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「生きる事」はつまり、「生きる事の問いに正しく答える義務」

ヴィクトール・エミール・フランクル医師。

戦後80年を迎える今、

我々人類は、彼の価値観と存在があった事に、

どれだけ感謝しても仕切れない。

言葉にならぬ感動を、

ただ「孤独」と「絶望」という人生を意味に変えた人物。

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久々に彼の著書「夜と霧」に触れた。

最初に触れた時の感動から、今に至る「間」という「資産」に磨きがかかった。

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「生きる意味を問う」
ここで必要なのは、生きる意味についての問いを180度転換することだ。私たちは生きることから何を期待するかではなく、むしろひたすら、生きる事が私たちから何を期待しているのかが問題なのだ、ということを学び、絶望している人間に伝えねばならない。哲学的用語を使えば、コペルニクス的回転が必要なのであり、もういい加減、生きることの意味を問うことを辞め、私たち自身が問いの前に立っている事を知るべきなのだ。生きる事は日々、そして時時々刻々、問いかけてくる。私たちはその問いに答えを迫られている。考え込んだり語辞を弄する事によってではなく、偏に行動によって、適切な態度によって、正しい答えは出される。生きるとはつまり、生きる事の問いに『正しく答える義務、生きる事が各人に課す課題を果たす義務、時々刻々の要請を充たす義務を引き受ける事に他ならない。

夜と霧 第二段階 収容所生活より

彼はある意味その「奇跡」が与えられ、

奇跡的な体験という叡智を「書物」と「体系化したセラピー」として遺した。

偉人中の偉人としての振る舞いを、最後まで人生の問いに答え続けた人物。

フロイト・アドラー・ユング・・・・

皆素晴らしい精神心理分析家だろうが、

実存としての言葉にならぬ感動、説得力を持つ存在として、1点の疑点、曇りなき空のような存在としてフランクルはただ、私たちの人類史の中に存在している。


日本国における、彼の存在感は、枢軸国としてホロコーストに加担した国家としてあまりに扱いが粗末に感じるが、

それが故に私は彼によって「孤独の受容・肯定」という問いに答えた態度を、今もこの現実に対峙する事が出来る。有難いこと。

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既にフランクルはこの世にいない。

92歳という長寿だった。彼は戦後52年間に渡り、冷戦の最後を見届けてこの世を去った。

ナチスドイツが包囲した、チェコ・ドイツ・オーストリア周辺の人々は、今、彼の遺産をどう胸に受け止めているのだろうか?

或いはイスラエルやガザの、シリアの人々は彼の人生をどう感じるのだろうか?

私たちは全て、

「生きることの問いに、正しく答える義務」


それを生涯ずっと、人生に与えられている。

故に、あなたも私も、今ここを生きている。

即ち、問いが終わった時に死はやってくる。

彼には92年間、問いが与えられていた。

私たちは後何年、その問いが続くのか?

それはどうでもいい問いであって、この瞬間を、ただ人生の問いに答え続ける、即ち己を生き続けることの中に「意味」が備わっている。

あらゆる「哲学」は「孤独」と「己」に精通する。

冷徹なまで「己」が「己」と問答する。

「孤独」はそのための「精神と時の部屋」でもある。

彼は収容所の極限の状態に無数の人間が押し込まれた「死」の隣でそれをやり遂げた。

本人自身も自分は選ばれた究極の生存者・解脱者である事を隠す事なく自白している。

その使命感がその後52年間もの長期に渡って、彼を精神科医としてセラピーの体系化へと突き動かした。

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「己が孤独な存在である」

その事実に対峙しうる環境に達し、更にそれを受容し、更にそこから生きる意味の答えを見出す人類は、如何程いるのだろうか?

もし己がフランクルの人生観に達していないと感じるもので、まだ彼の書物に触れた事が無い者は、

彼の書物に今すぐにでも触れられる時代を生きている事に、至福と感謝を感じる機会がある。

私は、フランクルがその地獄の中で見出した

共に生き無碍に死した同胞達と眺めた

収容所の塀の彼方へ沈む

「夕焼けの美しさ」


その感動を、日々陽が沈む度に心と心が時空を超えて感じられる今を生きている。

「自燈明」を重ね続けて、だた放擲し続ける。


その地球上での毎日が、ホモ・サピエンスとして己の中に「魂・意識・心・存在」言葉にならぬ何かが、多元宇宙と共にある「実感」であるという、

問いに対する答えを、茜色に染まる宙と、風唄が映し出すそれに重ね続けていく。

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ではまた!



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『ホモ・サピエンス・宙唄(そらうた・Sorauta)の独り言』 私は地球生命、生態系、精霊、神々は一つであると捉えています。人類が千年先にも続いていく為にも地球生命体との共存共生は、今人類社会を生きる我々全ての責務です。これからも地球規模で、生態系保全や風土に紐づいた文化、生態系資源を未来へ繋ぐの活動を、皆さんと共に共有して生きます。