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【短編小説】おやすみ国民党

眠れない。
という言葉を、私は政治部のデスクでいちばん多く聞く。

「昨日、三時間しか眠れてない」
「選挙期間中は寝るな」
「寝てる暇があったら裏を取れ」
「寝不足の顔してるほうが政治記者っぽい」

だいたい全部、ろくでもない。
けれどその年の総選挙で、ろくでもなさはついに国政の中心へ躍り出た。

最大の争点は、睡眠だった。
経済でも、外交でも、少子化でも、防衛でもない。
眠りだった。
政治部に配られた資料には、各党のスローガンが並んでいた。

与党・おやすみ国民党。
眠れる国は、強い国。

睡眠資本党。
眠りに投資を。夢に成長を。

睡眠労働党。
眠りを労働者に返せ。

自由睡眠連合。
寝るも寝ないも、あなたの自由。

日本寝床会議。
取り戻そう、日本の寝床。

地下政治団体ノーカウント。
測られるな。夢を渡すな。

私はその資料を三回読み返した。

一回目は意味がわからなかった。
二回目も意味がわからなかった。
三回目で、意味がわからないまま日本の政治が進んでいることだけはわかった。

「これ、全員一回寝たほうがよくないですか」
私が言うと、政治部の先輩は赤ペンを止めずに言った。
「寝てないから争点になってるんだよ」

なるほど、と思った。
なるほどと思ってしまった時点で、この国はだいぶ眠れていなかった。

睡眠が政治になったのは、三年前のことだ。
もっと正確に言えば、最初に眠れなくなったのは国民ではなく、企業だった。
いや、企業が眠るわけではない。
眠れなくなったのは企業の決算であり、株価であり、経営会議の資料だった。
ある年、経済団体が一つの試算を発表した。

睡眠不足による年間経済損失、二十七兆円。

数字は大きかった。
大きすぎて、誰も実感できなかった。
けれど政治に使う数字は、実感できないくらい大きいほうがいい。
大きな数字は、反論される前に人を黙らせる。
その試算は、よく読むと前提がかなり大胆だった。
睡眠時間と生産性の相関を、ほとんど因果のように扱っていた。
眠れない理由のほうには、あまり触れていなかった。
長時間労働も、低賃金も、介護も、育児も、住宅事情も、将来不安も、ほとんど「睡眠不足による損失」の側へ丸められていた。
眠れない社会が問題なのではなく、社会が人を眠れなくしているのかもしれない。
けれど、その問いは選挙には少し長すぎた。

テレビはすぐに特集を組んだ。

眠れない日本。
寝不足がGDPを下げる。
あなたの睡眠不足が会社を弱くする。

街頭インタビューで、会社員たちは笑いながら言った。
「まあ、寝れてないですね」
「日本人、だいたい寝てないでしょ」
「寝たいですけど、無理ですよ」
その笑い方は、諦めに似ていた。
諦めは、政治にとって扱いやすい。
怒りほど危険ではなく、希望ほど面倒でもない。
少し形を与えれば、票になる。

そこへ寝鳥目アキラが現れた。

当時まだ若手改革派だった彼は、街頭演説でこう言った。
「皆さん、最近ちゃんと眠れていますか」
聴衆は笑った。
疲れている人間は、自分が疲れていることを当てられると、少し笑う。
笑うしかないからだ。
寝鳥目はそこで、少し声を落とした。
「あなたが眠れないのは、あなたが弱いからではありません。
この国が、国民を眠らせることに失敗してきたからです」
そこで拍手が起きた。
演説を取材していた私は、その拍手を聞いた瞬間、思ってしまった。
あ、これは通る、と。

