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『一日100人』の患者達/『解剖』『集団療法』『認知』OTR時代の臨床体験・記憶を辿る。

今から10年ほど前まで、私は臨床で精神や身体障害症状を抱えた人々のリハビリテーション職として医療機関に勤務していた。

1日100人、年間にしたら延べ数万回に渡り、作業療法を提供してきたことになる。


結果的に、私自身がAPs(非定型精神病)になるわけだが、医療職自身が疾患や障害を持つ確率は非常に高い。

リスクと常に隣り合わせ。

人はもう少し、生命科学を、社会環境と適合が人類に与えている因果を解析していく事の重要性を見つめた方が結果的に、不幸な人や社会保障費の負担軽減につながると感じるのだが、

日本社会は真逆の方向に向かい続けて、社会矛盾は臨界点、クラッシュ寸前にも感じる。

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作業療法は、日本以外の先進国において非常に重要性が増した職業となってきている。

それは、如何なる時代、社会背景においても、ホモ・サピエンスは日常生活していく必要性があるからであって、

職業であれ、家庭であれ、地域社会であれ、健康的な日常動作と同時に人として生きる意識や行動、心、即ち人生が存在している。

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シンギュラリティ後、作業療法は残っていくだろうが、その残り方は、作業療法士達が予測しているそれとは全く違ってくる。

身体機能や、医療健康に関するリハビリテーションはAGIや科学工学によって最適化されていく。

社会復帰後の環境も同時に大変容を遂げていく。

残されていくものが、「ホモ・サピエンス」としての本質的な遺伝的適合であって、

例えば、恋愛やエンターテイメント、生物多様性と作業療法が融合するような事を自由な創造性で選択するセラピストのみが生き残っていく。


文部科学省の教育要綱通り、厚生労働省の指示マニュアル通りに従った、社会保障費、診療・介護報酬を求めるセラピストに存在価値は無くなっていくだろう。

日本国だけ取り残された課題として、

それが

「医師特権」と「政府利権」

によって

活動範囲が法的に制約されている事にある。

裏を返せば、保護されている。従って発展もしない。

アメリカ合衆国を始め、欧米の程んどの国々では既に「OTR」は独立開業している。


その知見が生かされるのは、その人がその人として生かされる、職場や地域における環境調整の場面だからだ。

人の幸福度や満足度などは、目に見えないものであって、心は移ろいやすいもの。

その影響は空気や波動に近いものであって、光や風、香りなどによって大きく左右される。

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日本の精神科医療は「薬物療法」「心理療法」への依存が強く、「スピリチュアルケア」といった意味では非常に遅れている。

その原因は、宗教やイデオロギー的なものが社会に漠然と放置されたまま蔓延している事に大きな要因があると感じる。

ある長期入院の患者さんは

「天皇陛下に勲章をもらった」

それを反芻していたし、

「私の姑は〇〇教で・・・」

とそれをずっと気に病んだまま死んでいった人もいた。

その空気感、同調圧力を患者さんが感じている時、「心因ストレス」は内因的に発生している。

それはいくら「薬」を処方しても「心理分析」したとしても消えることはない。

時間を過ごす環境と、付き合う人や場所の選択、発見が、彼らから新しい可能性の風穴を開けるのだが、

医師を中心とした医療機関でそれが行われることは限界があり、皆無だ。

何より、医師は基本的に「医療」の立場の専門家であり、「生活・社会・環境・福祉」といった場面への理解は皆無に近い。

しかし医療が高度に進化した今、疾患を抱える人間の主体にあるものは、障害を抱えたまま日常生活を送る「Occupation」が本質的課題になる。

障害や病気があっても、食べて飲んで、トイレへ行って、食事をして着替えて、寝る。

生活費の事、家族のこと、職場のこと・・・・

医療機関にいる時よりはるかに幅広い課題と日々向き合う必要がある。

私たち医療職になるためには、養成課程を卒業する必要がある。

その中には「解剖学実習」も存在している。

以前、美容外科の女医さんが炎上したそれ。

検体となったホルマリン漬け、或いは検体されたばかりの人の人体を解剖して実際の人体の仕組みを学ぶ。

元々大学を出て、ハゲタカに勤務していた畑違いの私にとって少なからぬ抵抗があったが、実際その場面に於いて冷静にその構造を知ることに集中した記憶がある。

特に皮下脂肪や内臓脂肪の構造や中脳の断面など、解剖の教科書で見た図と実際の立体がイメージと重なって鮮明になった記憶がある。

あの頃の私が、今こうして孤独に「note」をしているとは全く予想していなかった。

そもそも結婚して子供が出来ることも、精神科に勤務して自分自身もAPsになることも想像していなかった。

人生は全く予想がつかない。

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正直、医師や看護師の任務は『超激務』であると感じる。そのために高報酬なのだろうが、

