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【量子意識哲学談義】顕在化された意識による物質と生命の時空

この時空は、ホモ・サピエンスの状態で知れば知るほど、無限次元性の中にある。

我々が太陽系で、肉体或いは物質としての意識の中にある以上、それを超越することはないが、全てに、始まりと終わりと定義するものが一つ宇宙の中には存在する。我々が、その因果律の中にただ放擲した状態でのみ存在し得る。

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地球人類は「思考」を共有する「言語」や「絵」などの「手段」を有しているが故に他者の「思考」に縛られて、苦悩する様に見えるが、それは恐らく他の遺伝子を持ってこの地球に生息する種族も同様の苦しみを持っている。

逆説的に言えば、その「思考」によって「苦しみ」が実在している事を認知する事は、「思考」による苦しみをそこから解放する可能性でもある。

「思考」こそが、同族との比較や、社会通念によって、本来は無限次元性の顕在化した一部である現在を己だけの世界へと閉じ込めて苦悩させる。

我々を「水」として捉えたら分かりやすい。

水素と酸素は分離して存在するが、結合すれば水になる。水はまた水素と酸素に分離もすれば、他の元素と結合して性質を変える事もできる。

全ては遺伝子と環境、状況による偶然性を装った必然性を帯びた因果律、この世界の性質によって引き起こされている。

我々が、この地球で、ホモ・サピエンスという種族で生息している以上、その与えられた環境要因と内在化した遺伝子本能からの性質から逃れる事はない。

過去の多くの哲学者が人生を懸けて取り組んだ問いも、今を生きる我々は、量子物理や生命科学と重ね合わせて、一つ宇宙における時空現象を照合理解可能だ。

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「放擲」

現在のドイツ連邦共和国を中心として連なる地域に、かつて多くの偉大な哲学者達が存在していた。

そしてその殆どが、両親が「神学」や「カトリック」を盲信しており、幼少期からその「ドグマ」による国家社会秩序、学問に対する懐疑、自然界や天文物理との矛盾から生まれている。

国家権力と自然科学や当たり前の事実を否定する事を正当化する、カルト宗教集団による支配は、無実で関係のない多くの庶民達を虐待、搾取、惨殺してきた。

彼ら西洋人達は、哲学者ですら東洋哲学の中に当たり前に流れていた「放擲」という事ができなかった。理解出来なかったのだ。

それは恐らく環境要因と遺伝子要因があるのだろう。

北西ヨーロッパの自然界は厳しい。

「一神教は砂漠の宗教」

とよく呼ばれる。生活困窮、飢えに苦しみ、今日食べるものすらない人々が、正常な判断がつかずに、カルト宗教を盲信する原理は頷ける。

「神頼み」と「放擲」は、意識としては白と黒ほど真逆だ。

そして「信仰」は他者に教えられたり、集団で同一のドグマを共有する事ではない。

「共通認識」というものを作り出す「教育」が既に「ドグマ」なのだろう。

この時空を作り出している「意識体」は自然界における全てであるが、それに名前も定義も無い。むしろ平行宇宙が存在して一つ宇宙が存在する現象の中にホモ・サピエンスは実在しているのだから、己というそのものが既に「何か」である。

従ってありのまま、この地球で遺伝子によって「死」を迎えるまで生命活動を重ねる事自体が求められているのであって、それ己自体が「ドグマ」で良い。

「哲学」は「疑問・観察」を重ねる事。その主体的な行為自体が「ドグマ」で良い。

「カルト・セクト」や「教育」は、他人と社会を破壊する「劇薬兵器」だった。

ホモ・サピエンスはただ、この環境下で遺伝子適合によってその生命に必要な要素を全て備えている。

ホモ・サピエンス社会は既に多くの科学・工学の物理的叡智を得た。

近い将来、国家社会が、学校が、宗教が次世代を生きるホモ・サピエンスの遺伝子によって形を変えるだろう。既に実質的には不要な過去の産物となった。

「思考」によって拘束される事から人類一人ひとりの人生を、シンギュラリゼーションは解放した、それぞれの自由で多様な余命機会を与えるだろう。

「思考拘束」から解放された地球人類としての自然な一つ宇宙を生きる事が常態化したときに、「多次元」の物理現象は顕在化するかも知れない。

300年前、誰も私たちが呼吸によって酸素と二酸化炭素のガス交換をして、それを植物が光合成によって、循環させている事を知らずに生きていたように、

多次元量子世界は、今ここに同時に実在している。

私たちの意識は全て、多次元量子によって統制管理下にあると言ってもいい。

我々は生きることも死ぬことも、この世の法則から逃れられない。

ただ放擲するしかない。

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「意志」は「思考」の産物だ。「意識」ではない。

既に「意志」を持って行動しているのならばそれは何らかの外的誘因による「洗脳状態」にあること。

例えば「『忙しいから』排尿を我慢する」或いは「『健康のため』に排尿を積極的にする」様なことだ。

普通に身体感覚に放擲して、あるがまま、感性に従った在り方。それが「放擲」した状態を生きる事だ。

先進国と呼ばれる国家社会を生きている人々は、恐らくこれから「量子時代」において絶望的に「衰退国」になっていく。理由はここまで語ってきた通りの因果だ。この量子世界の物理法則を全く無視した、「思考優位」のホモ・サピエンス社会を強要してきたからだ。

