人のつながりのあたたかさ、おいしさ。『カフネ』阿部暁子
年末、読みたかった本をまとめ読みシリーズ。本当は、帰省途中の電車や船の中で読む予定で確保したはずなのに、うっかりページを開いてしまったら、おもしろすぎて、どんどん読み進めてしまいます。
死んだ弟の元恋人は、すでに十九分遅刻している。
こんな書き出しの本、続きが気になりすぎて、全部読んでしまうじゃないですか!
主人公の薫子は、最初からかなり不穏。土曜日の午後、八王子のカフェ、おいしそうなパンケーキやナポリタン、ハンバーグの描写のあとに、イライラしながら子供を誘拐する自分を妄想します。
次の登場するのは、弟・晴彦の元恋人の小野寺せつな。ブルーデニムのつなぎ服に、ごつい黒のコンバットブーツ。髪は高い位置でのおだんご。小さめの逆三角形の顔にはほとんど化粧っ気なし。まるで、戦闘機の整備士のよう。
そして、2人はしょっぱなからバチバチやりだします。
「お忙しいところ、お呼び立てしてごめんなさいね」
「そうですね。このあと予定があるので、三十分以内で済ませてもらえると助かります。
「晴彦さんは、どうして死んだんですか?」
「心不全だったの。本当に突然のことで」
「それは死因じゃありませんよね。人間死ぬときは誰だって心臓が止まるわけだから心不全になります」
「あなたね、そういう重箱の隅をつつくことを言う前に、ご愁傷さまのひと言でもかけるのがマナーってものじゃないの?」
いやあ、もう最高です。これだけで、2人ともかなり訳ありなことがわかります。
晴彦が残した遺言をめぐってやりとりをするうち、薫子は離婚してアル中になりかけていることが読者にもわかってきます。出張料理人のせつなは、何も言わずに薫子にあたたかい料理をつくって、さっさと帰っていきます。この仕事人的かっこよさ、惚れ惚れします。
せつなとの出会いのおかげで、自分を取り戻すようになった薫子は仕事ができるだけじゃなく、お掃除も完璧。それを見込まれて、ボランティアをするようになります。「晴彦さんもやっていました」の言葉にひかれるように。
本書のタイトル『カフネ』は、せつなの働く家政婦派遣の会社の名前です。ポルトガル語で「愛する人の髪にそっと指を通す仕草」。カフネは、日常的な業務のほか、困っている人のためにボランティアで料理や清掃もしていました。
介護で疲れた人、母子家庭で辛い母子や父子。ネグレクトみたいな状況の子供たち。腰痛で家事が辛い老夫婦。この作品に登場する「困っている人」は、みんな自分とどこかしら似ていると感じるような人たちです。
個人的には、薫子の不妊治療の辛さ部分にすごく共感して、過去の辛さを思い出してしまいました。結婚して7年、子供がいなかったとき、自分がどれだけ辛かったか。娘がうちに来てくれて20年たって、すっかり忘れていたけれど、あの痛みはときどき思い出して、誰かにやさしくしたいです。
そして、晴彦の思い出話をたどるようにボランティアする中で、薫子は自分の知らなかった弟に出会って混乱してしまいます。もしかしたら、弟は自殺だったかもしれない。そんな思いに苛まれ、せつなとも対立してしまいますが……。
この本は、とにかくたくさん、せつなのつくる料理が出てきます。スーパーの買い出しから始まって、どこでどういう食材を調達して、どんな道具でどうつくるのか。もう本当に、読んでいるだけでお腹が空きます。おいしいもの、食べたくなります。
晴彦の死をめぐる物語は、ミステリーでもあります。なぜ、元気なのに遺言を残しておいたのか。姉や元恋人のプレゼントを準備しておいたのか。そもそも、なんで晴彦とせつなは分かれたのか。薫子の夫はなぜ離婚を切り出したのか。
いくつものミステリー要素を解きほぐすように、物語はおいしい結末を迎えます。何度も涙ぐんで、でも心がほこっとあったかくなって、明日からまたがんばろうと思える。そんな素敵な物語でした。年末にぴったり。未読の方は、ぜひ読んでみてください。おすすめです。
