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万博では「メシ」を食え~一皿で世界を旅する、パビリオン食の探訪~


序論:世界で最も刺激的で、儚い美食の祭典

2025年大阪・関西万博。それは未来のテクノロジーや建築のショーケースであると同時に、地球上で最も多様性に富み、そして最も儚い美食の祭典でもある。
世界中から集まった国々のパビリオンは、単なる展示施設ではない。それらは、その国の文化、歴史、そして人々の暮らしを凝縮した「食」という名の外交官を擁する、期間限定の大使館である。

実際に世界を巡ってこれらの国々の文化に触れることは不可能ではないが極めて困難というしかない。

しかし、「大使館」の揃った万博会場なら、「テーマ」を以て巡ることが可能である。そこでここでは、万博での食事という行為を、文化探求の旅へと昇華させる2つの提案をしたいと思う。一つは、ある国の代表的な料理を通じて、その国固有の文化の深淵へと潜る「垂直の旅」。もう一つは、異なる国の料理に共通するDNAを辿り、歴史、交易、そして帝国の見えざる糸が織りなす「水平の旅」である。万博の食卓は、世界と繋がるための、最も美味しく、最も深遠な扉なのである。

第一部:国民的アイデンティティの一口 – 国の魂を味わう

一皿の料理は、単なる栄養源ではない。それは、その国の地理、歴史、価値観、そして国民の誇りを凝縮した、一幕の食べられる「物語」である。万博のパビリオンで提供される一品は、その国が世界に語りかけたい自己紹介そのものだ。ここでは、いくつかの象徴的な料理を深く掘り下げることで、食がいかに国民的アイデンティティと分かちがたく結びついているかを探求する。

ハンガリーのグヤーシュ:革命の中から生まれた一皿

ハンガリーパビリオンのレストラン「ミシュカ キッチン&バー」では、ハンガリーの定番郷土料理「グヤーシュ」が提供される 。このパプリカが効いた濃厚な牛肉のスープは、多くの人がハンガリー料理と聞いて真っ先に思い浮かべる一品である。

しかし、その背景には、国家の存亡をかけた闘争の歴史が刻まれていることを知る人は少ないのではなかろうか。
グヤーシュ(Gulyás)という言葉は、もともと「牛飼い」を意味する。その名の通り、この料理の原型は、広大なプスタ平原の牧夫たちが、焚き火にかけた鍋で肉と玉ねぎを煮込んだ素朴なシチューであった。当初は、ハンガリー料理の象徴であるパプリカは使われていなかった。
パプリカが新大陸からヨーロッパにもたらされたのは16世紀。その後、品種改良によって辛味の少ないものができ、18世紀後半にパプリカパウダーが生みだされて庶民の料理に加えられるようになった。
この素朴な羊飼いの料理が、国民食へと昇華する転機となったのは、19世紀、ハンガリーがハプスブルク帝国の支配下にあった時代だ。ドイツ語を話す支配層に対し、マジャル人としての独自の文化とアイデンティティを確立しようとしたハンガリーの貴族たちは、意図的にこの農民の料理に着目した。グヤーシュを食すことは、洗練されたウィーンの宮廷料理に対する、土着の、力強いハンガリー文化の表明であり、静かなる政治的抵抗であった。1848年のハンガリー革命を経て、グヤーシュは身分の違いを超え、自国を代表する料理として国民に広く認知されるようになったのである。
さらに20世紀には、ソ連の影響下にあった社会主義時代、ハンガリー独自の緩やかな共産主義体制が「グヤーシュ・コミュニズム」と比喩的に呼ばれるほど、この料理は国のあり方と深く結びついてきた。

万博で提供される一杯のグヤーシュは、単なる美味しいスープではない。それは、羊飼いの鍋から始まり、帝国への抵抗、革命、そして国家の再定義という壮大な歴史を経てきた、ハンガリーの魂そのものなのである。

