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たまにはこれからの『経世済民』についてnoteしてみる。

・・・・・私はそもそも、当たり前の事しか言えない。


別にれいわ新撰組信者でも財政健全化論者でも、

全くないので珍紛漢紛な持論を語るが、

今の財務省がしている政策は、明かな失政で、


そろそろ預貯金年金がある人、起業家投資家、資産運用している老人以外の、一般労働者は限界に達するはず。


政策金利も上昇を選択した局面。


いつ何が起こっても不思議ではない。


自公連立政権になって以来、財政出動ばかり。

治安が悪くなった時のためなのか、

警察を中心に公務員を採用してどんどん増やしてきた。


東大生の新卒初任給が50万円とマスメディア。

当たり前であって、むしろ

75万円

くらいでも良いと感じる。

そもそも問題は、日本人の平均年収が『400万円』で止まっている事にある。

額面で30万円台。手取りで20万円台。

共働きでやっと月額40万円ほど。一日換算1万円ちょい。

アジアの、税金の低く物価の安い国々と比較しても肩を並べるほどの所得で、
国籍があることでこの重税、社会負担を課される国家。

一体どうやったら、どんな豊かさを、この国の行政を担う公僕の方々は経済として感じろというのだろう?

間も無く日本国経済は崩壊する。


そう外国人の金融関係者は捉えているのではないだろうか?

投資の神様、ウォーレンバフェット氏が商社に絞って日本へ投資している視点が極めて興味深い。

人は金融が崩壊して貧しくなっても生物として生きていく必要がある。
1億人を超えるこの島国に生活する人々は、生活必需品はどうなっても買い続けなければならない。

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世界大恐慌をきっかけに金本位性が終わった。

ブレトンウッズ体制、ニクソンショック。

変動性為替相場への移行

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当たり前な話だが、

国際経済のルールは突然変わる。


今回チェンジメーカーとして

ドナルド・トランプ大統領とそれに賛同したイーロン・マスク氏が登場した。

シンギュラリティ時代のCBDCを意識しての行動ではあると信じたいが、

ここまで日本国内の労働賃金と物価を押さえつけて来たもの。


なぜ、そのループから抜けられず失われた30年にもなったのか?

『彼らにとって、日本民族が貧困社会であった方が都合が良かった。』


私は初めから違和感しかなかった。そしてそれが全て私が理解出来るほどことごとくそのまんまだったことに絶望しかないが振り返ってみよう。

まず、

少子高齢化社会は『インフレに向かう』


が基本的経済学のセオリーだ。

労働力不足で、働けないものが増えるのだから、労働価値は高まり、

市場原理で賃金は上昇

するはずだ。

それをインフレを避けて、低賃金に抑えるために現れたのが派遣労働だった。

そしてそれを強要したのが国際会計基準だろう。

資本家の利益最大化。

1990年代から2000年代、不良債権処理にもたつく日本経済とクロスする様にIT起業ブームに乗って、国際投資家が日本経済を牛耳り始めたのだ。

私は、ハゲタカに勤務していたがその虚しさから離職した。

あの当時、自殺する人は中小の経営者達で不良債権と保険金を相殺する中年男性が後を絶えなかった。


資本家と大企業としては都合が良かった。労働力というコストを、機械化や別の効率の良い方法に移行するために使い捨ての労働力を手に入れた。

そして政府に公的資金注入を促し、安く借り入れた無担保の政府資本力で会計上の内部留保を増やし、安定した資本力を手にいれていった。

決して国際事業競争によるものではない。

ただ、数字のすげ替えによって。

M&A企業、コンサル企業が力をつけていった。

日本国のような、中小企業の弛まぬ善意からの努力によって生産貿易をしてきた国民の勤勉な社会性が売りの国にとって、

ギャンブルのような『悪意が勝つ』金融資本体制は削ぐわなかった。


欧米の金融資本主義であれば、派遣労働は的を得ていたかも知れないが、彼らはユーロや米ドルのように、他国と協調してそのバランスを保つための強力な関係性を、繰り返してきた戦乱の中で培われた共同体を有しているが、

