「ねぇねぇおじいちゃん81年前の風景は?」
「ねぇねぇ、おじいちゃん。81年前の風景って、どんなだったの?」
小学六年生の陽菜は、夏休みの自由研究のために祖父へ尋ねた。
祖父は縁側に座り、少しだけ目を細める。
「81年前か……。わしはまだ小さかった。でも、あの日の空だけは、昨日のことみたいに覚えてる。」
陽菜は慌ててノートを開いた。
「どんな空だったの?」
「青かったよ。雲がゆっくり流れて、セミがうるさいくらい鳴いていた。近所の子どもたちは笑いながら走り回って、大人たちは畑や工場へ向かっていた。みんな、いつもと変わらない朝だと思っていたんだ。」
祖父は静かに続けた。
「でも、その景色は一瞬で変わった。」
陽菜はペンを止める。
「遠くで大きな光が見えた。太陽がもう一つ現れたような光だった。そのあと、大きな音と風が町を飲み込んだ。家は倒れ、人々の笑い声は泣き声へ変わった。」
部屋には時計の音だけが響く。
「わしは家族と必死に逃げた。川辺にはたくさんの人が集まっていて、水を求める声が今でも耳から離れない。」
祖父はそっと湯のみを持ち上げた。
「戦争っていうのはね、兵隊さんだけが苦しむものじゃない。普通に暮らしていた人たちの毎日を、一瞬で奪ってしまうんだ。」
陽菜は窓の外を見た。
青い空。電線に止まるスズメ。近所の子どもたちの笑い声。
その何気ない風景が、とても大切なものに思えた。
「おじいちゃん。」
「なんだい?」
「81年前の風景は悲しいね。」
祖父は首を横に振った。
「悲しいだけじゃないよ。戦争が始まる前には、笑顔も、祭りも、夕焼けもあった。だからこそ、その日常を失ったことが一番つらかったんだ。」
陽菜は少し考えてから言った。
「じゃあ、今の風景を守ることが大事なんだね。」
祖父は優しくうなずいた。
「その通り。平和っていうのは特別なものじゃない。学校へ行けること、友達と笑えること、ご飯を家族と食べられること。その当たり前が続くことなんだ。」
夕日が庭を赤く染め始めた。
陽菜はノートの最後のページに、大きく一文を書いた。
『81年前の風景を知ることは、過去を悲しむためではなく、今ある平和を未来へつなぐため。』
祖父はその文字を見て、静かにほほえんだ。
風が庭の風鈴を揺らす。
その澄んだ音は、81年前には聞こえなかったかもしれない。
だからこそ陽菜は心の中で願った。
「この風景が、81年後の子どもたちにも、変わらず続いていますように。」
