『幸福の実践』
朝、目が覚めて、夜眠る。
私にとって、
人生の本質は無意識の睡眠の時間にある。
この現世はそのために存在している。
太陽が地球を照らす。
太陽が沈んだように見えて、月や星々が夜空を照らす。
目に見えるものを認知可能なことは至福なのだろうか?
南半球、オセアニア・ニュージーランドには『KUWI』という不思議な鳥が存在する。
その鳥は、羽と視覚が退化した。
その代わりとして、嗅覚と嘴が進化した。
退化と進化。
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生命、種の起源と継承は『環境適応』と言った方が正確。
そして、たまたま子孫が生き残った存在が偶然そうだったというだけであって優れているから生き残ったわけでもない。
環境適応と偶然生き残った。
それが事実だろう。
環境適応して偶然生き残る事
幸福とは何か?
幸福と実存はどちらが本質なのか?あるいは共存するものなのか?
そうだと私は思う。
実存しているから幸福を感じたり語ったりする。
『実存なき』ところには「虚無」が相対的に存在している。
実存とは、己のこと。
己とはこのホモサピエンスとして、個体としての我。
我の実存を実感すること。
その世界が実存している、その全てを肯定的に感じ知る事。
幸福とはただそういうこと。
生きているということは、実存することは、ただホモサピエンスとしての私にもあなたにも幸福な事。
その実存があるのはこの宇宙が、この地球が、自然が存在しているから。
恒星・太陽と惑星が、銀河の風が完全なる力関係で作用して、水と空気が存在して重力がある。
量子や目に見えぬ存在、力が完全に作用している。
地球は驚くほどの速さで自転しているのに、私は同じ位置に、同じ場所にいつもいる事ができる。
当たり前すぎることが奇跡的に幸福な事。
食べるものがある。何故か食べることが良いことで、そして消化するための内臓細胞が存在している。
血液循環、肺呼吸によるガス交換が存在して、水分だらけの細胞が外に溢れ出ないようにまた呼吸をする皮膚が存在している。
神経は皮膚から脳まで電気信号によって情報伝達を行う。そして脳や脊髄、細胞はコンピューターのように的確な判断と適合を瞬時に行う。
人類は人類自身の存在から宇宙科学の技術を知り、自然界や目に見えない量子世界への未知の旅が始まった。
既に、目に見えない宇宙が事実であり、これからの人類社会が立ち向かう冒険、役割になった。
この時代に生きている事は奇跡だ。
宗教や主義、教育による洗脳に頼る必要がなくなった。
ただ、日々を生きて、目に見えないものが全てと繋がって存在する。
それだけを認めて放擲していればそれでいい。
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人間が酸素の存在を知ってからまだ300年未満。
それより前の人々は一体何を持って神や生命を語っていたのだろうか?
その時代に私は生きられない。
呼吸が何故自らが生きているのかがわからず、神や生きる意味を語るなど、
カルト過ぎて、絶望的だ。
いや、私達はまだまだ知らない事だらけ。
知らない事を知る事に寛容である社会。
ホモサピエンスである以上、ホモサピエンスの他者が必要。
男女があり、両親があり、子孫がある。
それが自然界の摂理だから。
願わくば、孤独ではなく二人がいい。
それも孤独があるからこそ、本質に本能が惹かれる。
深い眠りが永遠に続く時はいつかやってくる。
呼吸が止まる。
その役割を終える。
恐らく『死は幸福と共にある』
そう信じた方が今を、生きる事を楽に、自由に喜ぶ事が出来る。
誰も知らない、触れられぬ死の先より、
今ここに、全てを実践体験し尽くす。
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私は地球生命、生態系、精霊、神々は一つであると捉えています。人類が千年先にも続いていく為にも地球生命体との共存共生は、今人類社会を生きる我々全ての責務です。これからも地球規模で、生態系保全や風土に紐づいた文化、生態系資源を未来へ繋ぐの活動を、皆さんと共に共有して生きます。