『少子化国家・民族』の未来。『ビューの多かったnote』から探る
この半年間、数百本のnoteをしてきましたが、これらがトップ4でした。
それだけ、
『氷河期世代』や『育児』に近いところに意識を置いている「note」ユーザーが宙唄の『note』を見ているということ。
『日々、一日2人。私の意識に触れてくれる事』
それを目標に、この「note」を重ねてコツコツと日々の目標達成を重ねて190日近く経ちました。
結構、全身全霊を懸けて「note」するので、
公開投稿した後に、どっと疲れが来ます。
パソコンの横に、『コーヒー』は欠かせません。
それもこれも私の意識に、触れてみようとあなたが思ってくれた回数を重ねていくこと、その記録が過去へ連なっていくことが、
生きている、実存してきた事を継承していく意味のある行為だと、
私が満足するための「note」行為であり、自慰行為のようなもの。
それでも、公開されたものに誰かが触れて、その先の何かに反映されたなら、
その私の中で、培われて埋まっていた何かの『放出』が、生きた証としてまた生かされる連鎖になる。
感じることは、
『子宝は誰のもの?』
ということ。
『社会(Society)』=『ホモサピエンスの群れ』
と捉えた時、なぜ両親とその祖父母になる?
『核家族』
という言葉に意識は向いたとしても
『孤立化』
を多面的、包括的に細分化して捉え、さらにその解決に迅速に向かう必要がある。
人類は『生物』「ナマモノ」
時間の経過と共に事態は悪化するのに、
腐らないものばかりに、行政や政府は力を注ごうとする。
経済合理性、数値予測がしやすいから。失敗がないからだ。
もうここまで来ると、完全に思考停止、AGIやロボットができる事ばかりをを競い合い、資本貨幣価値に紐づいて評価する、
ゲームや数学オリンピックと変わらないIQ競争でもしているような社会。
『生物(ナマモノ)』としてのホモサピエンスの群れとしての日本民族
社会は完全に資本という合理的で数値化された無機質な存在へとすり替わっている。
子供は時間と共に、勝手に成長していく。
他の動植物と同じく、
遺伝子がホモサピエンスを作り、適合していくように、そうプログラムしているから。
『育児』『教育』は社会環境が一体として成立するもの。
グローバリズムや資本主義や国家社会の教育によって、
民族生存の未来を消失しているのだとしたら、本末転倒としか言いようがない。
日本人以外の他国から見たら、
西欧米を尊敬して、真似ばかりするあまり、
少子化社会を50年以上放置してきた日本民族は、
ただの救いようの無い
『自慰行為で自滅する猿』
に見えているだろう。
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仮にもし、本当に日本人が日本人の未来に再び可能性を見出すなら、
仲良しこよしのコミュニティを辞めて、苦しんでいる人々にこそ手を差し伸べる社会になる事。
『自分さえ良ければ』『自分は頑張ってる』『自分の家族を支えられば』
『自分』『自分』『自分』
苦しみの中にある人は、
他責していい。
社会環境や、時代、遺伝はその人の人生を形成する因果に影響する。
自明の理。
ただ、それを責めるだけでは課題は解決はしない。
その課題を共有して向き合うこと。
それが社会、集合体の力として必要になる。
『個人・自己責任』が
社会で罷り通ってきた事に大問題があった。
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そんな日本でも、子供たちを育児を、子孫たちを紡いでいる人々はただ、素晴らしい。
人間は思考があるから、当たり前のホモサピエンスとしての生物としての役割から生命を生きることを見失いがち。
ポストシンギュラリティ時代、
ようやくホモサピエンスとしての『Occupational Wellbeing』
再び、人類は、宗教や貨幣経済から脱却して
人類としての役割を生きる喜びを主とする本質に還る時代に突入した。
これから一気に、その全容が明らかになっていくだろう。
通信、量子技術革命の新時代だ。
『1億人』
それは少数民族というには大きく、大国と呼ぶには小さい人口。
その中途半端さは、暫くは国際社会において案外中庸な武器となる気がしている。
要は国家民族の遺伝子と環境を未来へ次世代へ継承すること。
ロスジェネ・就職氷河期の複雑性機能不全社会に生まれて生きてきた、
私の様な世代はただ、どんな形が汚くても整ってない様に見えたとしても、
それを次世代へのバトンを繋ぐこと。
次世代にどんな奇跡や希望がやってくるかなど誰にもわからない。
『あまりに酷すぎた、戦後世代のツケ』
今の後期高齢者世代・・・・
やりたい放題で、その造られた高度経済成長の罠にも気づかず、下の世代を苦しめてきたどうしようもない集団が残した巨大な絶望と孤独を
それを一掃する大掃除を、ここから始めていく。
まず、
『子孫を残すこと』と『育児』『教育』を切り離す。
子は、社会の、そしてホモサピエンスとして、地球生命体の宝。
その、
全てを両親となる未来の男性と女性に全ての負担を集中させてきた
そのことから見つめていく。
つくづく、日本民族へ欧米が侵食してきたグローバリズムによる、民族破壊に怒りを感じる。
性の問題もそうだ。
あまりに膨大なゴミ屋敷のように課題が山積しているが、
一つ一つ取り除いて、核心まで掃除する。
そして
『家族社会』
も一旦細分化して見つめてみる必要がある。
人口オーナスがあり、東西冷戦の恩恵を受けていた時代には意識しなくてよかったものは、
人口減少社会において、そのままほったらかしのまま、対処することの臨界点はとっくに超えている。
男性が、女性が、などといってる次元ではない。
事実として『出生数』
その個体数の数字こそ意識するべきであって、為替や経済規模などどうでもいい。
そしてそれすらもダメなら、もうグローバリズムや資本主義を放擲して、日本民族としてまた立ち上がればいい。
江戸時代と違う。
多くの科学発明品がある。
エコエネルギーが存在している。
自由な通信情報がある。
可能な範囲でまた独自の社会を民族の子孫繁栄のために、フル活用して生まれ変わればいい。
そういった意味では、今の政府や省庁が解体される事は未来を切り開く入口になる。
アメリカ合衆国は教育省の解体を開始した。
変容は地球上で始まっている。
欧米に憧れる、遊学して真似をしていればエリートである時代は終わった。
日本国に今までも、そしてこれからも望まれ続けている事は、国家が主体的に考えて主体的に他国を牽引する、国民の幸福を実現する国民民族の為の社会実現にある。
もう、逃げ場はどこにも無くなった。ツケの代償に圧迫された土俵際だ。
繰り返しになる。
『子孫が生まれれば、ひとまず未来の可能性がある』
多様性の未来環境において、どの遺伝子が正解かなどというものは存在しない。
そもそも過去から見た、その正解通りなのは、私たち自身であってそれぞれの時代の祖先たちホモ・サピエンスは、この時代の正解を予期していたとは思えない。
たまたま偶然の重なりが今を形成するが、
子孫は継承されてきたからこそ、今がある。
どんな不遇でも、子孫が残れば可能性はある。
結局、全ての生命体は、種族の遺伝子の生存競争をこの宇宙地球にその役割を与えられているのだから。
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私は地球生命、生態系、精霊、神々は一つであると捉えています。人類が千年先にも続いていく為にも地球生命体との共存共生は、今人類社会を生きる我々全ての責務です。これからも地球規模で、生態系保全や風土に紐づいた文化、生態系資源を未来へ繋ぐの活動を、皆さんと共に共有して生きます。
