あの歌にはタイトルがあるのかしら
🎶いいこと いいこと はじまるよ〜
いいこと いいこと は〜じ ま〜る よ〜
という歌を保育園の先生が歌っていた。
3歳くらい、いわゆる年少さんクラスの子どもたちの注意を引くために先生は歌う。
子どもたちは空気中に放出された酸素分子のように激しく運動し、無秩序な方向へ進んで放っておくと世界に広がっていくので、何かを伝えたいときにはそんな歌とメロディで注意を引きつける。保育園に伝わる技なのだ。みんなが静かになるまで待ち続ける校長先生のアレは3歳児には通用しない。
ともかくその歌によって、思い思いのランダムウォークを実践していた子どもたちは、まるで角笛の音に呼び集まる羊のように、先生のところに、てとてと集合する。
ここでいう“いいこと”というのは、みんなで折り紙をすることだったり、歌を歌うことだったり、おやつの時間だったりする。
これは紛れもない“いいこと”だ。
この世の中にそれ以上のいいこと、つまり折り紙をしたり、歌ったり、おやつを食べたりすること以上にいいことは、ちょっと僕には思いつかない。僕だっておやつを食べたいし。
でも“いいこと”は先生から事前には明示されていない。何かは分からないけれど“いいこと”がこれからあるぞ、だから先生に注目しなくちゃ、という抽象的な概念がちいさな子どもに理解できていることにちょっぴり驚いた。
とにかく、「“いいこと”があるよ〜」という呼びかけに、子どもたちは集まるのだ。
なんて素敵な眺めなのだろう。
世界にいいことだけが満ち溢れてほしい。
小さな子どもたちに幸あらんことを!
なんてふうに柄にもなく思う。
小さい子たちにはいいことだけを浴びて育ってもらって全然構わない。その間だけでも。
悪いことはこちらで引き受けようじゃないかなんて殊勝な心掛けをしたりする。
そもそも歳をとってくればいいことばかりは続かないことが分かってくる。だから、そういうのはおじさんに任せてくれればいい。
いいことがあると悪いことが起こる。
そんな思いがあるのは否定できない。
たとえば宝くじが当たったら、何か悪いことが起きるんじゃないかと恐れる。
逆に悪い出来事、嫌なことがあったら、次はいいことが起きると期待する。
いいことも悪いことも同じ確率で起きるなら、悪いこともそんなに続かないし、良いこともそんなに続かない。というのは確率的に正しいだろう。
仮に悪いことが連続しても、たとえば寝坊して、駅に走ったら電車が遅延していて、電車内はギュウギュウで、なんとかギリギリに会議に間に合ったと思ったら、偉い人も遅れていて、やっと現れた偉い人はなんか知らないけどめちゃくちゃキレてて、タイミングを外した僕のプレゼンは最悪の出来だったし、会議の途中でお腹が痛くなって必死に耐えていて、会議が終わってトイレの個室に駆け込んですべり込みセーフだと思ったら、トイレットペーパーが無い。
みたいなことがあっても、いつかは良いことが起きる。それは信仰にも近いかもしれないけれど、いつかいいことが起きるのは確かだし、救いだと言ってもいい。
