その先に、何者でもある私たちは 朝ドラ「虎に翼」感想文(最終週)

さき【先・前】
① ものの先端や末端。つきでてとがっている部分。はし。
② 空間的にまえ。⇔あと。
③ 時間的にそれより前。その時より前。⇔あと。
④ 時間的にそれより後。その時よりあと。
⑤ 順番や序列が前であること。また、上であること。
⑥ その行為の目的や相手となる人、あるいは場所。先方。相手。
⑦ 数量などが、ある基準より多いこと。それ以上であること。
⑧ 「さいさき(幸先)」の略。
⑨ 「さきもの(先物)」の略。

精選版 日本国語大辞典

「私」の中に「私」がある。誰かとの比較ではなくて、絶対的な芯はいつから私の中にあったのだろう。

生まれた日から”わたし”でいたんだ
知らなかっただろ?

主題歌はそう呼びかけて終わるけれど、あれは誰に対しての言葉なんだろう。誰かに向けているようで、自分自身への気づきのようでもある。「わたし」が「わたし」であることに気づけなかった、あるいは許されてこなかった「わたしたち」。
そんな風に書くと変に高尚になっちゃうのいけませんね、もっと平たく、もっと普通で、もっと身近な話なのだ。
実家から宅急便が届くでしょう?差出人は、母の文字で、父の名前が書いてある。それを母は、変だと思ったことがない。不都合もない。
玄関先やら食卓に、そんな感じで無造作に転がっている、そいつの話だ。

語り直しとしてのドラマ

ところで最近向田邦子を再読していて、昔も読んだはずのエッセイに胸の奥がさっと冷たくなったことがあった。

それは「日本の女」と題されたごく短いエッセイで、向田さんが外国人団体客とホテルの食堂で一緒になった時の体験が軽妙なタッチで綴られている。なおその団体は、中年・老年世代の“女性だけ”で構成されていた。

私が一番びっくりしたのは、彼女たちが卵料理を注文した時であった。…ボーイの目をひたと見つめ、はっきりした語調で、
「ポーチド・エッグ」
「プレーン・オムレツ」
「わたしはボイルド・エッグ。一分半でお願い」
隣の人と同じでいいわ、などという人は一人もいないように見えた。私は感心して眺めていた。だが、それぞれ注文した卵料理が出来てきたとき、私はもっと感心した。
「これは私の注文したものではない」と言って、ふたりの老婦人が、差し出された皿をボーイに突っ返したからである。その一人は車いすの人であった。

「男どき女どき」向田邦子

この体験のあと、話は向田さんのお母様やおばあ様の話に、そして自分自身の行動に移っていく。注文を一種類にまとめ、お店の手間が省けるようにする気遣い。間違ったものが届いても、ものを言うのは「みっともない」からする我慢。そしてエッセイはこう結ばれていた。

人前で物を食べることのはずかしさ。うちで食べればもっと安く済むのに、といううしろめたさ。ひいては女に生まれたことの決まりの悪さ。ほんの一滴二滴だが、こういう小さなものが混じっているような気がする。もっと気張っていえば、生きることの畏れ、というか。
 ウーマンリブの方たちから見れば、風上にも置けないとお叱りを受けそうだが、私は日本の女のこういうところが嫌いではない。生きる権利や主張は、こういう上に花が咲くといいなあと、私は考えることがある。

「男どき女どき」向田邦子

「権利権利ってみっともない。少しはわきまえればいいのに」という密やかな声がテレパシーのように響いてくる。中高年であること、障害を持つ身であること、女であることに対し応分を知れという圧。私は文庫から顔を上げ、いつの間にか止めていた息を吐く。
冷凍庫の下の方に入れっぱなしになっていた、謎の肉を見つけたみたいだ。
歴史というには新しく、規範というには古すぎる。解凍して食べる気にならないその肉を、でも私は絶対、どんな味だったか、知っているのだ。

このエッセイの初出は1980年(昭和55年)。三淵嘉子さんが横浜家庭裁判所の所長になったのが1978年(昭和53年)とのことだから、寅子の所長就任を祝って竹むらに集まったあの日と、ほぼ時期は被ることになる。そしてこの物語の脚本を書いた吉田恵里佳さんはラジオ番組で、2021年に向田邦子賞を受賞したことで朝ドラ執筆に弾みがついた話をしていたのだった。

