子どもの手術を前に、私はキャリアを諦めないと決めた
私は、私の人生を諦めない。
子どもの手術が決まった日。
保育園の入園を辞退した日。
それでも私は、諦めないと決めた。
子ども優先。それは当然のことだ。
でも、私は私の人生を止めたくなかった。
フリーランスから行政書士へ。
今、私は新しい一歩を踏み出そうとしている。
フリーランスなら、両立できると思っていた
私がフリーランスになったのは、1人目の子どもが生まれる前だった。
もともとは会社員だったが、ハラスメントをきっかけに職場を離れた。
地方で再就職は難しく、副業で続けていたライターの仕事を本業にした。
フリーランスなら、時間の融通が利く。
子どもが生まれても、きっと両立できる。
そう信じていた。
1人目が保育園に入ってから、私は本格的に仕事を再開した。
ただ、今いる場所は、夫婦の地元ではない。
夫は激務でほとんど家にいない。土日祝も仕事。
頼れる親戚も、気軽に「今日だけお願い」と言える友人もいなかった。
綱渡りの日々。
子どもが熱を出せば、仕事が滞る。
夜中に原稿を仕上げることも。
仕事のことで頭がいっぱいで、子どもと遊んでいても、締切のことを考えていた。
保育園のお迎えまでが、私の仕事時間のすべてだった。
夜は家事と育児のあと、パソコンを開いた。
疲れていた。
子どもにしわ寄せがいっていたかもしれない。
私は、「両立できている」と思っていた。
でも本当は、ギリギリだった。
そして2人目が生まれた。
生後2か月、息子に先天性心疾患が見つかった
2人目の息子は、生後2か月で先天性心疾患と診断された。
「両大血管右室起始症」
医師の説明を聞きながら、椅子に座っているのに足が震えた。
頭の中が真っ白になった。
心臓の構造が生まれつき違う。
何度も、手術が必要になる。
何度も、入院することになる。
1人目のときのように、「保育園に入れて、仕事を再開する」という未来は、もう描けなかった。
それでも私は、1歳児クラスの4月入園に申し込んでいた。
2回目の手術を終えたタイミングで、医師から「申し込みはしても大丈夫」と言われたからだ。
もしかしたら、なんとかなるかもしれない。
少しでも仕事ができれば、と思っていた。
そして、入園が決まった。
そのタイミングで、検査入院が決まった。
医師からは「次の手術が近いかもしれない」と告げられた。
まだ手術日は決まっていない。
医師は「通っても良い」と言った。
通わせるという選択肢も、確かにあった。
私は、不安だった。
息子の命を最優先にしたかった。
もし感染症をもらったら。
手術に影響が出たら。
手術後は1か月ほど入院し、退院後も数か月は登園できない。
役所からは「理由を問わず、長期で休む場合は退園になります」と淡々と告げられた。
悩んだ。
でも答えは、決まっていた。
私は、入園を辞退した。
あの日、私は初めて「社会に置いていかれる」という感覚を知った。
保育園を辞退し、支援も断られた
息子の命が最優先。それは揺るがない。
でも本当は、怖かった。
保育園を辞退するということは、仕事を大幅にセーブするということだ。
これまで築いてきた仕事が途切れる。
私の時間が、どんどん消えていく。
1人目のとき。入園が決まるまでの間は、ファミリーサポートやベビーシッターに頼りながら、なんとか仕事を続けていた。
今回は、ベビーシッターに頼めるほどは働けない。
ファミサポで乗り切れないだろうか。
そう考えて、ファミリーサポートの利用を申し込んだ。
でも、断られた。
「私は、看護師じゃないから。ごめんなさい」
その言葉に、責める気持ちはなかった。相手も悪くない。
ただ、制度の限界なんだと理解した。
それと同時に、私が社会の外に押し出されたような気がした。
働きたい。でも働けない。
頼りたい。でも頼れない。
病気の子を育てるって、こういうことなのか。
仕事は、ほとんどできなくなった。
「フリーランスなら両立できる」と信じていた。
しかし、現実は違った。
働く時間をずらせても、代わりに息子を見てくれる人はいなかった。
夜、子どもたちが眠ったあと、パソコンを開く。
しかし、集中できない。
手術のこと、入院のこと、これからのこと。
頭の中で、最悪の想像ばかりが膨らんでいった。
