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【死は我々にとって最高のギフトである】21世紀を生きる私達が、受け入れる必要があること。

私たち人類はこれまで、「引き継ぐ事」と「生き残る事」によって今日の地球上における生態系に適合した「遺伝子プログラム」に適合した社会生活を送っている。

何故そうなっているのか?

古来から「永遠の生命」を我々人類は欲してきた。

それは「エゴ」が故であり、同時に「生き残る事」で叡智を「引き継ぐ事」を可能にした部分があった。

そのために「『死』を乗り越え、減少した生き残る個体」が「多様性」を継承するために必要だった。

そもそも私たちは私たちのために生まれてきた訳ではなく「子孫繁栄」の為に「成人する」事を、まずは「真核生物」としての100%当たり前の事実を踏まえる必要がある。

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『死』はこの地球生態系における遺伝子プログラム上、種族が違っても、あらゆる存在に必要不可欠な様に見えるが、例外も存在する。

「ベニクラゲ」

生物の遺伝的多様性。

ホモ・サピエンスなどの「死」はその遺伝子継承の過程で「プログラム化」されてきた物であり、ベニクラゲのそれもまた「若返り」という遺伝的選択を得た事になる。

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現状、私たち「ホモ・サピエンス」にとって「平均寿命」は、数千年前から「3倍以上」伸びている。驚異的であり、それが「人口増加」にも繋がっている。

「自然淘汰」。地球には恐らく自浄作用があるだろう。

どんなに人類が完璧を求めても、天変地異はやってきて人類を「死」によって減算する。

それはきっと、地球上で生息する生物である以上避けられない生態系循環の一部。

ただ、今のところ「土木」や「建築」「医療」「研究」などの知恵や技術や測量によって私たち人類は多くの自然災害を「回避」している。

それが「寿命」「老衰」などを人類生命の「限界値」を私たちに浮かび上がらせ知らしめる事になった。

年輪を重ねた大木も、最後は枯れる日が来る。

私たち人類も、木と同じく地上で生活する仲間だ。

木は枯れて死ぬ事に、生態系への「意味」がある。

それは「次の生命のため」に「場所」を与え「養分」となり循環することだ。

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これから益々地球人類の「長寿」は、実質的に「シンギュラリゼーション」によって加速するだろう。

「死」までの現実が遠ざかる。

「死」が遠ざかった「ホモ・サピエンス」の遺伝子継承プログラム。それは一体、私たち人類に何をもたらすのだろうか?

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「人間としての幸福」と「遺伝子生命としての幸福」

そもそも「幸福」などと「遺伝子プログラム」は『思考』するのだろうか?

『死』と『思考』

遺伝プログラムの連鎖によって、細胞分裂と消滅を繰り返す「生物達」にとって「死」を「思考」する事は果たして存在するのだろうか?

つまり「死」という概念自体が「脳」による「思考」の産物なのでは無いだろうか?

細胞分裂を重ねて種を継承する「生命」に私たちから捉えた「個体の死」は「死」を意味しない。「死」は存在しない。

そうすると「真核生物」と「多元宇宙」の「未知の領域」が覗き見えてくる。

そもそも、私たち自身が、「多元宇宙のプログラムの一部」であって私たちが「生死」と捉えているものは真核生物としての遺伝子構造が成している「一部としての現象」であって、他の物質同様に「一時的プログラム上の現象」であるということだ。

私たちの身体構造、手足にある細胞、皮膚のシワ、毛細血管の構造・・・あらゆることは「一時的自動プログラム」としてこの多元宇宙の中で必要必然で今ここに実在する。

そしてまた次世代の生命達が、その一時的自動プログラムとしての「生死」を与えられて出現する。

きっと「地球以外」の何処かにも現れるのだろう。

量子テレポーテーションはそれに地球人類の現実が触れる機会を、これから与えるかもしれない。

そうなった時、霊媒師や宗教は必要なくなるだろう。

神や悪魔と呼ばれていた、目に見えない異次元が実在する。

私たち人類はまだ、私たちの思考基準から捉えて「何も知らない。」

そう捉えた時「シンギュラリゼーション」は「始まり」に過ぎないのだろう。

既存人類の思考から捉えた時、それは「究極」の様だが、「準備体操」にすらならない「原始的」で「野蛮」な「旧ホモ・サピエンス」と呼ばれるような醜い存在かもしれない。

なにしろ「殺人」「犯罪」「嘘」「騙し」「略奪」「エゴ」・・・・・

己が「思考」によって捉えたあらゆる「思考理由」を盲信して生きてきた。

「死」を遠ざけ、あえて「見ぬふり」「みせぬ」事を「虚栄」で人は人を欺き、「神」や「法」「教義」に権威づけして「何も知らない」「醜悪さ」を肯定して誤魔化してきた。

これから始まる新時代、次世代がこの瞬間も次々に「誕生」していく。

そして「死」という「無化」も同時に発生している。

この時空は常に「アップデート」されている。

揺らぎ、もつれ、複雑な幾何学のようで、総体から見たら「美しい調和」の宇宙を多元量子構造を描きながら。

意識をこの瞬間に重ね、そして放擲する。

己が実在する遺伝子プログラムに触れて、今ここにある全てへの実存を知ることから『生』を始める。

私たちの「生」は私たち以外の「全て」へと繋がっている。

「死」は我々にとって最高のギフトである。

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ご愛読、ありがとうございます。
これからもいつ果てるか解らぬこの小生が、残せるだけ「note」にアップロードしていこうと思っております。
あなたの、その更に先にある存在に、明日への静寂、安寧なる心の棲家が、この惑星で人類として生きる全て人が見つけその胸に宿った事を、風が運んでくれる今この瞬間への出会いを、いつも願っております。

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『ホモ・サピエンス・宙唄(そらうた・Sorauta)の独り言』 私は地球生命、生態系、精霊、神々は一つであると捉えています。人類が千年先にも続いていく為にも地球生命体との共存共生は、今人類社会を生きる我々全ての責務です。これからも地球規模で、生態系保全や風土に紐づいた文化、生態系資源を未来へ繋ぐの活動を、皆さんと共に共有して生きます。