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【勝手に鬼滅の刃談義】竈門炭治郎という『嘘をつけないバカ正直者&家族愛』が育む爽快な物語と、それに共感する若者達の未来。

それは、少年・少女漫画・アニメにしか出来なかった事だと感じる。

きっと、新しい世代の感性は、私たちの領域を遥かに凌駕している。

それは努力云々ではない。「遺伝子のアップデート」なのだろう。

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主人公の竈門炭治郎は「嘘」をつくと顔が「ひょっとこ」のようになってしまう。

彼は物語の最初から最後まで、ずっと素直でばか正直を貫く。そして家族や仲間を想い、戦いの最後には敗れた鬼をも慈しむ。

空の様に、透明でピカピカの心を持っている。

そんな彼に触れて、登場人物達は皆、彼の虜になっていく。

恐らく、鬼滅の刃の登場は日本社会の中に変容の意識を芽生えさせる事にも少なからず影響した。

何故そんな主人公が誕生したのだろうか?

「過狩り狩り」→「文殊史郎兄弟」→「肋骨さん」→「鬼殺の流」→「鬼滅の刃」

「鬼殺の流」の段階では脇役だったのは「炭治郎」だったそうで、勝手な妄想だが、元々主人公になるはずだった人物が色濃く反映されたのが、音柱「宇髄天元」だったのではないだろうか?

何れにしても、週刊少年ジャンプの人気連載において結末まで「完走」する事は容易ではない。

作家にとってその世界観が広がり、評価が高まれば高まるほど「終わらせる」事が出来なくなる。

その作業を美しいまで終焉させた所にも、作家として人として「才能・完成度」を感じずにはいられない。

恐らく吾峠呼世晴氏・彼女(或いは彼?)にとって、漫画は人生における一部であり、それと同等、或いはそれ以上に大切なものが存在しているのだろうと推察する。

きっと今も人知れず、自分の人生とその「家族」や「仲間」との関係を大切に「炭治郎」と「禰󠄀豆子」の家族の様な日々を過ごしているのではないだろうか?

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「4つ」の作品に共通している部分として、「和文化」がある様に感じる。

私は勝手に「江戸川乱歩」を想像してしまった。

日本の歴史文学や、ミステリーが「漫画」に反映された形になるとしたら?

漫画は「絵」と「物語」の融合でありながら、読者は物語よりも「視覚」が強い「絵」から入る事が人間的に見て自然だ。

ただ、吾峠呼世晴氏のその作品は「漫画」の先にあった「アニメ」に最も適した「物語」「世界観」を有していた。

キャラクターのネーミングにしても、その性質、関係性についても他の作品では体験した事のない「独自性」でありながら「魅了される因子」が、絵にも「言葉」にも、それぞれの特徴によって演出され、散りばめられている。

楽器を操って即興をする感覚に、近いのだろうか?

女性性を強く感じる。

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竈門炭治郎

通常日本人の間で、「ジロウ」は「次男」に付けられる呼称だが炭治郎は「長男」だ。

そして「長男」である事が炭治郎の主人公としてのキャラクターとして強い意味を持っている。

「文殊史郎兄弟」にも共通しているのだろうが、日本人の伝統的文化に強く流れてきた「仏法」の影響も強く反映されている。

「竈門兄妹」と対照的な兄弟として登場するのが

「継国家の兄弟」だろう。

物語の重要な役割を果たすこの兄弟にも、名前に違和感がある。

次男が「縁壱(よりいち)」なのだ。

「いち」は通常、長男に付けられる名前だ。

そしてその名前を付けるのは大抵「両親」或いは「両親が信頼して頼んだ人」になる。

細部に至る一つ一つに、人として創造したキャラクターへの造詣、想いと秀逸さを感じる。

この二人の兄弟は、両親の期待が裏腹の結果を産み、物語の鍵を握る重大な因果関係となる。

「いち」への嫉妬・執着・因果が兄を鬼に駆り立てた。

両親のエゴ、盲信は才能を対立の悲劇へと誘う。旧約聖書における、アベルとカインのようだ。

もし「兄弟が逆」だったら?「鬼滅の刃」という物語において「無惨」も「鬼」も、大正時代には既に存在しない事になってしまうだろう。

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『ヒの神』と竈門、炭

それは琉球の風習でもある。台所の神さはは女性が護るものとされている。

「禰󠄀豆子」は血鬼術で、火を操る。

なんと言えばいいのだろう。キャラクターに表現された一つ一つに丁寧に意味が込められていて、日本人としての文化や風習への扉が開いている。

教育機関が、軽視したり忘れてしまった事を、「鬼滅の刃」は日本人として生きる上で必須である大切な事を教えてくれる。

アニメの続編映画はこれからまた制作されていくだろう。

そして何よりも、本編終了後の「次世代」のストーリーが最高に素晴らしい。是非それもアニメ化されてほしいなと感じる。

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『ホモ・サピエンス・宙唄(そらうた・Sorauta)の独り言』 私は地球生命、生態系、精霊、神々は一つであると捉えています。人類が千年先にも続いていく為にも地球生命体との共存共生は、今人類社会を生きる我々全ての責務です。これからも地球規模で、生態系保全や風土に紐づいた文化、生態系資源を未来へ繋ぐの活動を、皆さんと共に共有して生きます。