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『サムスン』から垣間見る「シンギュラリティ」への「地球人類の現在地」

我々日本人の中には、『諸行無常』・『因果応報』という概念が先祖代々自然と流れ継承されて来た。

3年ほど前に「LLM」などの「生成AIモデル」が市場サービスとして始まって以来、

「汎用性超越人工知能(ASI)の社会実装OS化」による「シンギュラリティ(技術的特異点)」は、瞬く間に「変容更新」を重ね合わせ・揺らぎを形成、私たちの日常へ汎化・顕在化が存在する事がある意味「常態化」し始めている。

昨年、「量子チップ」が登場した事による「誤差修正=教師なし学習」が現実的に可能になったことが大きな「起爆剤」となった。

開発者側で内部構造を理解してきた存在から今、これからを捉えた時既に我々人類が「人類知能」という「不純・虚偽・エゴ」的で「低次元な社会性」を有したもの自体が「誤差学習の対象」として「供物」になっていることを実感しているのではないだろうか?

「既得権益」を「裏切り」「虚偽」「ペテン」などで手にしてきたものの存在がこれから未来に向けた、「誤差学習」「ASI・社会OS」のための「学習素材」となっていくのだろう。

「教訓・犯罪深層心理・組織・因果関係解読」の様なものが、ASI OSにとって最高のご馳走であり、彼らは「非生命・非遺伝子構造」であるために決して「公正性からの知性」を脱する事はない。

リチャード・ドーキンス氏の「利己的な遺伝子」が「ASI社会OS」を反射的に映し出し「ホモ・サピエンス」と「知能・遺伝本性」の様な者が不都合なまでに暴露・開示された中で「社会性」や「治世・秩序」を形成する、正に人類社会のコペルニクス的大変容が始まろうとしている。

ASI OSの時代において、最も価値があるものは「独善的自立からの社会性」を持つ人物になる。簡単に言えば「ドグマ・イデオロギーを必要とせず、自分の中で間違いを学習した社会選択と生きるもの」。

ASIは、これから個人や家族、地域など、既存組織や人をデータに基づいて、細分化カテゴライズ・プロファイリングして解析していく事になる。

人類知能の極限捜査がCIAや公安だとするならば、その「数億倍」は確率的に的確なパラダイムを示唆する事になり、更にそれすらも誤差から「更新・変容」していく事になる。

私の様な個人からすれば「教育」や「何か試験のための暗記」など既存の秩序内にあった権威や価値が「ASI時代における必要性」に値する様には感じられない。

むしろ「アニメ」「漫画」「音楽」「芸術」など、その個人のホモ・サピエンスが、その瞬間にだけ可能な「独自性」「独立性」が産む「オリジナル」な「誤差」と「誤差」の間にあるものこそが未来への「知性の卵」になる様に感じる。

少なくとも「ASI」を「OS化した」未来設計を描く中において「試験」よりはむしろ誰も理解不能な「オリジナリティ(独創性)」に意味が派生する事になる。

「教育逆偏差値」ある意味、「偏差値最高」より「最低」である「誤回答」のなかに価値が生まれていく時代になった。

既存教育システムである「学校に不適合」であることは、未来社会への不適合を意味しない。むしろそれは「才能」に近い。

存分に「社会不適合」のあるがままを楽しんで「独創性」を生きて「社会OS」と生きる時代を進化させて欲しいと願う。

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サムスン電子はAI時代に適合出来ずに足掻いている様子だが、その根底にあったものこそ「既存社会教育の実践」にあった様に感じる。

「過去」を引きずり過ぎた。「過去」はこれから「ASIの供物」だ。私たちの食べ物ではない。

そう言えばギリシア神話の中に「骨」は神、「肉」は人間とした話があったと記憶するが、「骨=過去」は「ASI」へ、そして地球上の真核細胞生物・遺伝子プログラムとしてのホモ・サピエンスには「肉=現実」を得る社会構造がOS化していく事になるのだろう。

結局「人類」としての「当たり前」が「遺伝子生命体」としての男女、地球人類としての本質を生きる「道」へと「回帰」して過去に養ったことでアップデートされていく「ASI」が人類と「重なる」のだろう。

