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近代日本史最大の分岐点『寅次郎』と『寅次郎』の流間にあるもの。満州〜朝鮮半島と日本海側長州藩から伝播した魂の教えと死後の未来。

皆さん、こんにちは。

宙唄(Sorauta)

です。

いつもお立ち寄りありがとうございます。

また

初めての方、『ようこそ!』

いつも『徒然なるまま』に、完全オリジナルの独自の視点で「note」しております。

今回テーマは『寅次郎』と『寅次郎』にしてみました。

まず最初に
『寅次郎』と言えば度々私もnoteしてきた、

山田洋次監督の

『男はつらいよ』シリーズ

車寅次郎(主演・渥美清さん)

まさに男も女も惚れる昭和の大スター。実は最初のテレビシリーズの時に寅さんはハブに噛まれて死んでしまい、大反響がありそれに手応えを感じて映画化に向かったエピソードがあります。

山田洋次監督としては

「社会不適合者は死ぬしかない」

と言ったメッセージ性を作品、寅次郎に課したわけですが、視聴者の心、思いは「希望」を主人公に求めた様です。

そして

今回の『寅次郎』は19世紀中期、30年という短い人生ながら、その後の日本国及び、グローバル化していく地球人類史へ巨大な因果を残す人々を輩出する生涯を送った人物。

『杉矩方(諱)』『義卿(字)』

でお分かりでしょうか?

または、

『僕』と『君』

の呼び方で、初代及び第三代総理大臣に引き継がれ、それが現在の『君』という名前が議会でも使われる因果になった人物。

長州藩萩州松本村叔父玉木文之進が始めた『松下村塾』に学び、後の尊王攘夷、幕府討伐、明治維新への先駆けとなった人物。

『大和魂』『皇国の人』

『吉田松陰』先生

です。

敢えて

『先生』

とつけるのは、

萩に生まれた人にとって特別な意味を持つ誇り

だと、私がタクシー運転手の方からお聞きしたからです。

先生は通称『寅次郎』と称して日本全国を遊学の旅をしました。

実は山田洋次監督は戦争から引き上げた後、18歳までの数年間母方の山口にいた事があったそう(現在の山口大学に一旦入学をしています)で、実は『寅次郎』の由来は本当に『寅次郎(吉田松陰)』という説もあります。

先生は叔父の玉木文之進が開いた松下村塾で学び9歳で明倫館の兵学師範に就任しました。11歳の時には藩主毛利慶親への御膳講義によってその才が認められたとされています。

