中間管理職な仙人とその苦労。『西遊記事変』馬伯庸(齊藤正高訳)
『両京十五日』がおもしろかった馬伯庸さんの作品。タイトルもなんだかキャッチーだったので、てっきり前作のようにワクワク系のアドベンチャー歴史小説かと思っていました。なんせタイトルも「西遊記」だし。
でも、本書の中国語タイトルは『太白金星有点煩』。これをみると、ああ、確かにこういう内容だわって納得できます。
主人公は仙人の李長庚(太白金星)。仏祖の二番目の弟子で、金蝉子の生まれ変わりの玄奘が、西方へ取経の旅に出ることになったので、無事に旅をおわらせられるよう申し付けられました。李長庚の苦労は、ここから始まります。
李長庚は道教の仙人なので、一番上の上司は玉帝になります。道教の世界は玉帝を頂点とした、ものすごい官僚機構。命令や上奏は、全部文書でやりとりしますし、部署毎の上下関係とか、仙人たちの役職の上下関係とか、ものすごく面倒くさい上に、バックに大物がいるかいないか(派閥)、前世はどんな身分だったかとか、とにかくややこしい。
しかも、今回の玉帝からの指示は、明文化されていない。だから、李長庚が忖度して実現しないといけない。上司の指示と上司の実際の思惑が一致するとは限らない状況、とっても中華的です。
天界(社内)の派閥抗争に翻弄される李長庚。最初は、中間管理職的な苦労話にちょっとげんなりしてしまうほど。あと、出来事がすべて「記録」されるわりに、事実かどうかよりも書かれた文章(建前)が効力を発揮する官僚社会。ああ、中国。
加えて玄奘は僧侶なので、仏教界に属します。仏教は仏教で、仏陀を頂点とするたくさんの弟子やら観音やら菩薩やらがいて、こちらも上下関係と内部対立を抱えています。李長庚は観音大士と協力して、玄奘が乗り越えられる程度の「困難」をお膳立てして、それを玄奘に無事に乗り越えさせなければいけません。
玄奘は不遜だし、観音大士とはウマがあいそうにない。李長庚は、見知った妖怪を雇って玄奘の行く先に「困難」をつくり、経費を支払っていくのですが、この妖怪たちもやっぱりいろんな因縁とか前世を抱えていて、思ったとおりに動いてくれません。李長庚は、あちこちの顔をたてつつ、うまく段取りをつけたはずなのに、妖怪たちが余計な動きをするせいで、面倒事がだんだん大きくなっていきます。
そのうち西王母から呼び出され、続いて天官・地官・水官の三官大帝からも呼び出しをくらい、一時的に閑職に回されます。ここまでくると、物語はスピード感を増して、中間管理職の悲哀どころか、社内(天界)の極秘情報をめぐる隠蔽合戦の様相。
最初は行き違いだらけだった李長庚と観音が、お互いの窮地をきっかけにバディを組んで信頼関係を結び、なおかつ玄奘からの信頼も獲得し、西王母の後ろ盾を得て逆転する道を探っていく。こういう展開、ワクワクです。最後は予想もしない展開になって、さすが、馬伯庸小説!
道教・仏教とりまぜた、天界(社内)面倒くさい綱引き物語。『天官賜福』で勉強した知識が生きたし、すごくおもしろかったです。きっと、現実の中国政治の内部抗争もこんな感じだろうなと思わせられる面倒くささ。楽しいのに、読み応えもあっておすすめ。あと、中国で大ヒットした映画のナタも出てきます。ナタは『羅小黒戦記』にも出てきましたっけ。
馬伯庸小説は、そうでなくても中国の故事や詩からの引用が多いし、ヘタをすると作者本人が小説のあとがきで解説していたりします。今回はさらに『西遊記』からも、引用や比喩がたくさん使われているので、読んでいる方は楽しいですが、翻訳は物語以上に面倒くさいはず。毎度ながら、翻訳者様のご苦労には感謝しかありません。
