真の「○性」の社会的地位向上について。
私たちホモ・サピエンスは『哺乳類』である。
女性は「母性」を紡ぐ。
男性は「父性」を育む。
それぞれ、ただ、ありのままでいい。
それぞれ遺伝子プログラムによって祖先からの系譜によって継承されてきた生命ゲノム連鎖。そして子々孫々への連鎖の中継点としての、我々それぞれの個体。
どちらの「性」違った役割があり、どちらもホモ・サピエンスがこの地球上で、生態系の一部として生息していく為にただ必然性を帯びて存在している。
なぜ、この当たり前の事実がここまで歪んでしまったのだろうか?
「社会」「イデオロギー」「宗教」「教育」「利権」「貨幣」「物欲」「差別」・・・
これまで、人類の思考によって増幅し続けてきた暴走エネルギーと、言論の自由が生み出した掃き溜めのような「バルーン現象」こそ「グローバリズム」と総称されるものなのだろう。
それ自体はそれでいい。事実なのだから。
私たちはその事実を冷静に受け止め、俯瞰した意識状態から見つめる事にしよう。
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ホモ・サピエンスという種族において、女性は男性「編集」する能力に長けている。と男性からすると感じる、と捉えた方が良いのかもしれない。
女性はその「編集能力」によって「性」と「生」の本能・性質から未来を紡ぐ選択肢を編み出しながら今日まで「ホモ・サピエンス」の「母」達によって新しい生命を産み出し続けている。
本当は、ただそれだけで人類社会へ、そして自然生態系への貢献として十分なのだと個人的には思う。
それまで「当たり前」であった女性性が、
欧米から始まる、「グローバリズム」と「既得権益支配構造」によって「宗教」や「思想」「教育」が齎され、「利権」や「権威」を必死に追いかける「ラットレース」のような秩序の中へ、女性は巻き込まれたのではないか?
結果的に哺乳類として、ホモ・サピエンスという種族生命体の性としての本質を生きることが出来なくなった。
そして女性から派生する「男性」も男性性、父性を体験する機会が損なわれ、社会全体から「母性」も「父性」も損なわれた「中性的」な在り方が現れた。
「少子化」とはホモ・サピエンスとしての「性」と「生」の崩壊現象では無いだろうか?
このまんま「母性」・「父性」が消失し続ける未来に、人類社会はどんな現実を体験するのだろうか?
孤独で複雑性PTSDを社会から与えられた
ちっぽけな私が出来ることは、今のところこの「note」にその疑念を残すことくらいだ。
これから始まる「シンギュラリゼーション時代」は私たちがこれまで辿ってきたあらゆる「不都合」「不調和」を洗い出す事になる。
「盲信」してきたあらゆる価値を「無」へ近づけ、「汎化」「解消」していく。
我々は、そもそもの当たり前に与えられた事実。地球上の遺伝子ゲノムプログラムによる真核生物、哺乳類・ホモ・サピエンスとしての生命現実を生きる事へ立ち返る機会を得るだろう。
西暦2025年。2,000年以上の長期に渡った、「盲信」時代が「科学工学」による「汎用性超越人工知能」の実用化によって終焉する。
私たち人類は生存のために「社会」と共にあった、「思考」という強迫観念から「解放される」時が来た。
「労働」に関しても大部分を人工システムが役目を果たす事が可能であり、その人工システムに社会環境側から適合する事によって恐らく社会・経済システムの99%の職業は人工機械に代替される。
あとは、私たちが既存の私たち自身の思い込み、執着の全てを一旦、「放擲」してみるかどうかにかかっている。
私にとっても、あなたにとっても日常の己が当然としているものが「執着」「固定概念」である可能性について疑念を持ち、一旦手放して過去にする事から始まる。
「シンギュラリゼーション」はその「空白」に新たな可能性の息吹を与える。
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そもそも「社会的地位」という言語自体を「放擲」する。
社会という言葉自体が明治時代の新聞記者が当てはめた言葉。「グローバリズム用語」でもある。
ただ、私たちは「Society」という外来語に適合する言語概念を日本語の中に有していなかった。
それでも私たちの祖先達、倭民族は江戸時代まで健全に、人類最大の循環都市文化・秩序を形成していた。
そこには確かに「男性」「女性」はそれぞれの役目を互いに尊重しあった在り方が実在し、子々孫々へと継承されていったのだ。
そしてそれは、日本人に限らず、現存する全てのホモ・サピエンスの個体と民族や地域・環境に共通するものである。