後日、寝鳥目陣営の元スタッフに聞いたことがある。
なぜ睡眠だったのか、と。
彼は少し笑って言った。
「睡眠は、完璧な争点だったんです」
「完璧?」
「全員に関係がある。誰も表立って反対しにくい。健康に見える。優しく見える。しかも疲れている有権者は、複雑な政策より“寝ましょう”のほうを覚えてくれる」
私はそのとき、政治の怖さは悪意ではなく、効率なのだと思った。
寝鳥目は演説で続けた。
「政治はこれまで、働くことばかり語ってきました。
稼ぐこと、成長すること、生産すること。
しかし、働く人間は、眠る人間でもあります。
眠れない国に、未来はありません。
私は、国民の睡眠を政治の中心に置きます」

その動画が拡散された。
切り抜きには、こう字幕がついた。

寝不足の日に幸せですか?
寝鳥目アキラ、核心の一言。

核心ではなかった。
反問だった。
けれど反問は、字幕にすると核心に見える。
寝鳥目のうまさは、誰もが感じていた疲れに、敵を与えたことだった。

敵は上司ではない。
会社でもない。
賃金でもない。
将来不安でもない。
孤独でもない。

睡眠不足。

複雑な苦しみは、一つの言葉になった瞬間、扱いやすくなる。
そして、扱いやすくなった苦しみは、たいてい少し嘘になる。
それでも国民は、その嘘を必要としていた。
自分が疲れている理由を、ひとつくらいわかりやすく呼びたかったのだ。
最初から「眠れない人に課税します」と言ったわけではない。
そんなことを言えば、さすがに燃える。
いくら疲れている国民でも、自分が眠れないうえに税まで取られると聞けば、寝ぼけながら怒る。
だから寝鳥目は、逆から入った。
「よく眠れた人が報われる社会にしましょう」
この言い方は強かった。

眠れない人を罰するのではない。
眠れる人を応援する。
不健康な人を責めるのではない。
健康な生活を後押しする。

政策名は、おやすみ控除

七時間以上の睡眠を一定期間維持した国民には、所得税の一部を控除する。
企業には、社員の睡眠改善に取り組んだ場合の法人税優遇を与える。
自治体には、地域睡眠スコアに応じた交付金を配分する。

誰もが言った。
「いいじゃん」

よく眠った人が少し得をする。
健康にいい。
医療費も下がる。
会社の生産性も上がる。
何より、名前がやさしい。

おやすみ控除。

政策に「おやすみ」とつけられると、反対する側が少し冷たく見える。
これはかなりずるい。
しかし控除には財源がいる。
ここで財務省が出てきた。
出てきた、というより、最初から廊下の暗いところに立っていた。
「控除を行う以上、歳入のバランスもとることが望ましい」
政治家が夢を語ると、官僚はだいたい財布の話をする。
どちらも必要だが、並べるとかなり嫌な景色になる。

そこで作られたのが、睡眠環境調整負担金だった。

名目はこうだ。
睡眠不足が長期的に続く人は、将来的に医療費や生産性低下などの社会的コストを発生させる可能性がある。
したがって、一定の睡眠基準を満たさない場合、本人の生活改善支援および社会的費用の一部負担として、少額の調整負担金を納める。

つまり、眠れない人ほど払う。
「税ではありません」と寝鳥目は言った。
「では何ですか」と記者が聞いた。
「協力です」
政治では、税と呼ぶと怒られるものを、協力と呼ぶことがある。
最初の額は小さかった。
月に数百円。
対象も限定的だった。
しかし制度というものは、いったん眠りにつくと、たいてい朝には少し大きくなっている。

翌年、基準が細かくなった。
その次の年、企業単位の睡眠スコアが導入された。
さらに翌年、保険料、住宅ローン、採用時の健康評価にも睡眠データが使われはじめた。
政府は最後まで「睡眠税」という言葉を使わなかった。
けれど国民は、いつのまにかそう呼んでいた。

