服は練習、そしていつだって本番( #あきやさん講演会 感想)
あきやさん講演会、おつかれさまでした!
オンライン視聴だったのですが、途中から外では雷鳴が響き激しい雨が降り、お、おおおおお……となりながら聴いていました。
そして「一年3セットの服で生きる」記念日はサラダ記念日でもある7月6日したね、おめでとうございます!(ぱちぱち)
以下、感想のような自分語りのような。
DOしよう!というメッセージを感じた
幼少期からこんなことしたら周りに変に思われないかな、笑われないかなと不安になり、あなたやりたいならやればいいじゃないと周囲に言われてもどうせ自分には無理だからいいんですー! とつんつんしながら生きていたので、あきやさんのご親族のお話、失敗も挑戦してすごい!と盛り上がるという話にうわーそのメンタル最強じゃん……! と既に泣きたくなってました。
ぱっと思い出したのは小学校低学年の遠足の時、ちょっと幅のある川というか溝というかを飛び越えてみよう、みたいなことになった時に、飛び越えきれなくて勢いよく落ちてしまったこと。当然ながら下着まで泥でびちゃびちゃになり、誰かに替えの下着を貸してもらった気がします。
当時の自分はすごく惨めだったしその後一日しゅんとしていた気がしますが、担任の先生だけは怖がらずにチャレンジしたってことなんだから〇〇さん(わたし)はえらいんだぞ、と周囲のクラスメイトを叱っていたような記憶がぼんやりあります。
いやそうは言っても下着も靴もびちゃびちゃだし……と、当時の自分に担任の言葉はほとんど響かなかったんですが、今にして思えば本当にそうだよなと。当時の私によくやったと言ってあげたい。
(余談ですが去年辞めた合唱団体も、ずぶの素人にも関わらずあのスパルタでフォロー体制皆無、かつ経験者ばかりの団体に5年もいた自分すごくない!? と最近は思うようにしてます。)
その後、小学校高学年の頃母親の口紅をこっそりつけて塾に行ったら同じクラスの子に何かつけてる? と言われて、その言い方にあ、変なんだ……と思い込んで、ううん何もつけてないよと言い張りながらこっそり口紅を舐めとったこととか、高校生の時にマスカラを付けてパンダになったこととかをぼんやり思い出していました。
先日の嫉妬の記事を書きながら改めて思ったんですが、人間、本当に興味が無い情報って関連情報を視界に入れない、あるいは視界に入っても残らないんですよね。
わたしはスポーツには本っっっっっっっっ当に関心がなくて、セ・リーグとパ・リーグの違いは何度教えられても忘れてしまうしオリンピックは開会式と閉会式しか興味がない、自国の選手がメダルを取ったとテレビで騒いでても「へー」としか思いません(フィギュアだけはちょっと見ます)。
が、洋服や美容についての情報については十代の頃から視界に入れてたし、実践こそろくにできていなかったけれどある程度の知識は得ていました。自分にはなにも似合わないなーと思いながらもデパートのアパレルコーナーをチラチラ見て、ああこれが今流行ってるんだな、と思ったりはしていたし、少なくとも美容や洋服界隈におけるセ・リーグとパ・リーグの違い(って何でしょうね……?)はわかってたんじゃないか、と思います。
もちろんそれは女性ならばそうしたものについて知識を持って「いなければならない」というジェンダー規範的な部分によるものも多分にあるんだと思いますが、とはいえやっぱり、嫌いというわけじゃないからチラチラ見てしまうし、だからこそ上手くいかなくて悲しかった部分もあるんじゃないかなー、と思ったりもします。
あきやさんの、RPGでは村人に話しかけないと何も始まらない、という例えが本当にうまいなと思ったんですが、指咥えていいなーと思っててもどうにもならないんですよね……なあ過去の自分よ……。
一方で、視界に入る村人に手当たり次第話しかけてプラスチックだけもらってもクエストは全然進まない、下手したら後退してしまうわけで(RPGでも何度話しかけてもプレゼントあげても参考になる情報をくれない村人っていますよね)、その意味ではいいPDCAが本当に大事、だけどDOの効果って得られるものが本当に大きいしその後への効果も絶大だからやってみようよ、そんな話だった気がしています。
センスは後天的=やっぱりDOが大事
……ということを踏まえると、続いてのセンスの話もやっぱりDOの話だよな、と。
あきやさんの「センスのいい」お友達の例がすごく「あるある」で、かつその人たちが皆実践=DOの積み重ねをしている、つまりセンスとは後天的なもの、というのも、で、ですよね……! と。
これとバイヤー時代のお話は、創作やってる人間には耳の痛い話でもありました……。
