『拝啓・財務省』様。我輩は思う。誰の声に意識存在に耳を傾ける事が大切でしょうか?
拝啓・財務省様
私はしがなき、孤独な氷河期世代低級国民です。
父方先祖は、わかっている限りでは江戸時代香川県から秋田へ移った武士の家系。
母方祖先は、日本海側で商業をしていた者です。
父祖父は第二次世界大戦の際、満州国で着物の仕立て屋をしておりました。
母祖母は上京して東京にてお菓子屋をしていた母祖父と出会い、母祖父は武器庫の仕事をしていたと聞いています。
敗戦、終戦後の日本国社会は米ソ冷戦の影響もあり『高度経済成長』と呼ばれる好景気の中にありました。
団塊の世代の人口オーナスもあり何をやっても何をしても、アメリカが支援してくれて保護下でうまくいきました。
私が中学生に入ったのは1990年でした。『バブル崩壊』
社会人になる前、アルバイトすらする事もできず、好景気というものの恩寵を日本国民として、労働者として私は未だ『体験』したことがありません。
私は一度そんな日本に絶望して、大学卒業後、フリーターをして貯めたお金でワーキングホリデーにて1年間海外で過ごす機会を選択しました。
とても自由だった。希望があった。あの体験は
『ああ、この地球上には自由、希望、幸福、愛がある人類社会も存在している』
と感じた事を覚えています。
そこでも『日本人』であることを認識する事は多々ありました。
日本の教育で学んだ事と実際の齟齬を外国人から指摘されることが多々ありました。
価値観や生き方が、こうも国家社会によって左右されるのかと実体験できたのはとても新鮮でした。
今は、
『ギャップイヤー』
が世界中で推奨されて国費で若い次世代に世界中を回らせる支援をしている国家も増えています。
当時の私は全て自前でしたし、それを評価する日本企業もどこにも存在しませんでした。
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『失われた30年』は『失われた40年』へと継承
されて行っています。
この国は何故、間違った時にそれを素直に認めてやり直す事ができないのでしょうか?
『Starting Over』
現在若者の間で世界中でトレンドになっているキーワードです。
『シンギュラリティ(技術的特異点)』
も間も無くであり、各国は既にそこに向けて社会幸福や在り方を変容受容しようとしています。
日本はまだ『103万円の壁』
などどいった『資本主義』や『国際金融資本』の局所的議論ばかりで、
未来の次世代の子孫達のために、今ここからできる事
へ向かっているように私は実感していません。
私は離婚歴があり、子供が二人います。
私はもういい。
犠牲になった世代なのでしょう。
もう諦めている。願わくば自殺に追い込んで自己責任にするのではなく、政府が低級国民に幸福な社会、人生への機会を与えられなかった罪を認めて栄誉ある安楽死でも与えてほしいなと思う。
ただ、次世代は違う。
それはホモサピエンスとして、地球に生きる哺乳類、霊長類として当然の本能であり、権利なのだから。
宇宙真理の当たり前の事実、それすら認めずに、意味のない少子化対策、経済対策で、国家行政を進めるというならば、何のためにそれは存在しているのでしょうか?
自分の人生が仮に自殺者達や、ホームレスや、生活保護者だったとしたら?
それは、毒親、親ガチャと言われているものが、この国家社会環境が形成したものだったとしたら?
主権国家において、耳を傾ける人、意識する人は誰なのか?
今ならオンラインサロンやイベントですぐにでも声や意識とつながる事が技術的にもできます。
あとは国家省庁が、エリートではない、無視してきた人々の苦痛の叫びに対して対話や行動を取る、『心』や『愛』そして『正義』を魂の中に持っているかどうかです。
幕末に幕府によって処刑された吉田松陰先生は、
公にあるものが私財を築く意識を持った時、社会に必ず災いをもたらす
趣旨の書を残しています。
この国を統治する人々の中に、国民の人生を預かる責務にその仕事と役割に対しての尊厳を持って自戒する意識が、私が知らぬだけで存在している事を願っています。
かつて『世界一の働き者』と呼ばれた日本人を抱える日本国が『世界一の困窮者』へと向かっています。
公僕という言葉を。
氷河期世代の、孤独と絶望の中にある低級国民の声が届く事が在らんことを。
敬具
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私は地球生命、生態系、精霊、神々は一つであると捉えています。人類が千年先にも続いていく為にも地球生命体との共存共生は、今人類社会を生きる我々全ての責務です。これからも地球規模で、生態系保全や風土に紐づいた文化、生態系資源を未来へ繋ぐの活動を、皆さんと共に共有して生きます。