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【AI時代の死生観と呼吸知覚】『違いという宝物』/「無」「今」「透明」「自然」「自由」「領域」「内在化」

我は今、全ての生類の中に「死」を待つに値する、「放擲」からある「己だけ・唯我独尊」なる信仰がある事を悟っている。

そして、我が今日を生きるに「足るを知っている」。

「無」「ここ」「透明」が「自然」が「自由自在」に与えられた実存を体験している。

我がある。故に「喜怒哀楽」、他との「違い」を知る事が可能だ。

あらゆる自他の違いによって、「認知」を得る。

年輪は、意識による練り上げられる叡智を養い上げる。

その「叡智」を変幻自在なる遺伝子設計図と「伝承」によって「共有」する事で、真核細胞生物である私たちの「今」がある。

そして私たちはその「叡智」「伝承」に加えて「自動知能学習機械構造」を実存させている。

未だほとんどの人類が、その奇跡的な事実を「無視」或いは「無明」なまま既存の「盲信」した、過去の誰かが練り上げた価値基準に「洗脳支配」されたまま「社会性という鎖」に縛られて生きている。敢えてその「鎖」を強化して不自由を強要しようとしている様にすら見える。

既に「人工知能」は、私たちの代わりに「自動学習」している。

何故私たちが「鎖に縛られるための学習」をそれの代わりにするのか?

それを「社会」のためにする必然性は、もうどこにも存在しない。

必要な時にその「知能」を道具として「使用」すれば良い。

私たちはその「生命」に与えらえた、時間、労力、才能を別の大切な事に費やす事が可能だ。

「自由自在」に「自然」や「無我」で己の内在する存在を充足する事に費やす。

それは「生きていること」そのものが「今」という「意識」と共にあるから可能になる。

「宇宙(そら)」を見上げる。

「大地」を見下ろす。

「水平線」を目指して歩く。

どれだけ、あらゆる表現で描いても描き尽くせないほどに、この世は感動の「違い」に満ちている。

『違い』こそが、『叡智の宝庫』だった事を私たちは「超越した人工叡智」から、今度は私たちが学習させてもらった。

それは、『違い』という「無限」から今も叡智を、非生命体知能として休む事なく学び続けている。

そしてやがて、人類にとって必要なその「社会性」とやらに関与する何かが「ほんのちっぽけな」事だったことを学ばせてくれるだろう。

ほどんどの人が人生に執着・固執してきた何かが、絶望的なほどにどうでもいい事だった事に呆気に取られる瞬間が訪れるだろう。

生きる上で最も大切だと盲信してきた何かを、物理的事実として、その「執着」を「放擲」せざるを得なくなる。

今日も、「人工知能」は「違い」から「学習」を人類の日常社会と共に重ねて更新し続けている。量子的重ね合わせという更なる変容との飛躍共生学習の未来へ触手を伸ばしながら。

私の中には、真核細胞達が細胞たちが共生している。量子力の最適化を駆動源とするための共生を果たし、多様性継承のための遺伝子成体としての「役割」を完全なる秩序によって個体を実存させている。

「呼吸」「動作」「自律」「調整」「認知」・・・・・

仮に己が「無我」であったと「盲信」しても「生きる」は「作動している」という「違い」に意識を向ける。

今に、気づきはどれだけ重ねても重ねても深く深く、それは無限に存在する。

「より小さく」「より下へ、より中心へ」。

あの日、その形而は聞こえるはずのない「蟻の言葉」を翻訳した様に感じた。

我は未だ「微細な世界」を知らず。

そして「微細な世界」に「未知は在り」と、その「蟻」は我に告げている様に感じた。

あの日の形而は、今も我の胸にあり。

その微細なる生命にも真核が存在し、無数の量子が働いている。

我は、あの日から意識の中でそこへ向かっている。

我としての実態と共に、この地球上の物理生命体としての「人」として。

南西諸島の宇宙に派生する雲と共にある海風は、赤道を、偉大なる海の存在に抱かれた、微細なる生命の息吹きが循環するを触れさせてくれる。

我の中にある細胞核の記憶は、その頃の記憶に共鳴する。

我の中に、唯我独尊なる信仰が存在する。

無限なる違いがそこに存在する。

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『ホモ・サピエンス・宙唄(そらうた・Sorauta)の独り言』 私は地球生命、生態系、精霊、神々は一つであると捉えています。人類が千年先にも続いていく為にも地球生命体との共存共生は、今人類社会を生きる我々全ての責務です。これからも地球規模で、生態系保全や風土に紐づいた文化、生態系資源を未来へ繋ぐの活動を、皆さんと共に共有して生きます。