ゆりかごに日本
小さい頃、早い段階で日本の文化に触れて日本っていう国を意識したのは、家庭の影響も多少あると思います。
歴史的には日本と台湾の間にちょっとややこしい関係もあって台湾人みんなそれが知ってましたけど、親は普通に日本のアニメや特撮の本を僕に買ってくれてましたし、電化製品も日本製をよく使ってて、特に拒否とか警戒もなくて、むしろちょっと日本のもの好きな感じでした。
それはその上の世代とも関係あるっぽくて、二人のおじいちゃんは僕がすごく小さい頃に亡くなってるので、ちゃんと話したことはないんですけど、親の話だとおじいちゃん世代は日本統治時代に教育受けてて、日本語話せたらしいです。
その影響で、親とかその兄弟には中国語の名前だけじゃなくて、日本語の名前も付いてました。今でもお父さんのことを「たけ」って呼ぶ親戚いますね。それでも親はほとんど日本語話せません。
ずっと昔で、もう取り壊されているんですけど、多分4~5歳くらいの頃にお父さんの実家に行ったことがあります。
そこは一階だけの日本式の木造の一軒家みたいな家でした。
その頃住んでいたのは四階建てのコンクリートのアパートで、みんなだいたい同じような家に住んでると思っていたので、お父さんの実家を見たときは逆にすごく新鮮で面白かったです。
今の僕だったら、むしろそういう家に住んでみたいかもしれません。
お母さんの実家は昔、本屋をやっていて、日本の本とか漫画を売っていたらしいです。僕の昔の家にも、お母さんがそこから持ってきた本が何冊か残っていました。
印象に残っているのは、狸が釜をコスチュームみたいに着て綱渡りしている絵がある、昔話っぽい絵本です。
当時は日本語が全然読めなかったのでストーリーは分からなかったんですけど、その絵が色とか雰囲気がすごく好きで、今でも結構はっきり覚えています。
今はその本がもう見つからなくて、ちょっと残念です。でも昔使っていた日本風の食器とか、すき焼き用の鉄の鍋みたいなものも、まだ家に残っています。
お母さんは小林旭、石原裕次郎あと美空ひばりのファンでした。昔に裁縫が好きで、日本の雑誌の写真とかよく見て参考にしてたみたいです。
僕の世代の親って、子どものおしゃれあんまり気にしない感じで、男の子はだいたい耳の上くらいで刈り上げる髪型が多かったんですけど、お母さんは多分雑誌に載ってる日本の男性モデルか芸能人みたいなちょっと長めでふわっとした髪型が好きで、僕にもそんな感じにしてました。
ある日、日本の絵風のかわいいキャラが描かれたバッグを親か親戚にもらって、それがめちゃ気に入ってて、一時期は学ランの代わりにそのバッグに教材入れて学校持ってってました。髪型も日本の芸能人っぽく真似してて、今思うとかなり調子乗ってたかもしれないですね。
そのあと自分が日本文化にハマって、日本語独学していろいろ見たり聴いたり、日本人とも関わるようになったんですけど、その時はもう親の影響っていうより自分で勝手にハマった感じが強いです。
ただ最初に日本に対していい印象ができてたのは、やっぱその環境のおかげだと思います。