ベルギーの二元性:二つのワッフルの物語

ベルギーと聞けば、多くの人がワッフルを思い浮かべるだろう。しかし、「ベルギーワッフル」と一括りにすることは、この国の複雑な文化を見誤ることになる。ベルギーには、大きく分けて二つの主要なワッフルが存在し、その違いは単なるレシピの差ではなく、この国の文化的な二元性を映し出している。
一つは、日本でもマネケンの店舗などを通じて広く知られている「リエージュワッフル」である。ベルギー東部の工業都市リエージュを発祥とし、生地は固く、もちもちとした食感が特徴だ。パールシュガーが練り込まれており、焼くとそれが溶けて表面でカラメル化し、独特の香ばしさと甘さを生み出す。楕円形で手で持って食べられる、日常的なおやつである。
一方、大阪・関西万博のベルギーパビリオン内レストラン「Revive」で提供されるのは、もう一つの「ブリュッセルワッフル」だ。首都ブリュッセルにその名を由来し(ただし発祥はゲントとされる)、長方形で、食感はサクサクと軽い。生地自体の甘さは控えめで、フルーツやクリーム、チョコレートソースなどを豪華にトッピングし、フォークとナイフで味わうのが一般的だ。リエージュワッフルが素朴なストリートフードであるのに対し、ブリュッセルワッフルはカフェやレストランで楽しむ、より洗練されたデザートという位置づけである。その名前の由来には、「ブリュッセルの方がゲントよりもブルジョワ的な響きがあるから」という逸話も残っている。
この二つのワッフルの選択は、パビリオンがベルギーのどの側面を世界に見せたいかという、意図的なキュレーションの結果である。レストランという形態に合わせて、よりフォーマルなブリュッセルワッフルを提供することで、洗練された美食の国としての一面を強調しているのだ。多くの来場者が抱く「ベルギーワッフル=リエージュワッフル」という固定観念に、静かな挑戦状を突きつけているとも言える。この一皿は、ベルギーという国が一枚岩ではなく、ワロン地域(フランス語圏)とフランデレン地域(オランダ語圏)という異なる文化圏が共存する、豊かで複雑な国家であることを雄弁に物語っている。

イタリアの地方色豊かなタペストリー:18の厨房を持つ国家

「イタリア料理」と聞いて、何を思い浮かべるだろうか。おそらく多くの人の頭には、トマトソースのパスタやマルゲリータピザが浮かぶだろう。しかし、イタリアパビリオンは、その画一的なイメージに真っ向から異を唱える。人気レストラン「イータリー」が運営するこのパビリオンのレストランでは、イタリア全18州の郷土料理が週替わりで提供されるのだ 。
この試みは、「イタリア」という国が、実際には驚くほど多様な食文化を持つ地方の集合体であることを、これ以上なく明確に示している。トスカーナのオリーブオイル、ピエモンテのジビエ、シチリアの魚介といった比較的知られた美食だけでなく、例えばイタリア半島の「つま先」にあたるカラブリア州の、唐辛子を効かせた力強い料理や、スパイシーなペースト状のサラミといった、日本ではほとんど知られていない食文化にも光を当てる。
1861年に統一されるまで、イタリアは数多くの独立した都市国家や王国に分かれていた。その歴史が、今なお色濃く残るのが食文化である。北はバターやクリーム、米(リゾット)を多用し、南はオリーブオイル、トマト、乾燥パスタが中心となる。同じパスタという料理一つとっても、その形状、ソース、食べ方は地域によって全く異なる。
イタリアパビリオンのこの野心的なプログラムは、単なる食事の提供を超えた、一種の教育活動――世界中の人々のイタリアに対する「食のリテラシー」を高めようとする試みと言えるだろう。来場者は、週ごとに変わるメニューを味わうことで、イタリアの地理と歴史のミニレッスンを受けることになる。ここで食事をすることは、ステレオタイプを解体し、より複雑で、より正確なイタリアの姿を理解する体験となることは間違いがない。

第二部:繋がる食卓 – 美食大陸の地図を描く

一皿の料理は、国境を越える一人の「旅人」でもある。そのレシピには、交易路の記憶、帝国の版図、移民の軌跡、そして文化交流の痕跡が刻まれている。万博の会場で異なる国の料理を味わうことは、歴史や地理の教科書では語られない、人々と文化の繋がりを発見する旅となる。ここでは、いくつかの料理を例に、世界を結びつける見えざる食のネットワークを解き明かす。

ケバブ・コネクション:オスマン帝国とペルシャ帝国の響き

万博会場には、様々な形で「ケバブ」が存在する。「Kebab Lab」といった専門店のほか 、インドパビリオンの「シークケバブ」 、さらにはセルビア・パビリオンでも「ケバブ風料理」がメニューに並ぶ 。この広がりこそ、ケバブが辿ってきた壮大な歴史の証左である。
ケバブの起源は、中東地域で肉や野菜を串に刺して焼いたシンプルな料理に遡る。この調理法が広大な地域に伝播する上で決定的な役割を果たしたのが、オスマン帝国であった。帝国の支配下にあったバルカン半島では、チェヴァプチチといった名の、ひき肉を使ったケバブが伝統料理として根付いた。セルビアの「ケバブ風料理」は、まさにこの歴史的遺産の一部である。