前々回の感想文でも書いたけど、長い時間の中で、物事は、価値観は語り直される。
「個人としての尊厳を失うことで守られても、あけすけに申せば、大きなお世話であると」「僕たち結婚します。大人の僕らが、親の承諾を得るものじゃないかなって」「私達みたいに、仕事に人生のすべてを捧げろと強制するのもなんだか違うしね」「みんなが持ってる権利なので使わないと。」

朝ドラ「虎に翼」。確かに価値観を語り直したのだ。かつて、”こういう上に咲くといい”と言われた花であることを棄て、”どこに咲くかは私が決める”と啖呵を切ったのだ。

小さな社会で大きく語る

「私たちずっと、法とは何かを話してきましたよね」と寅子。「私たちじゃない、君がな。」と返す桂場だけど、それはそのまんま、このドラマの作り手と視聴者達の関係だ。色んなエピソードを巧みに組み立てながら「法とは何か」を毎朝15分、130回話してきた君と、受け取った私たち。

でも正面切って「新旧憲法の違いとは」なんて言わなかった。直言さんの生年と没年でさりげなく暗喩された明治憲法は「ぜんっぶ父さんが何とかしてやるから」と表現され、優三さんの遺言の形をとった日本国憲法は「寅ちゃんができるのは、寅ちゃんが後悔せず、心から人生をやりきってくれること」と表現された。
ひとりの女性の人生と彼女を取り巻く小さな社会が、憲法を映し大きな社会を映した。
セリフ説明多すぎといった声も聞こえたけれど「そうとは言葉にしないまま」法律の来し方を描くことの困難さはどれほどだったかと思う。多分、縛りはあったんだろう。(ちむどんどんの制作時「基地」については縛りがあったと脚本家の方がコメントしていた)家父長制について。明治憲法について。その下で行われた戦争、そして天皇について。どれも、具体的には語らないまま、でも小さな社会を丁寧に丁寧に彫り込むことで、「私たちの社会の歴史」を見事に浮かび上がらせた。

更新されうる正義

「先生はどうしてだと思います?どうして人を殺しちゃ、いけないのか。」
物語の後半、美佐江と、その娘である美雪から投げかけられた質問。
それに対する寅子の答えは、正直最初は肩透かしに思えた。「やり直しがきかないことはやらない」「理由がわからないからこそやらない」要約すればこんな感じだろうか。「そんな乱暴な答えで母は納得しますかね?」という美雪の言葉に、実は(うん…まあそれな)なんて心の中で呟いちゃってた私だ。物語はずっと日本国憲法を“正義”の側に置いてきていたから、私はてっきり人権尊重の文脈で答えが出てくるのだとばかり思ってたのだ。

でも違った。寅子はその正義について「理由はわからない」と言ったのだ。最初は納得いかなかった私だけど、頭の中で転がすうちに、ちょっとこれは凄くないかと思い始めた。
これは今の価値観がひっくり返る可能性がある前提の言葉なのだ。規範は変わるし、正義は動く。正しさは「絶対合っていたり間違ってたりする」わけではなく、「更新される」。人権でさえも。人類普遍の道徳原理なんて存在しない。高らかに憲法14条を謳い、選択できることの素晴らしさを繰り返し繰り返し描きながら、ま、それも絶対じゃないですけどねー!と釘をさすのだ。しかもほかでもない、主人公を通じて。

だから「話しましょう、何度でも。」と寅子は言う。どんなあなたでもいいし、どんなありきたりな意見でもいい。思っている事は口に出し、人生という船旅を快適に幸せに終えるために、乗り手の私たちはわーわー議論しながら、船を改造しながら進むのだ。あなたの乗る船は改造され得る。それが嫌なら、オールを他人に任せるな。がっつり握り権利を使い、主張するのだ、と。

先とその先の、わたしたちは

「先」という言葉が、過去と未来、両方を指すことに気づいたのはTwitter情報からだったかもしれない。現代語ではたいがい未来に使うけど、そういえば恐れ多くも先の副将軍は水戸光圀公だった。

「だからつまりね、この先、私は何にだってなれるんだよ。それって最高の人生でしょう?」
どんな選択でもできる。自分で選ぶことができる。それは”先の100年”、親に、父に、夫に、息子に、自分のオールを誰かに預けるしか選択肢がなかった女の子達が手にした、ようやく手にした権利。

「猪爪寅子です」
見合いの席に不機嫌な顔で現れた少女とともに、先の100年の物語を観た私たちの、100年先の船の形はどんなだろう。

これは祈り。私の娘が、孫が、その友達が、全ての少女が、どんな選択でもいい、自分で選んだ人生を歩む未来でありますように。だって、生まれた日から、あなたでいるのだ。そしてその先に、何者でもあれ。