白い巨塔はまだ黒かった!?〜現役医師が読む『白い巨塔が真っ黒だった件』〜【#193】(読書-28)
同じ医師としてこの本を手に取ると、正直、笑えないかもしれません。しかし、ページをめくる手が止まらなくなる、そんな、恐ろしくも魅力的な一冊に出会いました。
『白い巨塔が真っ黒だった件』。
どこかコミカルな響きとは裏腹に、読み進めるほどに指先は重くなり、それでいて物語の引力に加速していくような、不思議な感覚に陥ります。
著者は、AIについての発信でも知られる近畿大学皮膚科教授の大塚篤司先生。 紹介文にある「ほぼほぼ実話⁉」という言葉の真偽はわかりません。
けれど、読み進めるうちに「これは、医療現場のリアルをそのまま切り取っているのではないか」という戦慄が確信に変わっていきます。
大学病院の教授選をめぐる壮絶な奮闘記であり、医療界の深淵を暴き出しながらも、最後には一筋の明るい未来を照らしてくれます。
そんな本書の魅力を、紐解いてみたいと思います。
以下、少しだけネタバレを含みます。それでも、本書の面白さは十分に残ると思います。
離職率が低い医局は良い医局?
「簡単には、辞められません」
本のなかで、ある大学教授が、こう言い放ちます。
「私に逆らったら、この件では医者を続けられないからね」
そして、この医局は離職率が低いそうです。所属する先生いわく、
「うちの医局は簡単に辞められませんから」
恐ろしい世界です。
もちろん、どこで働くか、どんな職業を選ぶかは、医師自身の自由なはずです。
ただ、医局の関連病院では、実質的に人事権を医局が握っていることがあります。
A病院からB病院へ移るだけでも、医局、つまり教授の許可がいる。
というか、移るかどうかは実質的に医局の判断、そんな場面が、度々あるのです。
開業するにしても、地域の大きな病院との連携は欠かせません。
そこで医局に睨まれると、その地域で働くこと自体が難しくなる。
医局とこじれて辞めるなら、いっそ遠い地方へ移るしかない。
そういう構造が、確かに存在します。
教授選は、政治でしかない
大塚先生は、3回目の挑戦で教授に当選されています。
裏を返せば、1回目も2回目も、不本意なかたちで敗れている。
本書には、その悔しさをにじませるような一節が出てきます。
これ以来、教授選と言うのは、「素晴らしい人材を教授として迎える」事は、あくまでも建前で、実情は「政治でしかない」ような気がしてならなくなったのだった。
素晴らしい人材を選ぶ、は建前で実情は政治。
読んでいて、背筋が寒くなります。
学部長派閥からの攻撃は、えげつないほど卑怯なものだった。それは教授選という戦いのルールを熟知した誰かが、自分の利益となるように完璧に張り巡らされた罠でもあった。
最先端の医療を担うはずの場所で、これほど時代がかった謀略が繰り広げられている。
フィクションだと思いたい。
でも、「ほぼほぼ実話」という言葉が、それを許してくれません。
諦めなければ、失敗ではない
ここまで読むと気が滅入りますが、本書の本当の魅力は、ここからです。
辛い経験を重ねた末に教授になられた先生だからこそ、言葉に重みがあります。
何事も経験。諦めなければ失敗ではない。
エジソンも、同じことを言っています。
「私は失敗したことがない。ただ、一万通りのうまくいかない方法を見つけただけだ」。
失敗を、失敗と呼ばない。その渦中ではとても辛くても、抜け出してみると、確かにそう思えることがあります。
1回目、2回目の敗北があったからこそ、3回目の当選があった。そう考えると、あの悔しさにも、意味があったのかもしれません。
1パーセントを、上げるために
この本でいちばんハッとさせられたのが、この一節でした。
宇山の死後、ぼくは自分に約束したことがある。
1パーセントでもいいから、病気を治す確率を上げるために努力しよう。
医師として、目の前の患者に向き合い、最善を尽くしたい。
その気持ちに嘘はありません。
ただ、正直に打ち明けると、最近の高額な医療費に、ふと立ち止まってしまうことがあります。
たとえば、抗がん剤。
効く可能性があるから、使わないよりは生存率を上げられるから、診療ガイドラインでも認められ、実際に使われます。
けれど、その生存率の改善が、数パーセントということもある。
疾患や病状にもよりますが、副作用も当然ながら出てくる。
この数パーセントのために、と迷ってしまう瞬間が、正直、ないわけではありません。
ただ、それでも。
免疫チェックポイント阻害剤のような新しい薬が次々と登場し、医療は日進月歩で進化しています。
いろんな分野の先生が、まさに「1パーセントでも」と、現場で踏ん張られています。
その少しでも良くしたいという思いの積み重ねが、医療を前へ進めてきたのでしょう。
数パーセントに迷う自分と、1パーセントに賭ける最先端の医療。
この両者を対比しながら読んでいました。
働く人が、幸せな医局
本書が黒一色で終わらないのは、大塚先生のビジョンがあるからです。
医局に存在する理不尽なことは全部なくそう。
働く人が幸せな医局を作ろう。新しい医局のカタチを実現しよう。
道のりは険しいと思うが、与えられた使命を全うしよう。
「働く人が幸せな医局」。
産業医として働く自分には、この一行が、とりわけまぶしく映りました。
着任早々に医局制度改革に取り組むこととした。医局と言うのは、これまで一般的に伏魔殿と考えられているような場所である。その医局を変え、「最高の医局」を作ろう。
誤解のないように書いておくと、本書で描かれたようなブラックな医局が、すべてではないと思います。
誠実に、健やかに運営されている医局も、たくさんあるはずです。
ただ、風の噂で、こういう話が実際にあるらしいと、耳にしたこともあります。
だからこそ、大塚先生のような人が新しい医局を作り、その下で働く人たちが幸せであってほしい。そう、願わずにはいられません。
感謝を、言葉にする
最後に、もう一つ。
教授選では実績が問われますが、それを強調しすぎてはいけない、という助言を受けて、大塚先生は伝え方を練り直したそうです。
そうして辿り着いたのが、この言葉でした。
もちろん、これまでも周りへの感謝を忘れていたわけではない。ただ、もっともっと感謝し、それを意識的に示さなければ、周りには伝わらないと言うことは、教授選を通して学んだことだ。
自分が感じていることが、そのまま相手に伝わっているわけではない。
結局はここに尽きるのかもしれません。
感謝も、敬意も、言葉にして、意識的に示さないと、相手には届かない。
わかっているようで、いちばん怠ってしまうことです。
黒い巨塔の話から始まって、最後に残るのが「感謝を伝えよう」だというのは、なんだか不思議です。
たぶんここが、この本のいちばん黒くない部分なのだと思います。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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私の自己紹介記事とマガジンはこちらをご参照ください。
第1回目の自己紹介の記事
自己紹介のマガジン
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