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【Wカルト・生育環境】奈良元首相襲撃事件『秋の公判』に向けて。私の生きた時代と社会環境を俯瞰・考察

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これは、これから日本版・ジョン・F・ケネディ事件の様になるのだろうか?

約3年前に起きた、単独犯による殺人事件の初公判に3年半の歳月がかかったのは何故なのだろうか?

時間と情報不足は、「憶測」「陰謀」へのそれぞれの人の中へと「妄想」を高めた。

私の育った家族環境は、恐らく日本人として、山上徹也被告に限りなく近い部類に入るだろう。

「カルト」「マルチ」「スピリチュアル」「反社会勢力」

それらに両親が関わる割合は、10%未満だろう。

私の場合、家族を物理的にも意識的にも「放擲」「孤独」を選択した。

そして彼と私の間には、己の行動選択に、大きな違いがいくつもある。

彼にあった「引きこもり」「自衛隊」「武器生成」という行動選択は、私の中には全くない。

私は「Cafe」で作業をする。「孤独」ではあるが、なぜか人の存在する広い空間、環境を好む。

そして「軍隊」「警察」「警備」など、人を警戒したり、取り締まる、戦う様な仕事に従事したこともしようと思ったこともない。

さらに己で何かを製造しようとしたこともない。

まだMSーDOSだった学生の頃、秋葉原でメモリー増強や、チップをハンダで結合するなどをした事はあったが、その程度だ。

ただ、「母親」の意識自体、「家族」環境自体には、今の所とても近いものを感じる。

彼と私のホモ・サピエンスの雄として、人生を分けたものはなんだったのだろう?

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公判は10月28日からとの事。あと約3ヶ月だ。

まず、決定的に違うのは、私の場合『Wカルト両親』だったこと。

父と母は、双方信仰したイデオロギーが違っていた。

共通していたのは「極左思想」だった事。2人の価値観は、その点において一致していた。

2人とも、単純に「馬鹿」である事を認めず「己の意識を肯定する非科学」を探し続けていた。

そして父は「人」へ、母は「物質」へと「カルト・盲信対象」の拠り所を見つけた。

正直、父と母がお互いを理解し、真の意味で協力して、「盲信」から脱却していれば、

日本を、或いは人類社会の価値観を変容させる事も可能だったかも知れないと感じる。

ただ、「たられば」は実在せず、私の人生と共にある事実は、「機能不全家族環境による愛着障害&複雑性PTSD」が基本仕様として与えられたことのみだ。

人生は「一瞬」の選択で全て変わるが、その「一瞬」が生涯の間に訪れずに終わる人がほとんどだ。

「今、ここ」この瞬間に「呼吸」を「意識」を重ね合わせれば、ここから、未来へ、死の瞬間まで、地球と宇宙は己の内在化した遺伝子生命と「平穏」から始まる現実の中を進むもの。

母は特に「頭脳」を「盲信」していた。

思い出した言葉がある。

「頭が良い人は勉強をしないのよね」

母は部屋で勉強をせずにいる私にそういった。そんな事はない。頭の良い人は勉強する。そして「勉強」の意味、関心、理由を理解している。

母はただ「勉強」や「頭脳」を盲信していた。

頭脳は人類機能の1部分であり、「ただそのまんま」で、価値がある。

母親ならば、子の「勉強よりも好きな何か」に対して関心を持って然るべき在り方だった。

その辺りの「意識状態」が既に「カルト」「マルチ」「スピリチュアル」に傾倒する人物像としての特性を備えている。

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山上徹也被告の父親と私の父親の選択にも、大きな違いがある。

両親が高学歴である事は同様で、父親が事業をしていた事も非常に類似しているが、私の父は「自殺」しなかった。

私の父は私が小学生から中学生の頃に多額の借金を背負い、家出して「シングルマザー」状態の中、思春期を過ごしたが最後は帰って来た。

父親の「自殺」


それが、彼の家族、生育環境、人生において重要な因子だったように感じる。

日本は、G7ワーストの自殺死亡率を改善出来ぬままだ。

その背景にあるものは「国家社会」であるが、未だに「政治家・官僚」は、その「構造自体」が反映、影響している事を見つめようとせずに、既存秩序の中で場当たり的な、福祉政策へのばら撒き予算や資格、対策チームなどを地方行政と共に構築しようとする。