一つの人生を捉えた時、それがウェルビーイングか?と聞かれた時、私は返答しづらいかもしれない。

山崎豊子原作・『白い巨塔』

私は大学病院でも勤務していた事があるが、白い巨塔までの事は無くとも、学閥や医局による暗黙の組織図は存在している様に感じた。

それが仕事なのだから、生命を救う事はとても意義がある仕事だが、あまりに責任が重い仕事とも感じる。

その上で、激務に人間関係。

医師や看護師たちには敬意を払いたい。有難い存在だ。


しかし、少子高齢化という前代未聞の国難に見舞われている、日本国の社会保障制度下ではこれから益々医療体制が疲弊していくことは目に見えている。

精神疾患や、生活困窮者の数もこれから益々増えて、孤独や孤立は社会全体をじわじわと腐食侵食拡大していく。

そして、私のように医療従事者もそのスパイラルに巻き込まれていく人も増える。

政府・行政は制度を決めて報酬を払う。それだけでこの国の医療福祉、Occpational Welbeingを実現していくことが出来ると本気で考えているのだろうか?

身体・精神障害者になる事は仕方ない。その場対の使い捨て。

そう捉えているならば、その場当たり的にやり過ごす設定が墓穴を掘る事になる。

医療・介護・福祉から人材が消える。

報酬をどんなに払っても、どんなに誘導しようとも

『働ける人がいなくなる』


精神障害者が急増する事により補償も減る。地獄絵図だ。

全て根本的な社会環境設計の失敗がこの因果を招いていることを、政府はまず振り返りから始めなければならない。


日本の精神科医療は国際的にも非難対象になるほど低評価です。


その理由は、精神疾患に対する歴然とした「差別意識」が日本人の無意識に存在しているから。

そして、それは不都合な真実も表しています。

実は高学歴ほど、うつ病発症のリスクが高いという研究結果があります。


高学歴者の隠れ精神疾患が、誘因的に精神疾患が蔓延する社会環境を作り出している可能性もあります。


高等教育無償化を政府は進めていますが、高学歴化はより精神疾患を社会に増やしていく可能性があります。


人生を振り返った時、個人的には私は中卒で働けば、社会適合が果たせたのでは?と感じます。

10代のうちに社会の中で揉まれて、それでも進学する意欲があれば、大検を受けて大学で学べばいい。

そもそも、

日本の大学進学年齢は18歳だが、これはOECD加盟国で最低。


18歳で大学入学する国はこの地球上に、日本以外他にほぼ存在していない。


いつも何時も、日本政府政策は常に時代に逆行している。これだけ政治音痴な国も珍しい。

理由は明白であって、18歳という年齢はまだ未成熟であって人生や社会経験の少ない高校卒業時点で、己が一生涯専門とすることを見つけ出せる人は皆無。

そして無意なモラトリアムを大学の4年間過ごす。

『馬鹿の一つ覚え』とは、日本の教育制度そのものかもしれない。


18歳で高学歴になるにはその試験をパスするための最短ルートの人生選択をした人がフィルターをパスする事になる。

多様性もヘッタくれもない。学業試験勉強が得意な人として選ばれた人たち。

どちらかと言えば、人生を豊かにするのは趣味や好きな事を見つける事にあってヤンキーや遊びにはまった人間の方が幸福には近い気もする。


いずれにしても親がちゃ、社会環境がちゃ、出会いガチャではあるのだが。


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Occupational Therapistにまつわる取り留めもない四方山ばなしを「note」してみた。

『自分さえ良ければ』


という意識がこの国に蔓延している事実をまず各々が認める。

それは、全ての省庁や行政に跨っている。

これからAGI時代、ほぼ99%の行政職は代用可能で不要になる。

ATMの様に役所に設置しておけばいい。
役所の面積もコンビニ程度で良くなる。

大層な試験や資格も不要。全てAGIが判断可能になる。

その方が効率も良く、国民・利用者の利益につながる。

500兆円ある国家予算も少なくとも半分以上は圧縮可能になる。


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『シンギュラリティ時代』の『Occupational Welbeing』


日本国政府は、大きな社会主義的国家で『少子化』『貧困化』という重大な失政を何十年にも渡り看過してきた事を、

まずは全面的に認め、再起する決意から始めないとするならば、

災いの渦はさらに絶望的に加速していく事になる。



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『ホモ・サピエンス・宙唄(そらうた・Sorauta)の独り言』 私は地球生命、生態系、精霊、神々は一つであると捉えています。人類が千年先にも続いていく為にも地球生命体との共存共生は、今人類社会を生きる我々全ての責務です。これからも地球規模で、生態系保全や風土に紐づいた文化、生態系資源を未来へ繋ぐの活動を、皆さんと共に共有して生きます。

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