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なぜ産業保健は一筋縄ではいかないのか? 〜はざまに立ち「支援する難しさ」と「やりがい」〜【#129】(産業保健-04)

「正しいことをやっているはずなのに、なぜ現場は動かないのか?」

産業保健に携わっていると、そんな違和感に直面することがあります。

医療の現場であれば、基本的には「医師と患者」の二者間での対話で完結します。
治したい患者と、応えようとする医師。
ゴールは共有されており、治療方針が決まれば基本的には前へ進めます。

ところが、産業保健の現場では事情が異なります。

そこには、「経営者」「労働者」「産業保健職」という三者の複雑な利害関係が渦巻いているからです。ひと筋縄ではいかない理由は、まさにここにあります。


1.避けられない「利害のバッティング」

産業保健の施策には、「全員が歓迎する内容」ばかりではありません。

わかりやすい例は、給与の引き上げや有給休暇の取得促進でしょう。
これらは労働者にとっては生活の質を高める素晴らしいニュースですが、経営者にとってはコスト増や人員繰りの苦心、つまり「痛手」として映ります。
こうした施策を推進するには、経営層に対して「長期的には生産性が向上し、離職コストを抑えられる」という理解を得るプロセスが欠かせません。

とは言ってもなかなかすぐに答えてくれるものではないと思います。

利害が一致しない場面では、論理だけではなく、信頼関係と時間が求められます。


2.「誰も得をしない」と思われている領域の難しさ

難しいのは、「経営者にとっても労働者にとっても、あまり望まれないこと」を推進しなければならない場面です。

健康診断、ストレスチェック──
どれも重要な制度で、法的に定められていますが、現場ではしばしば「めんどうなこと」として受け止められることがあります。

  • 経営者:「コストも時間もかかる、形だけやればいい」

  • 労働者:「忙しいのに手間が増える」「ストレスチェックがストレス」

産業保健職としては、これらが従業員の健康を守るために不可欠だと分かっています。
それでも、「実際には歓迎されない」という現実と向き合う必要があります。

この「意義のミスマッチ」を埋めるためには、制度の説明だけでなく、当事者の「なんでやらされるのか」という本音にも丁寧に向き合うことが求められます。


3.ハラスメント対策に潜む「感情の衝突」

パワハラ対策もその一つです。
被害を受けた労働者にとっては命綱のような取り組みでも、厳しい指導が当たり前だった管理職や、「自分が疑われるかも」と感じる上司にとっては居心地の悪い話題です。

「正論」だけでは人は動かない。

どれだけ制度として正しくても、誰かにとって痛みを伴う内容である以上、組織全体には“心理的なブレーキ”がかかります。

ここでは、単なる制度導入以上に、組織の力学や空気感を読み解く感度が重要になります。


4.臨床との決定的な違い、だからこその「やりがい」

臨床が簡単というわけではありません。もちろん、難しいケースや答えのない問いを家族や関係者を巻き込んで一緒に考える必要があります。

それでも、臨床では、一人ひとりの患者と対話し、医学的判断に基づいて治療を進めていくという「わかりやすさ」があります。

一方で産業保健は──

  • 経営の数字

  • 現場の感情

  • 組織の文化

  • 法的義務

  • 労働者の無関心

こうした「異なる言語」が激しく飛び交う中で、最善の着地点を見つけ出す高度な合意形成が求められます。

しかし、これこそが産業保健における「調整役」としての真の醍醐味です。

一見、対立するように見えるそれぞれの立場に耳を傾け、丁寧に言語を翻訳しながら対話を重ねていく。
そのプロセスを経て、バラバラだった視点が「働く人すべてのウェルビーイング」という一つの大きな目標に向かって収束し、空気が少しずつ変わっていく瞬間があります。

誰のためでもなく思える制度に意味を与え、組織という有機体の「体質」を根底から変えていく。それは、一人の病気を治すのとは別の次元で、人と組織の未来をデザインする仕事なのだと感じています。


結びに代えて:はざまに立ち続け、泥臭い日々の先に

産業保健は、スマートな正論だけでは進みません。摩擦を恐れず“はざまに立ち続ける胆力”が求められる、非常にタフな領域です。

……と、ここまで少し偉そうなことを書いてきましたが、正直に言うと、ちょっとかっこ悪いことに日々めちゃくちゃ苦戦しています。

「よし、いい調整ができた!」と思ったら別のところから火が上がったり、丁寧に説明したつもりがポカンとされたり……。

理想のウェルビーイングへの道のりは遠く、毎日が試行錯誤の連続です。

スマートなプロフェッショナルには程遠いですが、その泥臭いプロセスも含めて、この仕事を楽しんでいければと思っています。


最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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過去の記事はマガジンとしてまとめています。ご興味のある方は、よろしければこちらもご覧ください。
産業保健のマガジン

私の自己紹介記事とマガジンはこちらをご参照ください。
第1回目の自己紹介の記事

自己紹介のマガジン

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