【エッセイって、なんだ】
ーエッセイがわからない。
エッセイを書こうと思って
noteを開いたが、
エッセイを書いたことがない。
だから、
どう書いたらよいかわからない。
だから、
何を書けばよいかわからない。
律儀にも、
「エッセイ」
の意味を調べた。
大きく2つの側面があるとわかった。
「文学・作文」
形式にとらわれず、
気軽に自分の意見・感想などを
述べた散文(随筆・随想)。
「学術・小論文」
特定の主題について述べた試論や小論文。
今私が書いているのは、
noteの創作大賞
に応募予定のエッセイだ。
そうだとすれば、
きっとここでいうエッセイとは、
文学・作文
のことなのだろうと思った。
作文。
小学生の頃から
幾度となく
書いてきた。
私は、
エッセイを書いたことがある。
それがエッセイであると、
認識しているかどうか、
は問題ないのだろうか。
また、
エッセイの定義にある
“散文”
という説明。
字面から、なんとなく、
テキトウな文章
なんだと思ってしまった。
ただ、散文もまた、
自由に書かれた文章
という意味を持つ。
決して散らかった文章
ではなく、
あくまでも形式のない
自由な文章であると。
やはり、
あくまでも
自由に表現したものが
エッセイなのだ。
エッセイが自由だとすれば、
形式の決まっている文章は
不自由である
ということになるのか。
文字数やリズムが
決められている中で
規則に従って
言葉を紡いでいく。
よくイメージするのは、
俳句や詩
などだろうか。
多少勉強はしてきたので、
国語の授業などで
そういった類のものに
出会ったことはある。
そういう文章を考える。
ここに、
本当に不自由があるのか。
5・7・5や韻を踏む
といった明確なルールは
一見すると
厳しい制約だと思う。
他にも書きたいことがある
と思っても不思議ではない。
けれども、過去の歌人・詩人たちは、
決められた文字数の中で
文字数以上の意味を
『自由に』表現していた。
文学の才を持つと呼ばれた
多くの人たちが、
言葉ひとつひとつに
意味を持たせながら。
そこに、
本当に
“不自由”は
あったのだろうか。
少なくとも、
監獄のような
不自由な場所
ではない。
むしろ、
自由でさえ
あったのではないか。
与えられた不自由の中で
どれだけ自由に
表現ができるか。
そんなことを楽しみ、
そこに遊び心を持って
言葉を綴っていたのではないか、
とさえ思う。
自由なエッセイには、
何を書けばいいか
どう書けばいいか
わからないという不自由があり。
不自由な文章には、
どんな意味を持たせるか
どう自分の気持ちを表現するか
という自由がある。
選択肢が多すぎる自由は、
ときに人を迷わせる。
選択肢が限られた不自由は、
かえって人を自由にする。
この、なんとも言えない
相反する矛盾した状態が
僕は、好きかもしれない。
人生においても、
自由と不自由
は大きなテーマだ。
大きすぎるが故に、
捉え方や解釈は
千差万別。
誰が何と言おうが、
それぞれにとって
固有の
自由と不自由がある。
安い言葉になってしまうが、
十人十色。
個性。
そんな言葉が合うかもしれない。
でもだからこそ、
私は、
書いてみたいと
思ったのかもしれない。
私なりの自由と不自由。
私が感じている気持ち。
私が経験したこと。
全てが、私だけの
固有のものなんだと、
誇示したかったのかもしれない。
『自由とは何か』
そんな問いを私も
つい、2ヶ月前に考えた。
この時、慣れ親しんだ地を離れ、
異国の地へ足を踏み入れた。
言葉も文化も生活も、
様々なものが異なる
そんな環境へと飛び込んだ。
こんなにストレスが溜まるのか、
そんなことを思ったこともある。
一方で、これまでどれだけ快適に
生きてきたのかと
驚嘆する瞬間も、多くあった。
大きなギャップに心は揺れ、
自分でも感情の整理が難しい
瞬間もたくさんあった。
そんな大きな環境の変化
がある中で、
考えることになった
自由と不自由という問い。
最初のうちは、
こんな風に考えていた。
自由とは、
何でもできる状態
なんて思っていた。
間違ってはいないと思った。
ただ、
何でもできる“かもしれない”状態
は自由ではないと思った。
何をするかを
自分で選ぶことができる
というのが、
自由なのかなと思った。
そして、
自由を手にするためには
不自由なことも
必要なのかもしれない。
それは、
我慢が必要とか
苦しさ、大変さが必要
ということでもある。
しかし、
私が思うに、
自由が何かを知るために
不自由があるのだと思う。
こんな状態は嫌だな、
これだけは譲れない、
そんなものを確かめていくために
必要なのかもしれない。
前向きにほしいものではない。
にもかかわらず、
それがあることが
自由へつながる。
興味深い。
なぜかと考えた。
けど、わからなかった。
答えはないから。
答えはつくるものだから。
ーエッセイとは何か。
エッセイの書き方は、
結局わからなかった。
でも、それでもいいと思った。
今決めないといけない
ものではなかったから。
また、いつか。
この気持ちを言葉にして
綴りたいと思う。
その時には、きっと。
