そもそもポピュリズムが悪なのか?国民の公平な事実、真相を知る権利より、そのポピュリズムを偏重報道、印象操作で煽ったマスメディアの歴史こそが悪だった可能性はないのだろうか?
何かが「正しい」と考えた時、己の中で「思考停止」「ドグマ洗脳」が始まる。
これは脳のニューラルネットワークとして科学的に、とても簡単に説明がつく。
ニューロンの刈り込みだ。
人は何かを強く肯定しようとする時、その「シナプス」が強化され「軸索」が太くなる。
その代償は「その他のニューラルネットワークの刈り込み」だ。
即ち「疑念・懐疑・詮索」は「未知の知」、新たなる可能性との遭遇による新境地を創造するが、「盲信」によって「シナプス強化」された「一つのドグマ正答に答えることに特化した」人は「洗脳」され「未知への適合力」を喪失していく。
*********************************
私がOccupational Therapist時代にその事に気づいた。そしてハゲタカ時代にAI時代を予期していた。
そしてシンギュラリティという概念を10年ほど前に知った。
社会的孤独の中にある私は、常に自分の感性で「疑念・関心・興味・探索」を重ねて今もまだ生きながらえている。
********************************
結果論から言えば、私はあるがまま日本社会のシステムから逸脱して良かった。
それは「洗脳・マインドコントロール」という「社会常識」に染まる事がなかったからだ。
*********************************
ポピュリズムとは、一般的に、既存のエリート層や支配層に対して、大衆の感情や願望を強く訴えかける政治思想や運動のことです。
より詳しく説明すると、以下の特徴が挙げられます。
大衆への訴求: ポピュリズムは、社会の大多数である「普通の人々」の利益や感情を代弁すると主張します。彼らは、エリート層が無視している、あるいは理解していない大衆の不満やニーズに焦点を当てます。
エリート批判: ポピュリズムは、既存の政治家、官僚、知識人、経済界などのエリート層を批判します。彼らは、エリート層が特権的な地位を濫用し、大衆の利益を犠牲にしていると主張します。
単純化されたメッセージ: ポピュリズムは、複雑な問題を単純化し、分かりやすいメッセージで大衆に訴えかけます。彼らは、具体的な政策よりも、感情的なアピールやスローガンを重視することがあります。
リーダーシップの重視: ポピュリズム運動は、カリスマ的なリーダーシップに依存することが多いです。リーダーは、大衆の代弁者として、強力な指導力を発揮し、運動を推進します。
排他的な傾向: ポピュリズムは、しばしば「私たち」と「彼ら」という二項対立の構図を作り出します。彼らは、移民、外国人、少数民族など、特定の集団をスケープゴートにすることがあります。
ポピュリズムは、右派と左派の両方で現れることがあります。
右派ポピュリズム: 移民排斥、ナショナリズム、伝統的な価値観の重視などを主張することが多いです。
左派ポピュリズム: 格差是正、社会福祉の拡充、大企業への規制強化などを主張することが多いです。
ポピュリズムは、民主主義社会において、大衆の意見を政治に反映させる役割を果たすこともありますが、同時に、扇動的な言辞や排他的な政策によって、社会の分断を深める危険性も指摘されています。
*********************************
ポピュリズムの歴史は非常に長く、多様な形態をとってきたため、一概に定義することは難しいですが、一般的には「大衆」の感情や願望に訴えかけ、既存の政治体制やエリート層を批判する政治運動やイデオロギーと理解されています。
以下に、ポピュリズムの歴史における主要な出来事や潮流をまとめます。
19世紀:
アメリカのポピュリズム: 19世紀後半のアメリカでは、農民層を中心に、鉄道会社や銀行などの大企業、既存の政治家に対する不満が高まりました。彼らは「人民党」(People's Party)を結成し、銀の自由鋳造、累進課税、鉄道国有化などを主張しました。この運動は、後の進歩主義運動に影響を与えました。
ロシアのナロードニキ: 19世紀後半のロシアでは、知識人たちが農村に入り、農民の生活改善を目指す運動が起こりました。彼らは、農村共同体を基盤とした社会主義を目指しましたが、政府の弾圧を受け、テロリズムに走る者も現れました。
20世紀:
ラテンアメリカのポピュリズム: 20世紀前半のラテンアメリカでは、フアン・ペロン(アルゼンチン)、ジェトゥリオ・ヴァルガス(ブラジル)などの指導者が、労働者や都市部の貧困層の支持を集め、社会福祉政策や工業化を推進しました。彼らは、カリスマ的なリーダーシップを発揮し、大衆動員によって権力を維持しました。