睡眠税。

眠れない人に、眠れないことの請求書が届く制度。
政府のポスターには、丸いフォントでこう書かれていた。

よい眠りは、よい社会をつくります。

正しそうな言葉だった。
正しそうな言葉は、正しいかどうか確認される前に貼られる。
国が眠りを数えはじめると、企業はすぐに眠りを売りはじめた。

睡眠スコア。
睡眠保険。
睡眠債。
夢広告。
寝返り解析。
快眠偏差値マンション。
眠活マッチング。
睡眠相性診断。

経済誌は表紙で叫んだ。

眠りは最後の成長市場だ。

最後の、という言葉がつく市場は、だいたい誰かが土足で入ったあとである。
この一連の流れを、ある評論家が「睡眠資本主義」と呼んだ。

起きている時間だけでは成長できなくなった経済が、眠っている時間に手を伸ばすこと。

私は最初、その言葉を冗談だと思った。
けれど冗談は、予算がつくと政策になる。
政策に市場がつくと、だいたい戻れない。

当然、反発も起きた。

眠りを市場に売るな。
夢に広告を貼るな。
不眠を自己責任にするな。
睡眠スコアで人間を格付けするな。

そう叫んだ人々は、やがてひとつの党を作った。

睡眠労働党。

代表の黒田休二は、初演説でこう叫んだ。
「万国の眠れぬ者よ、横になれ!」

拍手は起きた。
ただし、立ち上がって拍手すべきか、横になったまま拍手すべきか、支持者のあいだで少し揉めた。

黒田の主張は、笑えるほど大げさで、笑えないほど正しかった。

静かな寝室は所得で買える。
安心して眠れる夜は雇用で買える。
子どもを預けられる時間も、介護を代わってくれる人も、騒音の少ない部屋も、全部どこかで金に触れている。

眠りには、階級があった。

そしてその日、私は選挙特番の党首討論の取材担当だった。

公開放送の番組のタイトルは、

睡眠総選挙スペシャル
眠りは誰のものか?

だった。
タイトルだけで少し眠れなくなる。

テレビ局へ向かうタクシーの中で、スマホが震えた。
睡眠管理アプリの通知だった。

昨夜の睡眠時間:二時間四十四分
休息偏差値:38
ひとことアドバイス:もう少し自分を大切にしましょう。

私は画面を伏せた。
国に言われる「自分を大切に」は、たいてい脅迫に似ている。
スマホの奥には、何年も前のメッセージが残っている。

最近寝てるか。

父からだった。
私はそのとき、返事をしなかった。
「そっちこそ」と打って、消した。

父は町工場をやっていて、いつも寝ていなかった。
寝ていない人間に、寝ていないことを心配されるのは、少し腹が立つ。
腹が立ったまま、私は返信しなかった。

それだけの話だ。
それだけの話ほど、夜は長持ちする。
テレビ局のスタジオは、妙に明るかった。

眠りを語るために、照明は通常の二割増しらしい。
何かを語るには、だいたい対象を少し破壊する必要がある。

控室前の廊下では、各党の代表がそれぞれの本気を持ち込んでいた。
寝鳥目アキラ首相は、メイク室の前でも演説していた。

「睡眠政策は、人間政策なんです」

周囲のスタッフはうなずいていた。
何を言っているかはよくわからないが、声がいいので納得してしまう。
政治家の声質は、たまに政策より強い。

睡眠資本党の榊まどかは、白いスーツでタブレットのグラフを確認していた。
睡眠テック企業「オヤスミック」の創業者であり、今回の選挙で急に出てきた資本主義の顔だった。

睡眠労働党の黒田休二は、寝袋を持った支持者たちと握手していた。
握手のあと、支持者の一人がその場で横になろうとしてスタッフに止められていた。

日本寝床会議の畳野源蔵は、小さな畳の見本を胸に抱えていた。

自由睡眠連合の倉橋リオは、ずっと分厚い政策資料に付箋を貼っていた。
たぶん一番まともな人だ。
まともな人は、テレビではだいたい一番映らない。

ノーカウント代表の夢野サヤは、睡眠計測バンドをハサミで切っていた。
「測られるな。夢を渡すな」

そう言いながら切るので、スタッフが何度も床に落ちた破片を拾っていた。

民主主義とは、さまざまな種類の本気が一つのスタジオに集まり、同じ照明を浴びることである。
たまに火災報知器が鳴りそうになる。

番組が始まった。

司会者が、完璧な笑顔で言った。
「今夜のテーマは、眠りは誰のものか、です」
眠りを誰のものかと聞かれた時点で、眠りのほうはたぶん少し逃げている。
最初に発言したのは、睡眠資本党の榊まどかだった。