日本国は敗戦国であり、アメリカ合衆国の属国、アジア人とみられている。

本来なら、東アジアを纏めた経済圏を描く必要があったが、それすら中国や韓国、インドへと地位を奪われていった。

派遣労働による労働賃金の低下と国際競争力の低下は日本の実体経済と日本国民の実質的あり方をじわじわと衰退させていった。それを緩和させて見せたもの。

円安誘導とばら撒き、0金利、国債発行

だった。

アベノミクスを、喜んだのは安倍政権に近い恩恵を受ける事業者と金融資産を持っている者たち。


不動産王のトランプ大統領とは相性が良かった。

私はれいわでも財務省でもないが、自公派でもない。

私の意見は私でしかないから誰もものでもない。


その間も少子化と、茹で粥の様な、水増しされた見せかけの経済維持が継続して、国際競争から取り残されていく。

そもそも消費と労働力の中心となるGDPの母数の未来が減少している。

減少の未来しかないものへ、投資価値など日本経済には存在しない。
割安感の大企業の株が0金利で買われていく。

株価と日本人の資産の中心である不動産価格を維持するために、0金利への依存から脱却できなくなった。

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そして、1980年代は工業製品が主流だったかも知れない。
或いはAppleやNVIDIA、サムスンの様に、新市場への技術革新と販路を探したなら違っていたかも知れないが、

日本に残ったのはガソリン自動車と、ユニクロ、ソフトバンクや楽天の様な技術力とは関係のないただの消費者向け産業となった。

それなのに、消費者から消費税や重税を課して、安価な世界を構築し続けた。


当然、同様の生産競争を自国産業として後発的に国家ぐるみで推進してきた、韓国や中国にその地位は奪われ、並行して不良債権によって安価になった不動産金融資本は欧米の投資会社に買い取られていった。

金融は『経世済民』の一つの手段だが、景気や経済という言葉と、貨幣・金融を一致させる思考が、戦後、この国の行政には蔓延ったのは、アメリカ合衆国による戦略だったのだろう。

日本人は兎に角、近眼過ぎて自分の周囲の事しか対処出来ない。


この島国は『鎖国』に向いていた。


グローバリズムから抜ける事を、日本政府、政治家は選択する事が出来ず、国際支援など更にばら撒くことを止めることすらできずに来た。

既に余力のない財布で、愛人を失った後が怖くて断ち切れないまま、ずるずると払い続けているために借金をする人のようだ。


恐らく、財務省も必至だろう。

もしかしたら過去には資産の担保になる様なもの、

埋蔵金みたいなものが存在していたのかも知れない。

恐らくそれらも、利権として切替は終了しているだろう。


従って財務省解体デモが仮にその解体を実現したとしても、

もぬけの空


だと予想する。

そして、日本人の金融資産の大部分を占めるものが預貯金と不動産。

日本の生命線は、高齢者の有している金融資本であって、高齢化社会においてほぼ流動する事なくそのまま死んで国庫に帰属するまで保持されている。

『開国』『日本国解体』


見事に売国は完成したのだろう。


財務省としてはそれを何とかして動かしたいからこそ、NISAやイデコなど積極的に高齢者の資産流動性を促しているが、

経済危機が、シンギュラリティによって金融資本そのもののシステムが変容、またBRICsが決済通貨を新規で有した時、

全ての悪夢は日本政府と経済に、国民へ降りかかる事になる。


既に予兆はある。どう考えても、普通の一般庶民の生活は苦しすぎる。
介護も育児も負担しながら、正社員で共働きで働いて、

それでも生活費が足りなくなる。


物価は上昇して、賃金はその上昇に追いつかない。


主食の米価格が倍になるなら、給与も倍が最低ライン。

だから東大生が初任給50万円は安い。

一般学生が、初任給50万円でようやく余力が生まれる水準だろう。

つまり『年収400万→800万円』が、最低限政治家が国民に目標に掲げなければならない最低ラインなはず。

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既にこの世界に、

日本国の産業がなければ、他の国家が困る業種は今や、ほぼ存在していない。


中国(台湾)、韓国、アメリカ、EU、インドが存在していれば産業は回る。

またどんなに逆立ちしても、

あらゆる尺度から捉えて、この国際金融資本社会おいて日本国と日本国民が勝者である事は有り得ない。


失われた30年とは、1980年代のその幻想から覚めることの無い人に政府行政を委ね、ダラダラと継承し続けて、根本的で本質的な目的を誰も見ることなく生きている事に起因していると感じる。

『国民が貧しくなってる時に、消費税を上げてはだめ』


その通りだと感じる。

税は収入がまず先にあって初めて機能する。

先に国民の所得を増やすことが先決であって、ばら撒きの補助金、助成金、給付金は後々更に税を増やす事になり大好きなプライマリーバランス健全化を後退させて、計算上より高税を未来に課すしかない絶望スパイラルを生み出す。

