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【最重要・必見】21世紀を生きる、ホモ・サピエンス・「民衆」による「民衆」のための「言論の自由」と「デモクラシー」・「公民・公僕」その健全なる在り方とは?

そもそも。

「民主制(democracy・デモクラシー)」とは何か?

AIアシスタントの回答。

democracyの語源は、古代ギリシャ語の「δημοκρατία (dēmokratía)」です。

  • δημος (dēmos):人々、民衆

  • κρατία (kratía):力、支配

この2つの言葉が組み合わさって、「人々による支配」という意味になります。


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私は基本、「そもそも」即ち「因果の根源」さえ踏まえていれば、今ここに流れている「間」は、時間経過と共に網羅・内包された現実の中に流れているものだと認識している。

ただ、余りにも思考・情報に支配された現代社会において、その「そもそも」や「根源」を、無視したり酷いものたちは都合の悪い因果根源を改竄したり、抹消したりしようとする。

「民主(Democracy)」と言う文言が根源にある国家や社会は全て、民衆に主権がある。

そして「民主制国家」における「議会」は「民衆」から弁士として選任された存在であって、それは「民衆」からのあらゆる「言論」に耐える義務がある。

国民を代表する議員が、主権者の言論弾圧をする事など絶対にあってはならない事。

それをした瞬間に、その国から「民主制」は損なわれた「社会・共産主義国家」に変貌する。

それは政党組織云々のプロパガンダ、ハリボテではない。

「実態」がどうなのか?だけだ。

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実態はどうなのだろうか?

皆さんも、家族や、職場、学校、地域

周りの人々と

「デモクラシー(民衆主権)」と「言論の自由」について語り合って見てほしい。

実はそれは、議会でどの政党が第1党かどうかよりも、より根源的であり、最重要事項。

民衆一人一人の、言論の自由と意志によって、国家社会の運営が形成されるための制度として、選挙や行政が存在する。

行政や選挙で選ばれた「公民・公僕」は、あくまでも民衆の為に役割を担う存在であって、権力によって支配や弾圧する事など論外以外の何者でも無い事をまず、

全国民が、選挙や投票、行政に行く前に認識した状態から始める事が大前提だ。

ともすれば、意識的にならなければ、無意識に制御管理されてしまいそうな空気感がこの国には流れているように私は感じる。

「監視・制御」「支配」「同調圧力」・・・・

それは恐怖政治社会以外の何者でもない。

「全ての民衆の言論は自由である。」

国家は国民に批判されて、指摘されることに重く受け止めて公民、高木としての責務を、民衆の為に果たす重責を担う。

即ち権力の代わりに、法律や賞罰も民衆以上に重く厳しくする必要性が本来はある。

太平洋戦争戦後、東京裁判を経てGHQ・CIAによって形成された国家秩序形成の因果をまず、民衆も、公民・公僕も見つめ直す姿勢。

本当に、主権国家、民主制国家としての国体を統一意識として国体が持ち合わせた日常社会であるのかどうか?

絶えることなく、日々、その自省意識を主権者一人ひとりが持ち合わせているかどうか?

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今から85年前。

大政翼賛会が誕生してすぐに、日本国は太平洋戦争へと向かった歴史的事実を忘れてはならないと私は感じる。

つまり、政権交代でも、大連立でもない。

大切な事は、全国民一人一人が、民衆がより現実に対して責任を担った意識で国家や政治行政の行動に対峙する意識を持つかどうか?

さもなくば、

「令和の新大政翼賛会化」

によって、

未来の日本国の政治は、資本は、メディアは、教育はまた過ちを繰り返すことになるだろう。

政治は議員に任せるものではない。

政治は主権者一人一人に責任があり、政治家や行政の悪事・不正を絶対に許してはいけない。許されない国を国民が行政・政治家を厳しく訴求する態度を常に持ち合わせておく事。

その関係性、緊張感が、国家と国民の間に機能性を有する事自体が、「民主」である事を、

私たちは再認識して、これからの「シンギュラリゼーション」時代を進んでいく必要がある。

「独立」した「主体性」と「主権国家」の「独り」である事を、

私たちは常に意識した態度、状態で挑む必要は、人類が人類と対峙する上で最低限必要になる。

そして、ホモ・サピエンスにおける「民衆(デモクラシー)」の意味も、そろそろ「国家」や「国際」「宗教」「主義」の壁を超越するだろう。

SNSは、ASIは、科学テクノロジーは、既存社会で、民衆を抑えつけてきた「社会契約」からの実質的解放における、実在を既に実現している。

あとは変容をただ、社会を担ってきた「国際」「国家」「官僚・公僕」と呼ばれた場所で資本家と癒着した国際的福祉・不正から削ぎ落とし、民衆で社会共有すれば良いだろう。

日進月歩。地球の自転は、公転は、今日は昨日に、先月へと変えながら流れていく。

どんなに年老いていても、昨日までの過去は戻らない。

この現世は、今から未来へ明日を迎える以外にない。

愚かな盲信への執着や保身を捨てて、

裸体の己、ホモ・サピエンスの己を見つめ自覚する。

全て地球も太陽も、生態系も、ホモ・サピエンスもあるがまま。

この無限宇宙の因果律の中の現象である事を、

まずは自覚する事が、今を生きる私たちにとって、

そもそもの根源的意義であることに、意識的に感性が触れている今であるかどうか?

触れる風に、光に、香りに、響きに・・・・

全てがその意識と共にある事から、独りを生きているかどうかが、

今、一人一人に問われ試される時代を私たちは、生きている。

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ご愛読、ありがとうございます。

これからもいつ果てるか解らぬこの小生が、残せるだけ「note」にアップロードしていこうと思っております。

あなたの、その更に先にある存在に、明日への静寂、安寧なる心の棲家が、この惑星で人類として生きる全て人が見つけその胸に宿った事を、風が運んでくれる今この瞬間への出会いを、いつも願っております。

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『ホモ・サピエンス・宙唄(そらうた・Sorauta)の独り言』 私は地球生命、生態系、精霊、神々は一つであると捉えています。人類が千年先にも続いていく為にも地球生命体との共存共生は、今人類社会を生きる我々全ての責務です。これからも地球規模で、生態系保全や風土に紐づいた文化、生態系資源を未来へ繋ぐの活動を、皆さんと共に共有して生きます。