「眠りは資産です」
画面の下にテロップが出た。

眠りは資産か?
榊はまっすぐカメラを見た。
「良質な睡眠は、翌日の生産性、医療費、感情の安定、人間関係、すべてに影響します。それほど重要なものを、ただの休息として放置してきたことが問題なのです。家事も、育児も、介護も、感情労働も、長いあいだ“尊い”と言われながら、無償で使われてきました。眠りも同じです」

榊の声は冷静だった。
冷静な声で言われる正論は、たまに刃物よりよく切れる。

「値段のないものは、美しいと言われながら、たいてい無料で使われます。私は、眠りに値段をつけることで、眠りを守りたい」

私はメモを取った。
睡眠資本主義の嫌なところは、半分くらい正しいところだった。
値段がつくと、守られる。
でも値段がつくと、売られる。

黒田休二がすぐに首を振った。
「違う。眠りは資産ではない。奪われた生活時間です」

テロップが変わった。

眠りは階級闘争か?

テレビというのは便利だ。
どんな話も十文字くらいまで薄めてくれる。
黒田は机に手を置き、少し身を乗り出した。
「労働者は昼を売り、夜を削られ、今度は削られた夜を睡眠改善サービスとして買い戻せと言われている。こんな泥棒商売がありますか。富裕層は静かな寝室を持つ。労働者は夜勤と騒音と不安を持つ。富裕層は睡眠を蓄積し、労働者は不眠を負債として背負う。これを階級と言わずして何と言う!」

拍手が起きた。

スタジオの観覧席に寝袋を持ち込もうとした人がいたが、入場時に没収されたらしい。
彼らは椅子の上で、せめて姿勢だけでも横になろうとしていた。
榊が言った。
「値段をつけることと、奪うことは違います」
黒田が返した。
「値段をつけることと、守ることも違う」
「値段をつけなかったものを、あなたたちは守れましたか」
榊の言葉で、一瞬だけ黒田が黙った。

その沈黙は短かったが、私は見逃さなかった。

睡眠資本主義は、眠りを市場に差し出す。
睡眠マルクス主義は、眠りを市場から奪い返そうとする。

どちらも眠りを見ている。
どちらも、眠っている人間からは少し遠い。

次に寝鳥目アキラが笑顔で入った。
「私は、市場か階級かという対立に、眠りを閉じ込めたくありません」
出た、と思った。
政治家は対立に閉じ込めたくないと言うとき、たいてい対立を都合よく使う。
「眠りは国家の基盤です。眠れる国民は、強い国民です。国が責任を持って、国民一人ひとりの睡眠を支える。右でも左でもありません。横になる政治です」
観覧席から笑いと拍手が起きた。

横になる政治。
中身はたぶんない。
でも疲れている人間には、「横になる」という言葉だけで少し魅力がある。

夢野サヤがマイクを握った。
「寝室に国家を入れるな」
寝鳥目は笑顔を崩さない。
「国家は寝室に入るものではありません。国民を支える土台です」
「土台が枕元までせり上がってきてるんだよ」

倉橋リオが、慎重に手を挙げた。
「そもそも支えることと監視することの線引きが必要です。眠る自由も、眠らない自由も、あるいは眠れない状態への配慮も、すべて個人の尊厳と社会的条件の両面から――」