しかし、ケバブの旅はそこで終わらない。20世紀、トルコからの移民労働者と共に、ケバブはドイツへと渡った。そして1970年代のベルリンで、歴史的な発明がなされる。忙しいドイツの労働者が手軽に食べられるようにと、焼いた肉をパンに挟んだ「ドネルケバブ・サンド」が誕生したのだ。今日、世界中で「ケバブ」として最も広く知られているこの形式は、実は「伝統的な」トルコ料理ではなく、移民文化が生んだハイブリッドな創造物なのである。
この事実は、食文化が静的なものではなく、移住と文化接触を通じて常に動的に変化し、新たな伝統を創造していくプロセスそのものを示している。
「本物」とは何かという問いは、ここでは意味をなさない。ドイツで生まれたドネルケバブは、今やベルリンの食文化を語る上で欠かせない「本物」の一部である。万博の会場で、バルカン半島の伝統的なケバブと、世界に広まったケバブサンドを並べてみることは、この料理の進化の生きた博物館を訪れるような体験となるだろう。それは、ディアスポラ(離散した民)のコミュニティが、いかにして新たな文化形態を創造し、それがまた新たな伝統となっていくかを教えてくれる。

ペストリーの中のシルクロード:餃子、サモサ、そしてモモが描く文化の交差点

小麦粉の生地で具材を包むという、人類普遍の調理法。その一つの到達点である「ダンプリング(包み料理)」は、ユーラシア大陸の各地で独自の進化を遂げ、壮大な文化伝播の物語を紡いできた。万博会場で、インドの「サモサ」、中国や日本の「餃子」、そしてネパールの「モモ」を味わうことは、シルクロードの異なる道を辿り、その交差点に立つ旅に出ることに等しい。

サモサの東方への旅路: インド料理として知られるサモサだが、その起源は中東の「サンボサグ(Sambosag)」というペルシャ語で三角形を意味する食べ物にある。この携行しやすいパイは、交易商人や征服者たちの手によって、シルクロードを東へと進んだ。13世紀から14世紀にかけてインド亜大陸に到達したサモサは、そこで劇的な変容を遂げる。肉食が忌避されることが多いヒンドゥー教の文化的背景から、具材はジャガイモや豆といった野菜が中心となり、インド特有のスパイスで味付けされるようになった。サモサは、インドの食文化と融合し、完全に土着化したのである。

餃子の東方への旅路: 一方、餃子(ジャオズ)は古代中国で生まれた。特に中国北部では小麦が主食であり、餃子はそれ自体で完結した食事であった。また、「交子(子を授かる)」と同じ発音であることから、春節(旧正月)に食される縁起の良い食べ物として、深い文化的意味合いを持っている。この餃子が日本に広く普及したのは、第二次世界大戦後、満州からの引揚者たちが持ち帰ったことがきっかけである。そして日本で、餃子は独自の進化を遂げる。主食が米である日本の食文化に合わせて、餃子はご飯のおかず(おかず)としての地位を確立した。その結果、油で焼く「焼き餃子」が主流となり、ご飯が進むようにと、中国の餃子ではあまり使われないニンニクが加えられることが多くなった。

モモの旅路:ヒマラヤを越えた文化の融合 これら二つの物語の間に、見事な架け橋をかけるのが、ネパールパビリオンで味わうことができる「モモ」である。

見た目は日本の餃子や中国の小籠包に似ているこの料理は、もともとチベットで生まれたとされる。その起源は、中国の点心文化の影響を強く受けていると考えられている。このチベットのダンプリングが、ヒマラヤを越える交易路を旅するネワール人の商人たちによってネパールにもたらされた時、文化の魔法が起こった。ネパールでは、この料理は現地の食文化と深く融合する。「包む」という調理法は北(中国・チベット)から受け継ぎながら、その中身と味付けは南(南アジア)の様式を取り入れたのだ。具材には水牛の肉(バフ)が使われることが多く、味付けにはクミンやコリアンダーといったインド亜大陸でお馴染みのスパイスが用いられる。そして決定的なのが、トマトやスパイスで作る「アチャール」と呼ばれるピリ辛のソースを添えて食べることである。モモは、中国由来の「形」と、南アジアの「味」が見事に「マリアージュ(結婚)」した、文化のハイブリッドの完璧な一例だ。それは、シルクロードが一方通行の道ではなく、文化が出会い、混ざり合い、新たな創造を生み出す交差点であったことを教えてくれる。