ヨーロッパのポピュリズム: 20世紀後半以降、ヨーロッパでは、移民問題、失業問題、EU統合などに対する不満を背景に、右派ポピュリズム政党が台頭しました。彼らは、ナショナリズムや排外主義を主張し、既存の政治体制や多文化主義を批判しました。
21世紀:
グローバルなポピュリズム: 21世紀に入り、世界各地でポピュリズム運動が活発化しています。アメリカのドナルド・トランプ、イギリスのブレグジット、フィリピンのロドリゴ・ドゥテルテなど、様々な国の指導者がポピュリズム的な手法を用いて支持を集めています。
ポピュリズムの多様性:
ポピュリズムは、右派、左派、中道など、様々なイデオロギーと結びつく可能性があります。また、その主張や政策も、国や地域、時代によって大きく異なります。
ポピュリズムの評価:
ポピュリズムは、既存の政治体制に対する批判や、社会の不満を可視化する役割を果たす一方で、扇動的な言辞や排他的な主張によって、社会の分断を深める可能性も指摘されています。
以上AIアシスタントより
*********************************
ポピュリズムというものへ、そもそも論、懐疑的に言えば「民主主義の否定」でもある。
ポピュリティが選挙によって選んだ議員による議会とは、
それが民主主義国家の政治とするならば、議会制民主主義自体が「ポピュリズムそのもの」ではないだろうか?
頭の固まったシナプスが刈り込まれた政治社会学者たちに、まずその問いを解決して欲しいと思う。
民主主義国家=ポピュリズムだとしたら?
組織団体票、支持母体を持つ政党政治が支持基盤を持たない国民を駆逐していく。
それが「健全な民主主義」なのか?
さらに「オールドメディア」は偏重報道で「左派ポピュリズム」を煽る。
「クレイジー過ぎやしないか?」
*******************************
絶対的な正義や絶対的な悪など、この多元宇宙に存在するのだろうか?
それを見たい様に見て、信じたい様に信じているのは、それぞれの内側にある「心」が映し出しているだけではないだろうか?
要は己の中にある「感情」や「思考」が外側の世界に色をつけているのではないか?ということだ。
政府も報道機関も「中間」を挟まずに「直接民主主義」として「事実をありのまま直接国民に届ける」ための努力を最大限進めれば良いのではないか?
彼らは国民・民衆に「直接民主主義」を投げかけ、「未来志向型和平」を常に断行し続けている。
その結果として地球人類の「既得権益・グローバリズム」はその「利害関係での繋がりの崩壊」によって「阿鼻叫喚・地獄の門」に必死に争っている様に見える。
*********************************
私は日々、ただ「放擲」を重ねて生きている。
この「note」はある意味「最後の形而」を未来次世代への「黙示録」として残している様なもの。
そう遠くない未来、いずれ「End」がやって来るだろう。
そして次のこの己の魂の居場所へ、Occupationが始まっていくことを私は既に知っている。
*********************************
「あるがまま」「なすがまま」
私たちは、皆、それぞれの遺伝子プログラムの示す道を、唯我独尊なるたった1度きりの生涯を完全に果たし切ればいい。
他人の誹謗中傷や情報操作を「共謀する組織集団」こそが、議会制民主主義を蝕む「悪性なるポピュリズム」そのものではないだろうか?
*********************************
ご愛読、ありがとうございます。
これからもいつ果てるか解らぬこの小生が、今、ここで残せるだけありのままの随筆として、「note」にアップロードしていく事として実践しております。
私の「note」が、あなたとその更に先にある何らかの存在に、これから先、明日への静寂、安寧なる心の棲家につながる。この惑星で人類として生きる全て人々がその何かを見つけ、その胸に宿った存在を、その違った生命が育む風や水のような流れが、迷うときはいつでも何かを感じ、共有することを運んでくれる。「今この瞬間」。この出会いが何かであることを、いつも願っております。
いいなと思ったら応援しよう!
私は地球生命、生態系、精霊、神々は一つであると捉えています。人類が千年先にも続いていく為にも地球生命体との共存共生は、今人類社会を生きる我々全ての責務です。これからも地球規模で、生態系保全や風土に紐づいた文化、生態系資源を未来へ繋ぐの活動を、皆さんと共に共有して生きます。