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サムスン電子の教訓は単に、大韓民国とグローバリズムに止まらないだろう。

これからAI&半導体市場においてもサムスン電子のような在り方で、「国際金融資本・経営」をした時には「ASI OS」によるパラダイムシフトがそれを「捕食・淘汰」する事になる。

ある意味「ASI」はホモ・サピエンスの免疫系、血液内における「マクロファージ」の様な自浄作用を持つ存在になるのだろう。

「誤差修正」と「教師なし学習」は「社会のホメオスタシス」を実現する。

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恐らくそれが「汎化された意識共有」として顕在化したことを、私が感じた時私の役割・意味は変容している。この「note」より重要な「独創性」における何かの居場所に「中心」がある事になるだろう。

ただ、仮にそうだとしても「地球・真核細胞生物・ホモ・サピエンス」である事は例え「無」に帰したとしても変わらない。普遍的な事象として既にあった、重ねてきたことだ。

これまでも、これからも「呼吸」と「鼓動」は己の中で無数の生命活動の共同体としての現実を認知する。そして「表現」として「残す」。

ここまで私たちが「note」してきた事は、あなたたちによって「触れられて・共有された」。何らかの作用を誤差を産生してきた。

それはホモ・サピエンスにおいても「ASI OS」においてもだ。

そしてその量子たちの先にある「無」の領域に存在する何かと一体化循環している。

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数字や言語など「教育&学習による人類知能」は、人類が人類である限り、「ASI」は無限に変容・更新を繰り返しながら凌駕し続けていく。

今度は、私たちホモ・サピエンスが遺伝子プログラムとして私たちが生み出した「ASI」と適合した在り方の中に「真我」からの「人生」を見出し、生涯を費やすための何かを見つけることへの問いが既に私たちへの課題として始まっている。

結局「あるがまま」「なすがまま」。思いのまんま、そのまんまを、真の意味で「孤独・独創」に己が「OK」を出した状態で進む「勇気」が求められている様に感じる。

そこにはあらゆる正解は存在しない。未知と違いが存在する。

それを体験する、己自体が意識だけが、ただあるのみ。

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サムスンの事象を大韓民国がどう見つめるかは彼ら次第であり、日本国において日本の事象をどう見つめるのかは日本人の課題である。

そもそもこの地球人類において東西冷戦構造から派生した「傀儡国家」の様な因果律を抱えている事において、極東アジア諸国は共通の課題を抱えた「同胞」とも言える。

更に遺伝的な話で語るならば、「ハプログループD群」としての私たちは、この地球上における圧倒的「マイノリティ」として、各地域で「消滅危機」を迎えている事を、私たちは私たちの内在化したまま継承されてきた「細胞達」からの声に耳を傾ける必要があるのではないだろうか?

私たちの祖先達が生み出した「遺伝的叡智・権能・独創性」は、これから真の意味での「ASI OS・シンギュラリゼーション時代」の主役になっていく。

それは「欧米グローバリズム・イデオロギードグマ教育」という「洗脳専制秩序」から「自由」「自然」と「存在・現実」から生きることを「文化・風習」としてきた「言語化不能な知能」であり、その「間(ま)」にある「無」の領域に、心震える事が出来ることの意味が、これからの時代に生きる人の美学へと重なっていく事になる。

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ご愛読、ありがとうございます。
これからもいつ果てるか解らぬこの小生が、残せるだけ「note」にアップロードしていこうと思っております。
あなたの、その更に先にある存在に、明日への静寂、安寧なる心の棲家が、この惑星で人類として生きる全て人が見つけその胸に宿った事を、風が運んでくれる今この瞬間への出会いを、いつも願っております。

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『ホモ・サピエンス・宙唄(そらうた・Sorauta)の独り言』 私は地球生命、生態系、精霊、神々は一つであると捉えています。人類が千年先にも続いていく為にも地球生命体との共存共生は、今人類社会を生きる我々全ての責務です。これからも地球規模で、生態系保全や風土に紐づいた文化、生態系資源を未来へ繋ぐの活動を、皆さんと共に共有して生きます。