文化の核心を映す三様の鏡 これら三つの料理の変容の仕方は、受け入れた文化の核心を映し出すリトマス試験紙のようだ。インドのサモサは、その菜食主義的な伝統とスパイス文化を反映している。日本の餃子は、その米中心の食体系と「おかず」としての役割を明確に示している。そしてネパールのモモは、ヒマラヤを挟んだ二大文化圏の調理技術と味覚が融合した、ハイブリッドなアイデンティティを体現している。国境を越えた料理は、新しい土地の味覚、宗教、そして食事の構造に合わせて姿を変える。万博でこれら三つの「包む料理」を味わうことは、文化の伝播と変容という、ダイナミックな歴史のプロセスそのものを、舌で理解する行為なのである。

コーヒーベルトとエッグタルトの軌跡:植民地主義とグローバル貿易の遺産

一杯のコーヒーと一個のタルト。これら日常的な飲食物にも、植民地主義とグローバルな交易網が織りなす、複雑で時に矛盾をはらんだ歴史が刻まれている。万博は、その光と影を同時に味わうことができる稀有な場所だ。

コーヒー:生産国と消費国の文化 万博には、ブラジルやコロンビアといったコーヒー豆の生産国と 、イタリア、北欧、サウジアラビアといった消費国のパビリオンが軒を連ねる 。ブラジルパビリオンで提供される一杯のコーヒーは、その豆本来の力強さをストレートに伝えるだろう。しかし、その同じ「コーヒー豆」というハードウェアの上で、消費国は全く異なる文化的な「ソフトウェア」を走らせる。

  • イタリアでは、バールでエスプレッソを数秒で飲み干す、日常に溶け込んだ儀式となる。

  • 北欧では、「フィーカ」と呼ばれる、甘い菓子と会話を伴う、人との繋がりを深めるための豊かな時間となる。

  • トルコでは、煮出した粉ごとカップに注ぎ、その模様で未来を占う、もてなしと伝統の象徴となる。

  • ベトナムでは、フランス植民地時代の影響を受けつつ、コンデンスミルクを加えて甘くして飲む、独自のスタイルが確立された。

この多様性は、価値や文化的な資本が、しばしば生産国ではなく消費国で生み出されるという、グローバル経済の力学を物語っている。ブランド・アイデンティティは、豆そのものよりも、その飲み方や体験に宿るのだ。

エッグタルト:複雑な出自の物語 ポルトガルのお菓子「パステル・デ・ナタ」は、修道院で余った卵黄の活用法として生まれた。この菓子が、ポルトガルの植民地であったマカオに伝わる。そして1989年、マカオに住むイギリス人、アンドリュー・ストウがこの菓子に独自の改良を加え、現在「ポルトガル式エッグタルト」として知られるサクサクのパイ生地ととろりとしたカスタードのタルトを完成させた。
この「イギリス人がマカオで改良したポルトガル菓子」は、アジア全域で爆発的な人気を博し、KFCのようなグローバル企業がそのレシピを買い取って世界中に広めた。この一個のタルトの旅路には、ヨーロッパの植民地主義、アジアのポストコロニアルな状況、個人の起業家精神、そして現代のコーポレート・グローバリズムが、すべて凝縮されている。
グローバル化した世界における食は、所有権や正統性が問われる、複雑な領域である。それは、文化の単純な贈与の物語ではなく、権力、ブランド、移住、そして資本が複雑に絡み合った結果なのだ。万博のフードコートは、この絡み合った歴史的・経済的な網の目を、物理的に可視化する舞台なのである。