ちょっと主語大きめで書いてしまいますが、自分にとって不得意なことができる誰かを見ると、あの人は(自分と違って)先天的な要素があるんだと、その人にとってそれは涼しい顔をして最初からできることなんだ……と、敢えて意識しない限り、人は思いこみがちなんじゃないかと思います。
だってその方が楽だから。
これは自分はそうだという話として書きますが、センスは先天的と思っている、イコール自分のセンスに自信が無い、というパターンはかなり多いんじゃないでしょうか(ものすごーく努力した結果、一周回って才能の存在を信じるというパターンもあるとは思いますが、それはそれとして)。
よく、やってて苦にならないことこそがあなたの才能なのだと言われますが、これってDOの積み重ねが苦にならないってことなんだろうな……と思ったり。努力をみんな見せないだけ、騙されるなという言葉に笑ってしまいましたが、まあ学生時代からテストの時に「全然勉強してない」って言ってる子は大抵勉強してますよね……! みんな嘘ついてる! でもたぶん、好きな人は苦労だと思ってないんですよね。好きが才能、というのもそういうことで。
ただ、あの人は先天的なセンスがあるから、自分とは違うから、才能だから……と思うことで自分のDOの機会を投げ捨ててしまうと、それは結局自分にとっての損失につながってしまう。例えわずかでも知識や体験を得ることによって世界の解像度が上がる、思い込みのレンズが外れることはあるのに、その機会を自ら捨ててしまったらあまりに勿体ない。
他人との比較で自分が辛くならないための暗示によって自分の成長の機会を逃してしまうというの、嫌な罠だなー、と思います。
人との比較でなく自分が選ぶためにセンスを使えるようになること、自分のベストを作ることを目指してください、とあきやさんが繰り返し仰ってたのもそういうことかな? と思います。
私の場合、このあたりはファッションよりヘアメイクで強く実感した気がします。
前述の通り、美容やファッション、ヘアメイクについて、雑誌などには一通り目を通していたので、セ・リーグやパ・リーグが何かという知識は一応あった。ただ、それを使って自分が何がしたいのか、何がわからないのかはわかっていなかった。
何でわかっていなかったというと、圧倒的にDOが足りていなかったから。なので例えばyourfitで靴を勧めて履いてみるとか、ヘアメイクのやり方を教えてもらって手を動かして、こうすると効果がある、と実感した途端、俄然やる気になったところがあります。
そういう意味ではいろいろと実感を伴いながら聞いていた講演でもありました。
楽しく生きましょうね
なお今回の宿題である手を飾るワーク、カフェのワークについてはちょうど今、ネイルとアクセサリーで試行錯誤してるのでいずれ別記事で書こうと思ってます。これ、すごくタイムリーでした……!
恐らく私は今1セットの服の試運転段階なんですが、アクセサリーとネイルがかなりネックになっている(ことにようやく気付いた段階だ)と思っています。
でも髪型が一番最後のようで実は最初じゃないかという指摘や、マスクとエコバッグについては完全に見落としていたいので遠い目をしたりあわわわ……となってました。
(というか皆さん、マスクの試着・購入ってどこでされてるんですかね……?
ちらっとネットも見たのですが通販で買えるマスク、みんなピンクベージュ系とかパステルカラーでうむむ、となっています。)
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講演会当日は午前中にコロナ後遺症関係で病院に行ってまして、うーんどうも血液中のビタミンが少なめですねーみたいな話をしてました。
まあ調べたら少ない人結構世の中にいるみたいなんですが、なんとなくそう言われると不安になるししょぼんとしていたので、講演最後に「わたしはこの活動あと30年流行ります」「楽しく年を取りましょうね」というあきやさんの言葉にうわーんわたしも!となっていました。楽しく生きよう。
そして講演会翌日、ムーンプランナーさんの生卵(自分のやりたい事を書き出すにはどうすればいいか、何がそれを阻むのか)のスペース録音を聴いたのですが「でももうそれ、潰してるのは親じゃなくて自分ですからね」という言葉にうわーっとなったのでした。
あきやさんとムーンプランナーさん、同じことを別角度から言っている気がしていて、それを連日摂取すると凄いことになるなと痛感しました。
ともあれまずは夏を! 生きる!
あきやさんの、暑さ対策にはコンビニにこまめに入る、は本当に意識しようと思いました。いろいろなアイテムも大事だけどクーリングスポット(に寄れる時間の余裕)、大事……! アームカバーとかも試してみようと思います。
引き続き楽しくやってまいりましょう、と思った講演会でした。がんばるぞー。
