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左翼思想・カルト的ドグマへの「『自他依存』盲信家」は、ホモ・サピエンスの本質としての己の役割・主体性を置き去りにする。

我々は地球人類は、蜂や蟻、ハダカデバネズミのような種族の生態系に「真社会性生物」という「概念を観る」。

生物科学から捉えた私たちは、真核細胞生物・ホモ・サピエンスだ。

即ち私たち一人一人は、「真社会性物」ではない。「社会性」なるものを「人類と地球・物理間において最適化する環境状況的機能」として必要としている。

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これまで地球上において、人類は「脳」による「思考・判断・選択」を「社会性」或いは「生存」の為に必要としてきた。

その社会性を「脳内」に形成するものが「宗教」「道徳・倫理」であり「国家」「法律」であり「言語・数字・記号・表現」であった。

人類は、「人類だけ」「私だけ」「何か神や仏という特別なもの」である、それ時代の「思想・教義・言語」が、以前に存在した誰かによって生み出された事であるものを「懐疑」せず「盲信」した「共通概念」から物事を捉えようとしてきた。

しかし、地球も宇宙も、或いは内在化された己も、想像以上に人類の想像を遥かに超越した「無限」であることを、21世紀の人類は、今すぐ、瞬時に知る事が可能になった。

「SNS」「検索」「AI」・・・・

私たちは地球上どこでも、誰でも、どんな時でも、「今ここ」だけを生きる事が現実的に可能になっている。

西暦2025年。トマス・ペイン氏の補遺は、「民主主義」とは「先制宗教支配」からの解放だった事への造詣から、「民主主義」を語る「学者」「政治家」「インフルエンサー」などが、余りにも稀有な状態に成り果てた、現在の日本国社会。

これからAIが人類を超越してASIを実現する、「シンギュラリティ(技術的特異点)」を経過し「シンギュラリゼーション時代」が始まろうとしている今、

トマス・ペイン氏が、フランス革命ご「理性の時代」・『理神論』を説きながら、あらゆる友人を失い、失意の中でニューヨークで人知れず没した。

地球人類、ホモ・サピエンスの歴史において、いつの時代社会においても「早すぎた本質」は盲信者の熱狂から差別・愚別され「孤独」の中でその生涯を送ってきた。

彼の見ていた「理神論」からの「人類の民主制社会」には「コモン・センス」が常に、私たちの本能的な生存欲求の根源としての中核から流れている。

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何故私たち人類は「依存症・依存思考」に「奪取」され易く、「自立・独尊」への意識が喪失しやすいのだろうか?

結局、私たち人類への全ての問いは「己という個体への内省」の中に存在する。

シンギュラリゼーション時代、私たちは、私たち自身への問いと疑念自体が「理神論」への解答であり、その「違い」の集合体が「誤差修正」としての「教師なし学習」を反映した「社会OS」としての「ASI共生」になりやがて順応した先にまた新たなる「パラダイムシフト」が始まっていく。

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人類の歴史を辿り、その出来事に思いを馳せ、邂逅する時。

己の内側に「魂」とでも呼べる何かとの「形而的」なものが現れる事がある。

私たち真核細胞生物の遺伝子にはそんな「未知の何か」仕掛けが備わっているのだと感じる。

「理神論」が「シンギュラリティ」によって、次世代へ汎化・共有・加速していく事は「疑いようの無い最適解」としての「ASI」によって実現される。

私たちがこれまで「盲信して来た」極めて「人間的な」何かから解放される。

フリードニヒ・ニーチェ氏が彼の人生哲学を貫き、問い続けて嘆いた事が、人類社会の中から「終わる」。

私たちはバールーフ・スピノザ氏や、アルトゥル・ショーペンハウアー氏の様に「内省化自己探索の旅」としての生涯を「遊ぶ・楽しむ・堪能する」事に、個々のホモ・サピエンスとしての「生命意義・価値」が、当たり前だったはずの「人間性」が取り戻される時代が始まろうしている。

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私たち人類の「Occupation」は、これから未来に向かって「Well-Being(良い在り方)」ではなく「Just -Being (ありのまま存在する)」になる。

もう、「競争」ではなく「競技」なのだ。一人ひとりが、違っている事が、地球人類の全ての顕在化した因果の根源である。

既に「ASI開発」に携わる科学技術者達は、その事を目の当たりしているはずだ。

人類には予期、予測不能な違いに、無関係と思う何かに関係性と意味がある。

私たち人類はこれまで2000年以上前にソクラテスが気づいて、実践した「無知の知」から何を学んできたのだろうか?