結論:繋がりという、後味

万博の喧騒が過ぎ去り、壮麗なパビリオンが解体された後、私たちの記憶に最も深く刻まれるものは何だろうか。それはおそらく、未来の技術のデモンストレーション以上に、友と分かち合った一皿の温かさや、初めて口にした異国のスパイスの香りだろう。
2025年の大阪・関西万博の食は、単なるエネルギー補給のための付属物ではない。それは、万博の核心的なテーマである「いのちの繋がり」を、最も直接的かつ普遍的な言語で表現する、中心的な柱である。
ハンガリーのグヤーシュは、抑圧された民族の誇りと繋がり、ベルギーの二つのワッフルは、一つの国の中にある異なる文化間の繋がりを物語る。ケバブやサモサの旅路は、シルクロードや移民の歴史を通じて、ユーラシア大陸を横断する人々の繋がりを明らかにした。
食事という行為は、本質的に他者との繋がりを求める行為だ。我々は、料理を通じて、その土地の気候や風土と繋がり、その料理を育んできた人々の歴史や文化と繋がる。そして何よりも、同じテーブルを囲む人々と繋がる。ORA外食パビリオンが掲げる「宴-UTAGE-」のコンセプトは、まさにこの食が持つ根源的な力を示している。
だからこそ、万博を訪れるすべての人に提案したい。冒険的な食の探求者であれ、と。あなたの味覚を羅針盤として、未知なる食の旅に出てほしい。そこで得られる体験は、単に美食的な記憶に留まらない。それは文化的であり、歴史的であり、そして何よりも深く人間的なものとなるだろう。万博で味わう一皿は、世界との繋がりそのものの味がするのだから。

付録:グローバル・メニュー – パビリオン・ダイニング総合案内

以下のリストには、各国のパビリオンが誇るレストランやフードストアの主だったものを列挙した。漏れているものもあるし、パビリオンとは別に設けられたフードコートやレストランで提供されている各国の料理も少なくない。
既に述べたように料理が単なる「食料」でないように、これは単なる店舗一覧ではない。各料理に添えられた「食文化メモ」は、その一皿が持つ文化的な背景や物語への入り口を示す。このリストを羅針盤とし、自らの知的好奇心に従って、食の航海計画を立てていただきたい。

表1:EXPO 2025 パビリオン レストラン&フードストア一覧〔ヨーロッパ〕

注:上記リストは公表されている情報に基づきます。メニューや価格は変更される可能性があります。価格帯の目安は、¥: 1,000円未満、¥¥: 1,000円~2,500円、¥¥¥: 2,500円~5,000円、¥¥¥¥: 5,000円以上を示します。

表2:EXPO 2025 パビリオン レストラン&フードストア一覧〔中東・アフリカ/南北アメリカ〕

注:上記リストは公表されている情報に基づきます。メニューや価格は変更される可能性があります。価格帯の目安は、¥: 1,000円未満、¥¥: 1,000円~2,500円、¥¥¥: 2,500円~5,000円、¥¥¥¥: 5,000円以上を示します。

表3:EXPO 2025 パビリオン レストラン&フードストア一覧〔アジア・オセアニア〕

注:上記リストは公表されている情報に基づきます。メニューや価格は変更される可能性があります。価格帯の目安は、¥: 1,000円未満、¥¥: 1,000円~2,500円、¥¥¥: 2,500円~5,000円、¥¥¥¥: 5,000円以上を示します。

参考文献

  1. 万博GO: 大阪関西万博レビューサイト, https://expo2025.fun/ 

  2. 大阪・関西万博 海外パビリオンレストランメニュー料金(料理 ..., https://happyell.co.jp/expo2025-food2 

  3. 無事に完成した万博のインドパビリオンで非常にハイレベルなインド料理を食べてきた - GIGAZINE, https://gigazine.net/news/20250624-osaka-kansai-expo-india-bharat/ 

  4. 【万博グルメ】全13海外パビリオンのカフェ・レストランで食事 ..., https://more.hpplus.jp/morejapan/post/iwainana409/118686/

  5. 大阪・関西万博レストラン・食事メニュー完全攻略!絶品グルメ&マップ付きガイド - テーマパークメディア ハピエル, https://happyell.co.jp/expo2025-food

  6. 大阪・関西万博 会場内営業施設《レストラン・ショップ》の店舗詳細情報(第1弾)を10月18日(金)より公開します | EXPO 2025 大阪・関西万博公式Webサイト, https://www.expo2025.or.jp/news/news-20241018-02/ 

  7. ザクザクもっちりの絶品ピザ「フティーラ」が食べられるマルタ料理イタリアン『レストランマルタ』【新橋】 - dressing(ドレッシング) - ぐるなび, https://www.gnavi.co.jp/dressing/article/22256/

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