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21世紀の「二刀流アーティスト」・新たな選択肢の可能性について語る。

西暦2025年現在。現代の「二刀流」と言えばMLBのスーパースター・ロサンゼルス・ドジャースの「大谷翔平選手」。

球界のみならず、日本人スポーツ選手の頂点に君臨した「功績」「存在」である事は誰も疑いようもない。

「大谷家」の祖先について詳しい確証はないものの、ある関係人物から「大谷家」=「親鸞の末裔」との話を聞いた事がある。

そもそも、彼の出身校がある「花巻」は「宮沢賢治」の故郷でもある。

宮澤賢治の父は「浄土真宗」の篤信家であり、「日蓮宗」を「盲信」した事で親子は思想的に分離した。

「大谷家」と「親鸞」「浄土真宗」と「花巻」には、私たち日本人に対するとても意味深い因果関係が宿っている様に感じる。

そして私自身の両親、祖先の中に倭民族として、遺伝子と共に流れてきている因果律にも深く刻まれてきた宿命を感じざるを得ない。

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非常に脱線したが、元祖二刀流といえば「バカボンド・宮本武蔵」

「剣豪」として「二刀流」であったと同時に彼は「剣」を「文化・芸術」との二刀流としての生涯を果たしている。

「剣術家」は同時に「兵法家」でもある。そしてその感性としての生涯に、彼は「芸術家」としての「表現」として人生の時を「刻んだ」

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「本塁打」を打つ者を「アーチスト(本塁打の軌道を描く者)」とも呼ぶ。

「アーチ」は美しい。「芸術」も美しい。「美術」。

美術・芸術としてのスポーツ。人々を魅了する芸術としてのパフォーマンス。

彼の存在自体が、その域に達した「二刀流」であるとするのなら、

私は「先発」に拘らない「投手」として、「中継ぎ」「抑え」であって良いのではないか?と感じ始めている。

恐らく、イニング初めからの「中継ぎ」「抑え」としての出場であれば、「打者・塁者」としての彼の負担は格段に軽減可能になる。

そして全ての試合において「投手・大谷翔平」が出場する可能性を持つ。

恐らく、全てを克服してきた、「二刀流本人」と周囲は私たちが語らずとももそれは自覚しているだろう。

「プロフェッショナル・アーティスト」としての「二刀流(Dual)」の在り方の可能性は、彼が健全な状態で挑み続けられる限り、まだまだ拡大しそうな予感がする。

そしてそれが、そこから先の次世代への指標・座標・道標となっていく。

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正直、彼が現在している事自体が、「漫画やゲームの世界」だ。

或いはどんな「漫画」や「ゲーム」でもそんなストーリーはあり得ない。

『WBC優勝』も『50-50』も、全て誰も非現実的過ぎる。

「唯一無二」の「プロパフォーマー」。「ワクワク」を「感動」を生み出す「スーパースター」としての人生を、存在を進み続けている。

周りの全ての雑音を平然と押し退けて、人として当たり前の様に、父親となり、妻と子とペットを大切に、友人や恩人、周囲への敬意や慈愛を怠る事もない。

挙句の果てに、異次元の契約で球団自体の利益を齎し、己の報酬への執着よりも、チームの勝利や経営への貢献を優先する。

選手としての在り方のみならず、国際社会を生きる為の模範、教科書にすらなり得る。

「人よりちょこっと野球の上手い人間くらいじゃないですか?」

己の事を、当たり前の様にそう捉え、言い切れる意識状態である為には、それまでの人生において、その意識から生きる鍛錬を重ねてきたものにしかそれを示す事が出来ない。

彼は、「世界一野球のパフォーマンス」をする選手である事の根底に、己が恵まれた体格や、環境、出会いによってそれが齎された事を自覚している。

どこかの世襲政治家や、タレント、既得権益の経団連関係者、メディア関係者達とは全く違った異次元で「その瞬間に賭けて、己自身に、己と全ての責任を背負い」生きている。

更に、それを己自身の人生を楽しんで生きている。

彼が常々、これまでもずっと自然にしている、その「在り方」自体が、彼の「存在価値」そのものを反映して重ね合わせ強力な魅力を発している。

それは日本人としての彼を、日本人のみならず、スポーツファン達を通じて外国人達や国際社会へも「在り方」への気づきの機会を与えている。

もう、彼はただのスター選手ではないだろう。

もう「レジェンド」である為に必要な十分な「結果」を示し続けた。

彼が現役で未来へ「マウンドに立ち続ける」事自体に意味がある。

その為にも「中継ぎ」「抑え」としての「投手」としての「二刀流アーティスト」としての「選択肢」が重要だと感じる。

彼ならば、「中継ぎ」「抑え」としても新しい価値観を私たちに与える何かを実現するだろう。

「存在」「意識」がある者には、「不可能」を「可能」にする何かがある。

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ご愛読、ありがとうございます。
これからもいつ果てるか解らぬこの小生の生命に、今ここまで、内在化してきたものを残せるだけ「note」にアップロードしていこうと思っております。
あなたの、その更に先にある存在に、明日への静寂、安寧なる心の棲家が、この惑星で人類として生きる全て人が見つけその胸に宿った事を、風が運んでくれる今この瞬間への出会いを、いつも願っております。

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『ホモ・サピエンス・宙唄(そらうた・Sorauta)の独り言』 私は地球生命、生態系、精霊、神々は一つであると捉えています。人類が千年先にも続いていく為にも地球生命体との共存共生は、今人類社会を生きる我々全ての責務です。これからも地球規模で、生態系保全や風土に紐づいた文化、生態系資源を未来へ繋ぐの活動を、皆さんと共に共有して生きます。