そして『寅次郎』こと吉田松陰は20代から、長州藩を脱藩して日本全国を旅します。目的は『遊学』です。

ちなみにパスポートの歴史を以前書きましたが、江戸時代の大和には藩毎の通行手形があった様子です。

吉田松陰先生の叔父玉木文之進は『杉』家から『玉木』家に養子に行っています。

ちなみに、日露戦争の命運を左右した、旅順攻略戦で有名な乃木希典陸軍大将も玉木文之進の兵学の弟子になります。

司馬遼太郎の歴史小説「坂の上の雲」。

脱線しましたが、

寅次郎はご存知の通り、遊学の後「尊王攘夷」に向かい、最後は「安政の大獄」幕府によって僅か30年の生涯を遂げます。

されど、その30歳での死に様、魂の生き方が重ねた『仁』と『人』による至誠の点と線、因果は余すところなく未来『明治維新』へと繋がっていきます。

それは彼が何度も書に重用した『大和魂』こそが、その思想に連なるものたちに乗り移り、死してなお朽ちぬ巨大な因果因子へと影響伝播していったわけです。

ある意味、宗教や王家以上に、この近代史へ深い影響を与えたと言っても過言ではないかもしれません。

更に言えば近代日本史は、世界史に大きな影響を与えていきます。

前述の日露戦争はアジアの小島国が大帝国ロシアに勝利するという歴史的な因果を産みます。


私は毛利の民であるからいつも毛利に尽くすことにしている。毛利は天皇の臣であるから私が毛利に尽くすことは天皇に尽すこと

松蔭読本

もし先生が安政時代に井伊直弼が勅許なきまま結んだ、日米修好通商条約に喚起され、倒幕の意思を持つ事なく生命を賭す事がなかったとしたならば、

伊藤博文が第一代内閣総理大臣になることもなかったでしょう。

彼は幕府とアメリカの不平等条約が未来に与える影響を見透かしていたのだろうと思います。

それは19世紀初頭から続いていた一連のイギリス船やアメリカ船による事件やアヘン戦争の状況を察知して、国内では既に警戒心が広まって対策が練られていました。
圧倒的な鉄鋼技術による西洋砲術など物質的圧力に対抗する術を、当時の日本人は持ち合わせていませんでした。

そしてそれを渡航して学ぶために、ロシア船やペリーの黒船に乗り込もうとしましたが、叶いません。

そして倒幕、尊王攘夷を唱えた彼は

『安政の大獄』によって、死刑になっていきます。



最後は幕府側、徳川慶喜と薩摩長州連合による尊王攘夷明派が、明治天皇の即位して日本は立憲体制、専制君主資本主義国家を樹立し今の日本国へ向かう事となります。


寅次郎が見た日本の未来。明治維新後の世界はどんなものだったのでしょう?

譬え話としてですが、先生は何度生まれ変わっても先生の在り方で、やはり同じ様に死刑になったのではないかと感じます。彼はその死を進んで選んだ。

西暦2024年 令和6年の地球を生きる我々人類、そして日本語を話す日本人。

我々の中に、吉田松陰先生の様な志や、生命を賭けて子孫に未来に生きる事が一人ひとりの中にあるでしょうか?

ポストシンギュラリティ、AI時代へ、宇宙すらも作り出せるような目覚ましい技術進歩と可能性に向かっているのに

クリミア戦争やアヘン戦争があった時代から、2回の大戦を経た200年近く経っても戦争や政治の汚職、殺戮や陰謀。

人類はいつになれば、歴史の教訓から学びそれを生かして戦争や社会の不均衡を克服した地球生命体としての統一した視点から社会や環境を全てにおいて幸福を実現する為に力と時間資源を活用する時代になっていくのでしょうか?

『寅次郎』と『寅次郎』


旅の中に流れている人と人の心通い合う何か。

私事ですが僕はずっと家族から『寅次郎』と言われてきました。

それはずっと旅と理想を追い求めて、社会不適合者の人生を生きてきているからです。

社会不適合者である事はある程度仕方ないこと。それでも例えなんと言われても、ただ天命を観授する。
志や至誠を貫いた人生の死は、その後を生きる人々の心を、未来を動かす事を、

吉田松陰先生は教えてくれました。

その死は、十字架に張られて死をもって兵士や国へその教えで影響したイエス・キリストの様でもあります。

一人の偉大な『師』によって、未来を動かす『人材』が育まれて『日本国』を形成した事。

志(こころざし)を立てて以て万事の源と為(な)す。


今こそ地球という唯一無二の共生社会で本当の『師』としての『志』を心に持って、我々一人ひとりがその人生の中をただ直向きに、生きる事が求められていると感じます。

吉田松陰先生とその家族愛、尊崇や学び、志、在り方などは多岐に渡るのでこの1編のnoteでは語り尽くせそうにありません。またの機会に改めて。

See you next time!!!

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『ホモ・サピエンス・宙唄(そらうた・Sorauta)の独り言』 私は地球生命、生態系、精霊、神々は一つであると捉えています。人類が千年先にも続いていく為にも地球生命体との共存共生は、今人類社会を生きる我々全ての責務です。これからも地球規模で、生態系保全や風土に紐づいた文化、生態系資源を未来へ繋ぐの活動を、皆さんと共に共有して生きます。

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