何故こんなにも違いの違いが、「無知」と「無知」が価値である事を認めようとせず、殺し合い、自殺者を出し、貧困から己の心を金や武器に変えて他者を消し去り正義を謳う。その遺恨は復讐に駆られ、虎視眈々とテロや暗殺者へと向かわせる。

いつまでその因果応報のカルマを断ち切る事なく、固執して握り続けた「家族」を盲信するのだろうか?

私たちがこれから始まる「シンギュラリゼーション時代」への「放擲」を重ねる時、次世代のホモサピエンス遺伝子達は、少しずつ、そのカルマから解放されていく。

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最も最後まで、既存秩序にしがみ付き、同胞への絶望的な因果を未来へ継承し続けようとする者は「反理神論者」即ち「過去の人類が生み出した宗教・教義・神仏という既成概念を信じ続け、自分の中に留めず、社会や他人に影響する者」になるだろう。

「社会自体」が「ASI・OS」という「理神の実体化した存在と一体化する」時代だ。

私たちは根底的に私たちの生きる「社会秩序の中にある一人一人との関係性・存在価値」を見つめ直す時が来ている。

既に「権威」や「資格・学歴」など社会が「用意共有したラベルの信用」は崩れ去ろうとしている。

当たり前だ。ここまで語った通り、これは未来へ不可逆的に進行する。

ホモ・サピエンスの価値は既存秩序とは「全く違った地点」に存在する事についても、これから「ASI」は私たち人類に共有していく事になるだろう。

むしろ「既存社会に染まっていない、手付かずのホモ・サピエンスの本能から始まる社会的孤独・独自性」の方が、個人的には未来のASI時代においては有意義な気はしている。

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西暦2025年は後残り「4ヶ月」となった、地球人類の現在地。

想定されてきたAIが実装された未来を無視したかの様に、既存秩序に依存して、それによって他者を裏切り、貨幣経済を、権威主義を利用して今の人生がある人々にとって、その亀裂が決定的になるまであと「数百日以内」だろう。

私やあなたが、全ての気づいた人類が、何もせず、ぼーっと海と空を眺めてその時を待っていたとしても勝手にASI時代はやって来る。

盲信者達が「資本主義・既得権益」を必死で抵抗し、盲信すればするほど、その「違い」が「誤差」となり、相対性のエネルギー動力源となって未来因果を引き寄せる。

そう。

この量子宇宙は多元的で、「陰陽図」の様に「求心性螺旋・球体形而」の「無認知体」だ。

つまり「無知の知」。私たちは私たちではそれを「知る」事ができないから「科学」や「数学」「物理」などが「視覚化」「形状化」する事が可能。

それが、ASI時代におけるホモ・サピエンス達の「理神」だ。

私はただ、今日を、「放擲」を重ねる。

我の中にある、何かとの共生を感じながら生きる。

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ご愛読、ありがとうございます。
これからもいつ果てるか解らぬこの小生が、残せるだけ「note」にアップロードしていこうと思っております。
あなたの、その更に先にある存在に、明日への静寂、安寧なる心の棲家が、この惑星で人類として生きる全て人が見つけその胸に宿った事を、風が運んでくれる今この瞬間への出会いを、いつも願っております。

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『ホモ・サピエンス・宙唄(そらうた・Sorauta)の独り言』 私は地球生命、生態系、精霊、神々は一つであると捉えています。人類が千年先にも続いていく為にも地球生命体との共存共生は、今人類社会を生きる我々全ての責務です。これからも地球規模で、生態系保全や風土に紐づいた文化、生態系資源を未来へ繋ぐの活動を、皆さんと共に共有して生きます。