司会者が言った。
「つまり?」
倉橋は少し困った顔をした。
「つまり、単純化できないということです」

テロップには出なかった。
正しさは、ときどき尺に負ける。
畳野源蔵が、ここぞとばかりに口を開いた。
「私は、そもそも日本人の眠りを取り戻すべきだと考えています」
私はペンを止めた。
出た。
「昔の日本人は、もっと正しく眠っていました。家族が同じ屋根の下で、同じ時間に灯りを消し、畳の上で静かに眠る。そういう夜の秩序が失われたことが、この国の不眠を招いたのです」
過去はいつも、十分に寝たふりをする。
黒田が言った。
「夜勤労働者はどうするんですか」
畳野は眉をひそめた。
「夜勤という働き方自体を見直すべきです」
榊がすぐに返した。
「夜勤のない社会は、誰があなたの夜間警備をするんですか」
夢野が言った。
「警備も寝ろ」
司会者が困った。
「社会が止まります」
夢野は平然としていた。
「たまには止まれ」
スタジオに変な沈黙が落ちた。

私はその言葉をメモした。
たまには止まれ。
過激だった。
無責任だった。
でも、社会が止まれないから誰かが眠れない、ということだけは、たぶん本当だった。

討論が白熱するほど、スタジオの端にいるADの動きが忙しくなった。
名札には「遠野」とあった。
遠野は候補者の水を替え、司会者に残り時間のカンペを出し、CM中に床のケーブルを直し、夢野が切った計測バンドの破片を片づけ、黒田の支持者が落とした小さな赤い枕を画面外へ押しやった。
眠りをめぐる思想の残骸を、遠野というADが黙って拾っていた。

二時間目の討論テーマは、「眠れない人は自己責任か」だった。
榊は言った。
「睡眠スコアを可視化することで、自分の状態を把握できます。把握できれば改善できる」
黒田は言った。
「眠れないのは個人の失敗ではない。社会に夜を奪われた結果です」
倉橋は言った。
「個人の生活習慣と社会的条件の両方を見る必要があります」
畳野は言った。
「夜更かし文化がいけない」
夢野は言った。
「測るから眠れない」
寝鳥目は言った。
「眠れない人を、誰一人取り残しません」
取り残さない、という言葉は便利だ。
取り残した側が、自分の足跡を見ないためにも使える。
討論を聞きながら、私は父のメッセージを思い出していた。

最近寝てるか。

あの夜、私は何と返せばよかったのだろう。
睡眠資本主義なら、あれは休息管理の失敗だった。
睡眠マルクス主義なら、労働による家族関係の疎外だった。
国家なら、国民睡眠支援の必要性だった。
保守なら、家庭の夜の崩壊だった。
アナーキズムなら、計測されない個人の夜だった。
でも私にとっては、ただ、返さなかった「そっちこそ」だった。
私の眠れなさにも社会はある。
でも、社会だけではない。
返さなかった一文が、まだ私の中で起きている。

三時間目のテーマは、「眠りに意味は必要か」だった。
司会者がそう言った瞬間、スタジオが少しだけ静かになった。
榊まどかは迷わず答えた。
「必要です。意味がなければ、社会は眠りを軽視します。眠りには経済的価値があります。価値があるものは、評価され、投資され、守られるべきです」
黒田休二が首を振った。
「違う。眠りは労働者が奪われてきた生活時間です。意味があるとすれば、それは階級的意味です」
「また階級ですか」と榊が言った。
「また市場ですか」と黒田が返した。
寝鳥目首相は、二人の間に笑顔を差し込んだ。

「私は、眠りに対立を持ち込みたくありません。眠りは国民共通の基盤です。右でも左でもなく、横になる政治を――」
「横になったまま前進できますか」と倉橋リオが言った。
「前進するために横になるんです」と寝鳥目が言った。
「それ、寝てないですよね」と夢野サヤが言った。
「ただの準備運動です」
討論会は、思想史というより、寝具売り場で起きた内戦に近づいていた。
そのときだった。
スタジオの端で、遠野が椅子に座った。
最初は一瞬だけだと思った。
カンペを持ったまま、少しだけ腰を下ろしただけ。
でも彼のまばたきが長くなった。
長くなって、戻ってこなかった。

首が少し傾いた。
落ちるように、眠った。
誰も気づかなかった。

榊は眠りの市場価値を語っていた。
黒田は眠りの階級性を語っていた。
寝鳥目は眠りの国家戦略を語っていた。
畳野は眠りの伝統を語り、倉橋は眠りの権利を語り、夢野は眠りの非所有を叫んでいた。