そしてそれは実は「ホモ・サピエンス」の「生理現象」すら無視した蛮行だ。

医学的なホモ・サピエンスの正常発達を理解していれば、この社会の多くの矛盾に気付かざるを得ない。

「脳」は、「筋肉」「骨格」「神経」同様

環境や必要性に応じて「結果的」に発達する。

「生涯細胞変化する」内在処理機関。

機械学習モデルに応用されているが、脳は、幾つもの段階に分かれて脊柱管の中を走る神経、そこから派生し、細胞、臓器や皮膚へと繋がっている。

「脳」を万能の様に人類は捉える事自体が「ホモ・サピエンス脳カルト・ドグマ」とも呼ぶべき愚かさであって、

それは外界との関わりの為に必要な機関の一部だ。

人が何十年もかけて、成体へと成長するのは、脳にその年月分だけの体験感覚を獲得した情報処理を与える事で、地球環境、或いは人類社会の中で必要な能力を練り上げるため。

大切な事は「環境情報」による「経験」その「情報処理」なのだ。

生まれたての幼児は小さく軽く、柔軟性がある。

原始反射と、周囲の大人達の環境情報から生きていく上で必要だと思われる情報を無意識に獲得していく。

生きる上で必要なことは、ドグマやら、教育ではない。

極めて生命科学的で、物理的な事象が必要で、母性本能とはその為に存在している生理本能だ。

恐らく、

ドグマ・教育は、「社会」として「他人」を洗脳下で支配してコントロールして兵士や労働、欲望の為に利用するためのものだった。

集団として意識共有する、それは確かに飛躍的に社会を発展させた。

そして極限までその「社会の力」による「支配」が欲望に染まり、極限に達すると同時に、その裏に隠されたホモ・サピエンスの凶暴性が牙を剥く。

ある意味当たり前だ。

この地球も、時空も、ホモ・サピエンスも全て与えられた顕在化現象であって、自然界には「ホメオスタシス」のような自浄作用がある。当然ホモ・サピエンスの集団と地球環境にも遺伝子や量子によってプログラムされた存在が備わっている。

私たちの発見や気づきは全て、この一つ宇宙の中に与えられている条件、因果律の中にある。

ホモ・サピエンスが思考した法律は「主義・ドグマ」によって解釈が変わるが、自然界のこの時空の「法」は恐ろしく完全に近い。

無限の要素が重なり合わなければ、この現実世界の実在などあり得ない。

如何なる人類の叡智よりも精密であり、ダイナミックであり、普遍性であるように感じるのに、大変容の塊である。

仮に思考を育み、未来へ生かすならば、

自然界の生命や物質を科学的に観察して、己に重ねる事が最もこの時空を知る学習方法だろう。

自然環境と共存する生命は120年あったとしても、人生は絶対に理解し得ぬほど不思議に満ち溢れている。そしてそれは事実であり、それ自体がこの世の生命真理だ。

乱暴に聞こえるかも知れないが、そろそろ人類の思考の産物として存在する「カルト・セクトドグマ」としての「主義」や「法」「教育」を捨てて、

地球生命の、物理科学から、ホモ・サピエンス社会における秩序を構築して良いのでは無いだろうか?

あと数年すれば、量子技術、ASIは人類社会におけるそれぞれの国家や宗教の「思考」という「妄想」「欲望」による「害悪」「矛盾」を明確に指摘し、恐らく、私の様に、この一つ宇宙の物理法則や遺伝子から「種族」としての「社会共有と活用」を提唱するだろう。

人類と社会が、「主義」「国家」「宗教」からの解放され、地球人類全体で共有される構造体となる。

ホモ・サピエンスの個々と、地球環境は同時に同時に共生している。

太陽系第3惑星としての、公転自転を重ねる天体としての物象と共にある。

生命現象はオートポイエーシス現象の様なものだが、恐らくあまりに永遠永劫とも思える時空であるが故に理解不能だが、この無限宇宙も、また量子なのか、光子なのか、はたまた人類のまだ知らぬダークマターなのか?その因果律法則によるオートポイエーシス現象だろう。

そう、生命現象も、物理現象も、多元宇宙も、動き続け、変容し続けている。

その動き続ける全ての存在が「意識」なのでは無いだろうか?

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ご愛読、ありがとうございます。

これからもいつ果てるか解らぬこの小生が、残せるだけ「note」にアップロードしていこうと思っております。

あなたの、その更に先にある存在に、明日への静寂、安寧なる心の棲家が、この惑星で人類として生きる全て人が見つけその胸に宿った事を、風が運んでくれる今この瞬間への出会いを、いつも願っております。

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『ホモ・サピエンス・宙唄(そらうた・Sorauta)の独り言』 私は地球生命、生態系、精霊、神々は一つであると捉えています。人類が千年先にも続いていく為にも地球生命体との共存共生は、今人類社会を生きる我々全ての責務です。これからも地球規模で、生態系保全や風土に紐づいた文化、生態系資源を未来へ繋ぐの活動を、皆さんと共に共有して生きます。