【妊娠】流産手術の日。内診台で大号泣。先生「生きてるよ!!!」_#4
2025年4月に第一子となる男の子を出産しました。初めての妊娠、切迫流産、稽留流産、切迫早産、入院、出産など…この記事はその時の記録です。
________
流産の診断がおりて手術までの10日間。
会社に相談のうえ、手術翌日まで休養をとらせてもらった。
手術に向けてジェルネイルをオフしたり
友達とご飯に行ったり…
あまり赤ちゃんのことを考えないようにしていた。
それでもやっぱり子供の話を聞くのは胸が軋んだ。
今までなかった羨ましさを感じるようになっていた。
手術当日は夫が付き添ってくれた。
終了まで時間が空くため、一度帰宅してもらった。
この日は不安と緊張、恐怖、悲しみが全部押し寄せていた。
私の中で「手術」は良くなるための医療行為だ。
今回の「手術」は、私から出ていくお別れの行為に感じていた。
「あぁ、今日で終わりか…」
覚悟を決めよう、と自分に言い聞かせていた。
なんだかんだ妊娠を嬉しく思っていた自分がいた。
手術の前処置を行う際
先生から「念の為、最後にもう一度中を確認しましょうね」と提案された。
内診台に座り、最後の超音波検査がはじまった。
映し出される黒い影
前回よりも大きくなっていた。
「わぁ…。もう生きていないはずのに
お腹の中では成長するんだな…」と、ぼーっとモニターを見ていた。
すると、先生が叫んだ。
「っっヒロコさん!!生きてる!!
赤ちゃん生きてるよっっっ!!!」
「………え?」
この瞬間の記憶は本当に途切れ途切れだ。
何が起こっているのか全く分からなかった。
「だからっ!!モニター見てこれ!!
赤ちゃん見える?!
これ動いてるの分かる?!心臓!!
赤ちゃん生きてるよ!!手術しなくていい!」
モニターをよく見ると
そこにはクリオネのような、小さい雪だるまのような
2頭身の我が子が、心臓をピコピコと踊らせていた。
「いやー、よかったね」という声がカーテン越しに聞こえるも
私は終始「え?え?え?」と語彙力を無くしたままだった。
なにせ、この日私は「流産手術」を受けに来たはずなのだ。
心拍確認に安堵し、状況を理解したあと内診台の上で号泣した。
ティッシュを持った看護師さんらが手を握って喜んでくれた。
先生も「おめでとう!本当によかったね!」と
娘の妊娠を喜ぶかのように手を握ってくれた。
すぐに夫に連絡すると大喜びだった。
術後は寿司の予定だったが、母子手帳を受け取りに区役所へ。
ここでも病院でもらえるものだと思っていたので驚いた。
まだまだ油断はできないが
やっと妊婦ライフのスタートラインに立てた気がした。
妊娠がわかってからの1ヶ月は
感情がジェットコースターのようだった。
でも、この経験は、私の妊娠に対する気持ちを大きく変えた。
いま振り返っても信じられない出来事だ。
流産がわかってお酒を飲んでしまっていたら…?
先生が最後に確認していなかったら…?
服薬で自然流産を促していたら…?
そう思うと、本当に奇跡の積み重ねだと思った。
お腹の中の我が子を、以前よりもずっと愛おしく思うようになった。
予定日は春から初夏へと移り変わるころ。
「その時まで一緒にがんばろうね」とまだ目立たないお腹をさすった。