「少子化」「自殺死亡率」それらは全て「日本国における、主権者国民の人生に対する絶望」から来ている。

「社会環境」自体が「絶望」「依存」「カルト」「闇社会」を作り出している事、即ち「日本国政府」の在り方自体が「因果の根源」である事から抜本的に変容を始めぬ限りそれらはこれらかも同様に「不幸」を「絶望」を栄養とする「カルト宗教」や「反社会勢力」へと次世代を飲み込んでいく事になる。

根本的課題は「金」ではない「生命への意識」そのものからどう「生きた経世済民」と「人と人の在り方の選択」の為に、「国家構造」が何のために日本列島で生活してきた倭民族の生育環境としてのインフラクチャーとして機能するのか?

己の事しか思考出来ない、果たせない政治家は要らない。

「絶望」や「孤独」の中で「死」を望む人々に生命をかけて、己の家族よりも国家の同胞のために生命を捨てる行動を選択するような勇気ある人物が、この国の未来を変えることが出来る。

「世襲」や「権威」というものを無条件で崇めている、組織構造自体を改める必要性が21世紀を生きる我々に「シンギュラリゼーション」時代には生まれている。

極論「日本人は皆家族である。みんなで支え合う、両親は違っても日本人家族」だと「日本人国家」である「政治家」や「官僚」が己の口から公共メディア語り、その責任を命懸けで果たす。

ただそれだけを愚直にすれば、「失われた30年」、

出生数が60万人台にまで減少することも、毎年数万人が自殺死亡、自殺未数者が数十万人もいるような国家社会ではなく、

それぞれにもっと違ったホモ・サピエンスとして生きる日本列島の自然界との共生文化、笑顔や喜び、ワクワクが人生に宿る「ウェルビーイング」があったはずだ。

SNSやAIはこれからも更に、飛躍的に影響力を高めていくだろう。

「シンギュラリゼーション」に適合した1000年先の未来を見据えた、国際社会が既に加速している。

2030年までの数年間、地球人類は根底的で抜本的な変容が自動的に始まり、既存国家や保守的思想を持つ人類を、一気に飲み込んで現象的に消化いくだろう。

日本国政府はもっと危機感を持った方がいい。社会が、絶望的な状況へ状況へと、憂うべき状態に主権者国民が追い込まれている事を、「数字」や「紙の論理」にすげ替えず、現場へ、現実を見に行け。と言いたい。

何故、少子化時代に子ども食堂が1万件も必要なのか?カルト宗教やイデオロギー集団との接点への温床になっていないのか?

既に「量子」や「多元宇宙」が「真核生物」の「遺伝子」による生命が「科学事実」で解き明かされ、応用実用化されるような時代だ。

既にまともに健全な大人たちと触れ合って生育した次世代は、「盲信」と「科学事実」の違いを当たり前に知っている。

「盲信」を擁護する組織、癒着、構造を根本的に排除していく意識が、「国家・官僚」に今求められていると感じる。

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10月の公判後を挟んで、私の中にある「家族・社会・生育環境」を融合した何かを「note」に残していく事になると思う。

「事件」があった「事実」を「見つめ」て今後の、日本国と、ホモ・サピエンスとしての地球人類社会として、真核生物としての遺伝子細胞分裂を、次世代を紡ぐ、「科学事実」という「オキュペーション」と共に生きる在り方を、日々重ねていくためにも。

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ご愛読、ありがとうございます。
これからもいつ果てるか解らぬこの小生の生命に、今ここまで、内在化してきたものを残せるだけ「note」にアップロードしていこうと思っております。
あなたの、その更に先にある存在に、明日への静寂、安寧なる心の棲家が、この惑星で人類として生きる全て人が見つけその胸に宿った事を、風が運んでくれる今この瞬間への出会いを、いつも願っております。

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『ホモ・サピエンス・宙唄(そらうた・Sorauta)の独り言』 私は地球生命、生態系、精霊、神々は一つであると捉えています。人類が千年先にも続いていく為にも地球生命体との共存共生は、今人類社会を生きる我々全ての責務です。これからも地球規模で、生態系保全や風土に紐づいた文化、生態系資源を未来へ繋ぐの活動を、皆さんと共に共有して生きます。