数字上は流れたはずの資金は企業によって中抜きされ、予想より遥かに少ない残りかすのような額が市場に流れる。さらにその涙の様な額が納税者へと渡る。

そして税率を、また課税対象を増やす。

そんな試算、バカでも出来る。

国民の所得が上がらず何故か税収が増える。


政府支出、国債に紐づいた官製金融経済が国内で継続し、それをグローバル金融資本が利権を有した状態が30年も継続したらどうなるのか?
それは、

『今の日本国になる』


日本国政府による失政の答え合わせはもう済んでいる。


小卒レベルの知能があれば誰でもわかる。
その事が、西洋の経済学者の理論をつるみながら、騙されて洗脳されているとも気付かず、或いは欲と悪意を持って学んできた賢い方々にはそれが理解できない。

そもそも、当たり前の現実を、生活している国民生活を見ることが無い。

何故皆が『安い』ものばかりに向かうのか?『お金』を欲するのか?

なぜ、政府官僚は、国民に『贅沢をさせてあげよう』と思わないのか?

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中東に行った際、一つの事実に絶望した事があった。

『タクシーが全て高級車』

だった。

日本車は『レクサス』

軽自動車は1台も見なかった。また大衆車も見なかった。


日本では、走っているガソリン車の殆どは、軽自動車や大衆車、バンが殆どだ。

なぜ世界へ自動車を産業にしている国民が高級車に乗る事なく、安い車でギリギリで生活しなければならないのか?


目先のインバウンドにこだわり、大量の外国人が日本に来たときに、他国の人が

『あれ、何でこんな小さい車が大量な車種走っているの?レクサスじゃないの?』

『なんで日本はこんな安くて貧しいの?』


そう思われる矛盾に気づかないのだろうか?

それがやがて日本企業自体のブランド力低下につながると気づかないのだろうか?


むしろ安くすべきは高級車を国民に使ってもらい内需を拡大する事であって、車への税負担を増す事ではなかったはずである。

『国家は主権者国民を蔑ろにしている』


それは疑いようの無い事実である。

そしてその政争の具として金をばら撒き、公務員や関連地元企業を増やし、組織票を相対的に水増しして保守を拡大していった。

残された一つの可能性として、

『インフレを受け入れてでも、所得上昇のための改革をする』


ベーシックインカムもその検討材料の一つだと感じる。

既に国際競争の中で日本人の大多数は勝ち残れない。


世界中では3ヶ国語以上を喋り、国際市場で勝ち残るために実践教育を受けてきた労働者たちに溢れかえっている。

この先進国と呼ばれた国際経済社会において、日本国が再生するには最後のチャンスかも知れない。

それでも・・・・・・

『経世済民』


この言葉を、原点に立ち返って見つめて欲しいと願う。

民が済ませられるために経を用いて世を動かす事を経済と呼ぶ。

仮に限界社会を迎えて、資本主義経済から取り残されたとしても、

それはそれで、諦めてまたそこから対峙する覚悟を持てばいい。

その手法は資本主義や国際金融資本以外の可能性が存在していて、

未来へ、この地球上で他の国々は実際にそれを意識して動き出している。

実際多くの国々はこの数十年の間にも、様々な苦難を乗り越えてきた。

日本は恵まれ過ぎていた。

不良債権処理を、国際金融資本に、日本国がこれまで築いてきたものを、売り渡す事によって維持してきた。

当たり前だが、

『介護も公務員も、生産性は無い』が『仕事』である。


高齢者介護と公務員、公的資金ばかりの国が、

国際金融資本の競争ルールの中で勝つことは


『100%有り得ない。』


もし国家として子孫繁栄を目指すならば、大胆な価値観転換が必要だということを、

まずは私たち、国民一人ひとりが自覚しておく必要がある。

資本主義の覇者でない、多くの国々は、

110億人を超える、ホモ・サピエンスの、人類の子孫繁栄に向かっている。


日本人がその幻想から、マネーゲームから覚めた時、

全ての課題の本質と、目的に向かって対処する国家社会体制への道が見えていくはずである。



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『ホモ・サピエンス・宙唄(そらうた・Sorauta)の独り言』 私は地球生命、生態系、精霊、神々は一つであると捉えています。人類が千年先にも続いていく為にも地球生命体との共存共生は、今人類社会を生きる我々全ての責務です。これからも地球規模で、生態系保全や風土に紐づいた文化、生態系資源を未来へ繋ぐの活動を、皆さんと共に共有して生きます。