その横で、遠野は眠っていた。
その眠りには、主張がなかった。
だから、スタジオの中で一番強く見えた。
居眠り、という言葉が頭に浮かんだ。
でも違う気がした。
居眠りは失敗の名前だ。
けれど遠野の眠りは、失敗ではなかった。

討論に負けて眠ったのではない。
勝ち負けの外へ、身体だけが先に出ていったのだ。

討論の終盤、記者質問の時間が来た。

私は本来、睡眠債の格付け基準について聞く予定だった。
睡眠データの民間利用について。
睡眠税の逆進性について。
どれも大事な質問だった。

でも私は、遠野を見てしまった。
司会者に指名され、マイクを持った。
「皆さんに伺います」
候補者たちがこちらを向いた。
「あそこで、スタッフの方が眠っています。おそらく徹夜で番組準備をされていた方です。皆さんの政策では、あの眠りは何に分類されますか」

スタジオの空気が止まった。

カメラが一瞬、遠野のほうを向きかけたが、ディレクターが手で制した。
眠りについての番組で、本当に眠っている人間を映すのは、たぶん演出上まずい。
最初に寝鳥目が答えた。
「それは、我が国が解決すべき睡眠不足問題の一例です」
榊が続けた。
「適切に計測されれば、睡眠負債として可視化できます」
黒田が言った。
「労働搾取です」
倉橋は慎重に言った。
「本人のプライバシーに配慮すべきです」
畳野は言った。
「若者の生活リズムの乱れが……」
夢野だけが小さく言った。
「名前をつけるな」

全部、少し正しかった。
だから全部、少し違った。
私はもう一度マイクを握った。

「では、あの人が今眠っていることを、何かの証拠や資産や権利や抵抗としてではなく、ただ眠りとして守る政策はありますか」
沈黙が落ちた。
言葉が多すぎる場所で、言葉にならないものが一つあると、急に全部の言葉が薄くなる。
榊まどかは、唇を結んでいた。
たぶん彼女は、価値をつけないまま守る方法を本当に知らなかった。
それは彼女の罪というより、彼女が信じてきた世界の限界だった。

黒田休二は拳を握っていた。
あれは搾取だ、と彼なら言える。
そして、たぶん正しい。
でも眠っている遠野の顔を見ると、その眠りをすぐ旗にすることだけは、少しためらわれたようだった。

寝鳥目アキラは、何か言おうとしていた。
「ただ眠りとして……守る……ええ、つまり、ただ眠りとして……」
寝鳥目が、初めて同じ言葉を繰り返した。
スローガンにならない言葉を、政治家はうまく持てない。
夢野サヤが言った。
「だから、名前をつけるなって言った」
それは近かった。
でも私は思った。
名前をつけるな、という言葉も、もう名前だった。

番組はそのまま、予定より三分押して終わった。
候補者たちは握手をし、スタッフは片づけを始め、遠野は別のADに肩を揺すられて目を覚ました。
彼は寝ぼけた顔で周囲を見て、すぐに立ち上がった。
「すみません」
誰に向かって謝ったのかは、わからなかった。
深夜の編集部で、私は原稿を書いた。
最初につけたタイトルは、

睡眠総選挙、各党主張出揃う

だった。
五秒で消した。
次に、

眠りは誰のものか

と打った。
これも消した。
最後に、

眠りは誰のものでもない

と打った。

本文は、思ったより静かに出てきた。

睡眠資本主義は、眠りに値段をつけた。
睡眠マルクス主義は、眠りに階級を見た。
国家は、眠りを統計にした。
自由主義は、眠りを選択にした。
保守主義は、眠りを伝統にした。
アナーキズムは、眠りを抵抗にした。

