではないかと思うけれど、そもそも雑談というのは難しいものだから仕方がないのかもしれない。
