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ちょうどいいわたしを脱ぎ捨ててしまいたい

好きな人と、ご飯に行きたい。

そう思っている。
思っているのに、同じくらい怖い。

仕事の合間に数分話すくらいなら、わたしはわりといい感じでいられる。
少し楽しく話して、少し笑って、なんなら冗談だって言えちゃう。そして、また仕事に戻る。

そのくらいの距離感なら、ちょうどいいわたしでいられる。

でも、ご飯に行くとなると話は変わる。

たくさん話さなきゃいけない。
沈黙があるかもしれない。
変なことを言ってしまうかもしれない。
人の話に踏み込みすぎる自分が出るかもしれない。

そして、嫌われるかもしれない。

そんなことを考えていると、わたしは急に高校一年生みたいになる。

もう大人なのに。
今までだって、好きな人とご飯に行くことくらい何度もしてきたのに。

でも、今好きな人となると、急に全部が難しくなる。

何を話せばいいのか。
どこまで聞いていいのか。
どんな顔をしていればいいのか。
楽しそうに見えているのか。
重くないか。
変じゃないか。

頭の中が、急に忙しくなる。

そして、ふと思った。

みんな、この怖さを抱えて恋愛しているのだろうか。

嫌われるかもしれない。
傷つくかもしれない。
うまくいかないかもしれない。

それでも好きだと伝えたり、会いに行ったり、手を伸ばしたりしているのだとしたら、人間って本当にすごい。

こんなにも不安で、こんなにも面倒で、こんなにも自意識が暴れるのに。

それでも人は誰かを好きになって、近づこうとして、関係をつくって、時には家族になったりして、歴史をつないできた。

壮大すぎる。

恋愛って、もっとキラキラしたものだと思っていた。
でも実際は、かなり泥くさい。

嬉しい。
怖い。
会いたい。
好かれたい。
嫌われたくない。

それでもわたしは、好きな人とご飯に行きたいと思っている。

怖いけれど、行きたい。
嫌われたくないけれど、もう少し話してみたい。
いい感じの私だけではなく、本当の自分で行くしかない。

恋愛は、相手に近づくことのようで、実は自分に近づくことなのかもしれない。

わたしは何を怖がっているのか。
わたしはどんな自分を隠したいのか。
わたしはどう思われたいのか。
そして、わたしは自分のことをどう思っているのか。
そのうえで、どんなふうに人と関わりたいのか。


みんながすごく上手に恋愛しているように見えて、羨ましい。

だけど、この格好悪さこそが、人を好きになった証拠なのかもしれない。

この格好悪い自分を、どうしたらいいんだろう。
隠したいけれど、隠しきれない。消したいけれど、消えてくれない。

でも、きっとそれでいいのだ。
スマートに振る舞えないのは、それだけ相手が自分にとって特別だという印だから。

この格好悪さを抱えたまま、会いに行こうと思う。
震える手も、空回りする言葉も、全部ひっくるめて「今のわたし」としていくしかない。

完璧なわたしでい続けるなんて無理だ。だから、格好悪い私のままで、好きな人と笑い合いたい。



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