小説 私の番はいつも1枚たりない #1 まだ始まらない、今日
年明けの開店を目指し、千佳は茶葉の入った袋を仕分けていた。
予定より納品が遅れた袋が言い訳みたいにテーブルを占領している。
その傍らにはフクロウのキーホルダーが立っていた。
「魔除けの香りがするよ」
くるんと、フクロウの首が回った。
「……サンプルにケチつけないで。厄除けが欲しい人は来ないから」
サンプル分を淹れたポッドの中を確かめながら千佳がじろりとキーホルダーを見やる。
茶器と同じ背丈の白いフクロウが、今度は首を傾げた。
「売り文句にならない?」
「うちはハーブティーの店の予定」
「褒めてない?」
「全く」
千佳が困った顔で首を振ると、天パのショートボブの毛先がはねた。
玄関扉につけたベルの音がした。
即座にフクロウが倒れる。
「こんにちは」
知っている声に千佳はぺこりと頭を下げる。市の地域振興課の担当者だ。
「事業計画ですね? 今、お渡しします」
にこっとして店の奥のカウンターに書類を撮りに行く。
「次から担当が変わります。手続き完了までに少しお時間をいただくことになります」
背中に向けて事務的な口調で言われた。
千佳ははっと振り返る。何か言う前に相手の言葉に止められた。
「立ち上げの途中でご心配とは思いますが」
順番をひっくり返された気がして、渡す手がぎこちなくなってしまう。
相手の目を見すぎない角度で笑った。
「新しい人はどんな人ですか?」
相手は袋を受け取ると中の書類の上辺をざっと確認する。
そうしてから、千佳の質問が脳に届いたようだった。
「未定です。決まったらこちらに伺いますよ」
「ああ、そう……、ですか」
袋の口をきっちりと折り、担当者は短く挨拶して帰っていった。
「……」
宙ぶらりんな心地のまま、ログハウス風の店内を見回す。
壁の展示部分だけ綺麗に整っていた。市内のアマチュア写真家の作品を飾っている。
「担当、変わるんだって……」
白いフクロウに向けてため息が出る。
千佳の人生はいつもこうだ。すんなりいった試しがない。
「少し遅れるくらいなら気にすることない」
いつの間にか起き上がったイヨリが白いはねをはためかせた。
どこにも飛んでいけない彼は、結局テーブルの上にいる。
「……私って、順番が来そうになると列から抜けなきゃならないんだよね」
通知が鳴った。この後人と会う約束がある。
フリースの上着をかぶって外へ出た。
打ち合わせ場所のカフェまで歩くつもりだ。
夕方の空の色が一様に低い建物の上にかかっている。
まっすぐな道路に、少し黄みがかってきた街路樹の葉が並んでいた。
市街地へ向かう方と逆側ーー。
丘が丸ごと観光農園みたいな方を何気なく見やった。
「……」
ゆらりと、煙のような白いものが畝の間から一つ立ち上がる。
野焼きかとも思ったが人の姿はなかった。
斜めがけしたバッグから音が鳴る。
千佳の意識がそちらに向いた瞬間、白い影は消えた。
「なんだった?」
鳴ったのはキーホルダーの金具だった。
ひとりでに揺れながら、フクロウのイヨリは畑を向いている。
「よく見えなかった。何も害はないのかも」
首筋に入ってくる冷たい風に肩を縮めた。
千佳はもう白い影のことなど頭の隅に追いやって、打ち合わせ場所へと歩き出した。
