宇宙の摂理と、かけがえのない存在。『思慮深いうたた寝』小川洋子
4月1日、我が家のクロが旅立ちました。拾ってから14年間、ずっと健康優良児でしたので、高齢とはいえ、まだまだ別れは先のことだと思っていました。でも、病気になったら、あっという間。
最後の瞬間、聞いたこともないような声で私を呼んだかと思うと、前足を踏ん張って、ぐったりしていた身体を持ち上げ、私を見ました。そして、なにかを伝える顔をして、永い眠りにつきました。始めて看取った猫なので、その日から整理できない後ろ向きな気持ちが、私を掴んで離しません。
クロが残したフードは、自治体の保護センターに寄付しました。クロのキャリーやトイレはきれいに洗って、チップやシートと一緒によそのお家にもらってもらいました。なのに、帰宅すると必ず玄関にクロの姿を探してしまうのです。
試行錯誤するうち、思い出したのは作家の小川洋子さん。ただし今は、小説を読むほど気力がないので、エッセイを手にとりました。装丁がかわいい『思慮深いうたた寝』は、『神戸新聞』に10年ほど連載された読み物が中心で、1つの文章がだいたい見開き2ページの短さ。しかも、いろんな話があるので、寝る前に少しづつ読めます。
小川さんのクスッと笑える文章や、ちょっと不思議な読後感のある文章を読むうち、71ページめに私のさがしていた文章にたどり着きました。
雨の朝、ブンちゃんが死んだ。八年前、甲子園の商店街にあるペットショップで買った、オスの文鳥だった。こんな小さな生きものは、どのようにして死んでゆくのだろうと、想像もつかない思いだったが、ごく自然な成り行きをだどった。少しずつ脚が衰えて止まり木に飛び移るのが辛くなり、ケージの底にいる時間が増え、やがて片隅にうずくまったきり動かなくなった。それでも二日ほどがんばったあと、コトっ、と音も立てずに旅立った。両親やラブラドールのラブが死んだ時と全く同じ、宇宙の摂理のままだった。
宇宙の摂理のままだった……
宇宙の摂理。
この言葉を読んだ瞬間に感じた包容力は、どう言ったらいいのか。私の心の中の、意味のわからない悲しい気持ちが、ふわっと浄化するような。掴みどころのない悲しい気持ちが、空に浮かんで消えてゆくような。そんな不思議な感覚でした。
小川さんちのブンちゃんは、小説『ことり』のモデルなのだそうです。
他にも、後ろ向きな私にちょうどいい文章がいくつか。
春は豆ご飯とともにやってくる。
そうそう、なぜか私は春になると豆ご飯を作らずにはいられないんです。子どもの頃、そんなに食べたわけでもないようなのに。不思議です。
ノートは私だけの王国だ。世界がいかに複雑で滑稽で深刻で魅惑的であるか、思い出させてくれる。だからこそ生きるに値する場所なのだと教えてくれる。
あとは、私の少し年上の先輩として、小川さんがどうやって衰えていくのかを、自虐を混じえて書いてくれる文章にほっとしたり。そうかと思うと、新人デビューの頃の、作家という職業に対しての、厳しい覚悟が察せられるような文章には、こちらも身が引き締まる思いをしたり。
若い頃には、自分の老い先に不安を感じるなんて想像もできなかったけれど、先立つ人がまわりにチラホラしはじめて、身体や気持ちの体力が続かなくなる。そんなときは、先輩たちのエッセイや小説がエールをくれる気がします。