どれも完全には間違っていない。
だから厄介だった。

眠りは、たしかに金で左右される。
階級で左右される。
国家に管理される。
自由を必要とする。
生活習慣にも文化にも関係する。
監視に傷つけられる。

けれど、それでも眠りは、そのどれでもない。
眠りとは、人間が一時的に、自分自身の所有者であることをやめる出来事である。
眠っている人間は、自分を運用しない。
自分を証明しない。
自分を改善しない。
自分の価値を高めない。
自分の正しさを主張しない。

だから眠りは、社会にとって扱いづらい。

扱いづらいから、社会は眠りに名前をつける。
資産。権利。義務。階級。伝統。抵抗。

名前をつければ、扱える気がするからだ。

でも、名前をつけられた眠りは、少しずつ眠りではなくなる。

ただし、私は最後にこう書き足した。

眠りは誰のものでもない。
だが、誰のものでもないということは、誰も責任を持たなくていいという意味ではない。

誰のものでもないものを、誰のものにもせずに守ること。
眠りをめぐる政治が本当に問われているのは、そこだ。
送信ボタンを押したあと、しばらく画面を見ていた。
時計は午前三時を過ぎていた。
眠れない、と思った。

いつものことだった。
けれど、その夜の「眠れない」は、少しだけ形が違った。

翌朝、私の記事は各党に引用された。

おやすみ国民党は、私の記事を引用して言った。
眠りは誰のものでもない。だから国家が守る。

睡眠資本党は言った。
眠りは誰のものでもない。だから個人が価値化する自由を。

睡眠労働党は言った。
眠りは誰のものでもない。だから資本から奪還する。

自由睡眠連合は言った。
眠りは誰のものでもない。だから選択権を。

日本寝床会議は言った。
眠りは誰のものでもない。だから日本の伝統へ。

ノーカウントは言った。
眠りは誰のものでもない。だから全部燃やせ。

私はスマホを伏せた。

言葉は眠らない。
だからすぐ働かされる。
その日の午後、政府は新しい法案を発表した。

非所有睡眠保護法案。

誰のものでもない眠りを守るための法律、らしい。
記者クラブに配られた資料には、こうあった。

第一条
この法律は、個人、法人、団体、国家その他の主体による過度な所有、利用、管理、評価または意味づけから睡眠を保護し、もって国民の健全な休息環境の確保に資することを目的とする。

読んだだけで少し疲れた。

第二条
この法律において「非所有睡眠」とは、本人、企業、国家、共同体、政党、思想団体その他の主体に帰属しない睡眠状態であって、内閣府令で定める要件を満たすものをいう。

誰のものでもない眠りは、まず内閣府令のものになった。

第三条
非所有睡眠の認定を受けようとする者は、所定の申請書に必要事項を記入し、睡眠状態証明資料を添えて、非所有睡眠審査委員会に提出しなければならない。

誰のものでもない眠りを認定するための申請書は、全十二ページだった。

私は自分の席で、その申請書を読んでいた。

一ページ目は氏名、住所、生年月日。
二ページ目は睡眠状態の概要。
三ページ目は「当該睡眠がいずれの主体にも帰属しないことを証明する具体的事情」。

そんな事情、眠っている本人が一番知らないだろうと思った。
スマホが光った。
画面には、父の古いメッセージが残っていた。

最近寝てるか。

私はしばらくそれを見ていた。
返事はしなかった。
もう遅いとか、まだ遅くないとか、そういうことではなかった。
返事にならない返事が、この世には少しだけある。
私は心の中で言った。

たぶん、今から少し。

申請書の三ページ目に目を戻した。

当該睡眠が特定の経済的価値、政治的意味、社会的機能、思想的目的、文化的規範その他の外部目的に従属していないことを、できる限り具体的に記述してください。

できる限り具体的に。
私は笑ってしまった。
その笑いの途中で、急に身体が重くなった。
机に突っ伏した。
遠くでデスクが誰かを叱っている声がした。
電話が鳴っている。
コピー機が紙を吐いている。
ニュース速報の音がした。
誰かが「寝てる?」と言った気がした。

でも、私はもう返事をしなかった。

その眠りだけは、たぶんまだ未申請だった。


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