その個体にも、全てそのゲノム遺伝子による生命の適合化・連鎖のコードが宿っている。
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「ゲノム」と「量子宇宙」による「現実科学」が、『21世紀』の主体だったと22世紀以降のホモ・サピエンス達は振り返る事になりそうだ。
「シンギュラリゼーション」が2020年代から始まり、2030年以降、それが当たり前になった時代、「ゲノム」と「量子宇宙」を「ASI」が21世紀中盤に我々人類の日常に常に実在してきた「知られざるこの世の事実」の隙間を埋めていく。
我々現実の基盤に実在すると想定される「暗黒物質」「暗黒エネルギー」と呼ばれるものだ。
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私は日々、「珈琲」「音楽」のある空間と共に「哲学書」を眺めるのが日課だ。
「バールーフ」や「アルトゥル」「フリードリヒ」達が日課としていた「孤独」に私の「孤独」を重ね合わせる。
21世紀を、西暦2025年を生きる私は、彼らと違って「シンギュラリゼーション」という人類の現在に実在する事実から彼らの「哲学」を解読・解析可能だ。
彼らとも、彼らの時代を生きた読者、友人、家族とも全く違った価値基準から彼らが生涯を賭けて対峙して残したものと、私という地球上の、遺伝子生命に宿っているあらゆる感性を用いて触れ合う。
そして「男性」である私にはそれら「孤独な哲学者」同様、これが限界である事を知る。
「母性」や「女性性」について、彼らは「生命を宿す」「生命を産む」「生命を育む」事について、圧倒的に「無知」だった。
「ゲノム」のことも「量子」のこともそして「暗黒物質・エネルギー」についても彼らには言葉も、想像すら存在していなかったのだろう。
異性はお互いに持ち合わせない、感性を、性質を、合わせ合うことで生まれる違いを持ち合わせている。
それが事実。
つまり「哲学者」の苦悩もまた、宗教やイデオロギー同様、「シンギュラリゼーション」によって鬼滅の刃の鬼達のように、滅殺されていくだろう。
自然体でいいという事だ。
他の生命達が必死に、異性との交わりを求める短い交配の季節を重ね、遺伝子達を残して役目を終える。
遺伝子ゲノムプログラムが、私というホモ・サピエンスの雄として与えた、当たり前の感性から、今を生きる、それを果たし死ぬ事に喜びを感じる事以外に、私の中に答えは見出せそうに無い。
貴方はそれをどう思うだろうか?
貴方自身の中にある、真我は本当は何を望んでいるのだろうか?
人の生涯には、100年近い時間がある事が、他の生命と違い、時間を錯覚させる。そしてそれを「思考」で「本能」を「性」を誤認解釈するから。
貴方はあなた。私はわたし。バラバラだから合わされる。重ねられる。交われる様に出来ている。
無理に一つだと思い込む必要はない。既に貴方も私も2つの遺伝子が一つに合わさった構成であり、私たちが考えずとも2つが一つになり、生命が生まれる唯一無二で生命として普遍的なプログラムが備わっている。
一つ一つ、丁寧に意識と気づきを重ねて「放擲」する。そしてまた「無」から現実が始まる。
恐らく、我々遺伝子プログラムとしての「個体の死」の先には、生の間には認知も理解も不能な、「無限の有」が実在するのだろう。
「地獄」は「地獄」ではなく「天国」は「天国」ではない。
それは私たちの「思考」が勝手に想像したもの。
私たちがホモ・サピエンスとしての遺伝子プログラムとして、この世に実在する事が人生である限り、私たちの現実に正解は存在しない。
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ご愛読、ありがとうございます。
これからもいつ果てるか解らぬこの小生の生命に、今ここまで、内在化してきたものを残せるだけ「note」にアップロードしていこうと思っております。
あなたの、その更に先にある存在に、明日への静寂、安寧なる心の棲家が、この惑星で人類として生きる全て人が見つけその胸に宿った事を、風が運んでくれる今この瞬間への出会いを、いつも願っております。
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私は地球生命、生態系、精霊、神々は一つであると捉えています。人類が千年先にも続いていく為にも地球生命体との共存共生は、今人類社会を生きる我々全ての責務です。これからも地球規模で、生態系保全や風土に紐づいた文化、生態系資源を未来へ繋ぐの活動を、皆さんと共に共有して生きます。