それでも、ふと思った。
このままでは、終われない。
私にできることは、何だろう。
息子を守りながら、私も前に進む方法はないだろうか。
未来のために、私は別の道を探し始めた。
それでも「私も諦めたくない」と思った
仕事をセーブした日々の中で、私は気づいた。
息子のために時間を使うことは、当然のことだ。
でも、私の人生が止まるわけじゃない。
子ども優先。それは変わらない。
ただ、私は私の人生を諦めたくなかった。
実は、行政書士という資格に興味を持ったのは、少し前からだった。
フリーランスライターとして、法改正に関する記事を書く機会が増えていた。
そのたびに、「もっと専門的な知識があれば」と思った。
そして、「肩書きがあれば、もっと信頼されるんじゃないか」とも。
行政書士について調べると、フリーランス支援ができることがわかった。
許認可の申請、補助金の申請、会社設立のサポートなど。
「これなら、もっと人の役に立てる」
でも、難しい資格だ。時間もかかる。
その時は、まだ本格的に挑戦する決心はつかなかった。
そして、2人目が生まれた。
息子の病気がわかった。
保育園を辞退し、仕事をセーブせざるを得なくなった日。
私は思った。
「どうせ仕事ができないなら、この時間を未来のために使おう」
息子を守りながら、私も前に進む。
そのために、資格を取ろう。
行政書士試験に挑戦することを決めた。
フリーランスとして働いてきたからこそ、その大変さを知っていた。
契約のこと、お金のこと、事業を拡大するタイミング。
誰に相談すればいいのかわからない不安。
私は、そういう人たちを支えたかった。
そして、働き方のロールモデルになりたかった。
私は、誰かの「選択肢のひとつ」になりたかった。
病気の子を育てながらでも、キャリアを諦めない。
そんな生き方を、誰かに見せたかった。
育児の合間に、勉強を始めた。
息子が昼寝をしている間。
夜、子どもたちが寝たあと。
付き添い入院中の、ベッドサイドでも。
テキストを開く時間は、限られていた。
でも、その時間が私にとって、未来への希望だった。
「私は、私の人生を諦めない」
そう決めた日から、私は少しずつ、前に進み始めていた。
行政書士試験に合格。私はここから始める
令和7年度 行政書士試験。私は、合格した。
嬉しさと、ほっとした気持ちと、「やっと、ここまで来た」という安堵が、一気に押し寄せてきた。
付き添い入院の合間に、必死で勉強した日々。
眠い目をこすりながら開いた問題集。
何度も諦めそうになった夜。
それでも、諦めなかった。
そして今年、息子の入園が決まった。
あの日、辞退を決めたときの不安や孤独を思い出す。
でも今は、息子は元気に成長している。保育園に通えるまでになった。
私も、前に進んでいる。
今、私は行政書士としての開業準備を進めている。
これから私がやりたいのは、既に走っているフリーランスを支えることだ。
「これから起業したい」という人よりも、既にフリーランスとして活動している人。
事業を進めたいのに、手続きや制度でつまずいてしまう人。
そんな人たちを、サポートしたい。
私自身がフリーランスとして走り続けてきたからこそ、その大変さを知っている。
孤独も、不安も、壁も知っている。
だから、寄り添える。
あの頃の私は、孤独だった。
だから、今度は私が言葉を残したい。
SNSで、noteで、息子のことも、私の仕事のことも書いていく。
私の生き方が、誰かの「選択肢のひとつ」になれば。
子ども優先で生きながら、自分の人生も大切にしていい。
そう思ってくれる人が、一人でも増えたら嬉しい。
次は、司法書士試験にも挑戦するつもりだ。
理由は変わらない。フリーランスを支えたいから。
もっと専門性を深めて、できることを増やしたいから。
挑戦は、終わらない。
そしてもうひとつ。
仕事とは別に、私にはずっと後回しにしてきた夢がある。
今年、私はストリートピアノを弾きに行く。
「いつか」と思っていたこと。後回しにしていたこと。
それを、「今」に変えていく。
子ども優先。それは変わらない。
でも私は、私の人生を諦めない。
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