わたしは人魚姫にはなれない
子どものころ、人魚姫のお話を聞いて思ったこと。
人魚姫はどうして、声をなくして平気でいられるんだろう。
わたしなら無理だ。
だって声がなくなったら、歌えなくなってしまう。
◇
歌うことが、何よりも好きな子どもでした。
学校の行き帰り。休み時間。友達の家。親の運転する車の中。
音楽がそこに、あってもなくても。ひとりでも誰かとでもみんなとでも、どこでだって歌っている子どもでした。
歌うことは、わたしの世界を幸せにしてくれるから。
子どもの頃。将来の夢は?と訊かれたときの答えはいくつかあって。
エレクトーンのせんせい。ほいくえんのせんせい。ケーキやさんもあったかな。
でも本当は、ずっと歌手になりたいって思ってた。
キラキラしたステージの上で、スポットライトを浴びて歌う。そのまぶしさは、片田舎に住む小さなわたしの夢でした。
ううん、小さなわたし。それは歌手になりたいんじゃないよ。今ならわかります。
キラキラしたステージなんてなくていい。スポットライトも浴びなくていい。
わたしは一生をかけて、ずっと歌っていたかっただけ。
わたしの声で、ことばを乗せて、音楽を奏でていたかっただけだった。
わたしのうたが、誰かに届いたらもっといいなって、それはあわよくばの話で。
仕事になってもならなくても、わたしは歌っていたかったんです。
だって、歌うことをやめられないんだから。
自分がもし、人魚姫と同じように何かと引き換えに声を奪われるとしたら。
わたしは絶対に声は差し出せない。
つらかったとき。私の心に寄り添ってくれたのはうたでした。ひとりでぽつぽつ歌って、傷ついた自分の心を癒しました。
楽しかったとき。弾んだ心を表現したのはうたでした。友達と笑い合って、お気に入りのメロディーを響かせました。
歌えなくなったら、それはもうわたしじゃない。
わたしは、歌うことで生きてる。
◇
成長して、いろんな出会いと別れがあって。いろんな勉強をして、いくつかの職を経験して。夫と出会って結婚して、子どもたちが生まれて。
今、わたしはやっぱり毎日歌ってる。
子どもと一緒に、子どもの好きなうたを。
ひとりの時間が取れたら、自分の好きなうたを。
生活の中でも、ずっと歌っています。そこに音楽が、あってもなくても。
足は手に入れない。陸には上がらない。王子様の元へ駆け寄らない。
人魚姫には、なれない。ならない。そう決めています。
これからもずっと、わたしは音楽の海を泳いで、歌いながら生きていくんだから。
おしまい
いいなと思ったら応援しよう!
よかったらサポートお願いします。家族と一緒にちょっといいものを食べます。