【備忘録】大河「べらぼう」まとめ48-02
ドーモ、三宅つのです。前回の続きです。ついに最終回です。
◆べら◆
◆ぼう◆
第48回(続き)
本居宣長
しじみ汁!!
— 弾正 (@naoejou) December 14, 2025
朝ドラとのコラボですね😁#大河べらぼう #ばけばけ pic.twitter.com/PR0qojlkGe
しじみ汁に国学からの記紀神話。
— 連続8度 (@c_octave) December 14, 2025
「応援してるよ!と心の中で思っていることが、うっかり漏れちゃった」くらいなのがスマートだねえ。裏地でお洒落を楽しむ、みたいな。ふふふ。#大河べらぼう#ばけばけ pic.twitter.com/enEKtCTHEK
新刊が宅配で届いて喜ぶ定信様📙#大河べらぼう pic.twitter.com/zxsrVsqjPy
— 弾正 (@naoejou) December 14, 2025
寛政7年(1795年)3月25日、蔦重は伊勢松坂の本居宣長宅を訪問、彼の著書の販売についての交渉を行ったと考えられている。宣長は蔦重が加藤千蔭らと懇意である事を知っており、交渉は容易に運んだとみられる。蔦重は幕府の咎めを受けそうな箇所の修整を依頼、宣長はそれに応じたという。#大河べらぼう pic.twitter.com/djKMVo9nwI
— 令和の土星人。'25 (@4568Ts) December 14, 2025
本居宣長【1730~1801】は国学者・医師・歌人。伊勢国松坂在住ながら『古事記』研究の第一人者であり、また紫式部と『源氏物語』の研究者としても名高く、国学の大成者として多大な業績を残した。なお平頼盛の子孫を称し「平宣長」とも名乗っている。#大河べらぼう #平清盛 #光る君へ pic.twitter.com/mklWKhI71e
— 令和の土星人。'25 (@4568Ts) December 14, 2025
有名人がスイと出た。
本居宣長の居室に鈴が掛かっているのは彼が無類の鈴オタクだったからですね。北村一輝はさすが大阪出身だけあって京阪式アクセントは完璧(伊勢弁は京阪式アクセントなんだそうな) #大河べらぼう pic.twitter.com/98bFhafE5B
— キヨソネ 或いは KYは静かに眠りたい (@kysn) December 14, 2025
源氏物語研究の第一人者本居宣長
— 埼獅子 (@saijishi) December 14, 2025
彼は伊勢松阪で国学の大家になっていました
蔦重が宣長を訪ねに伊勢に行ったのは史実で
宣長も蔦重に会ったと日記に記しています
ちなみに松坂は紀州藩の飛び地で豪商の町
以前徳川治貞が宣長の名を出したのは紀州藩繋がりだからなんです#大河べらぼう#光る君へ pic.twitter.com/xv4VnNlBPo
古代のローマ人と江戸時代の日本人どっちも似合い過ぎる北村一輝。
— たちばな (@tachibanastoria) December 14, 2025
#大河べらぼう pic.twitter.com/JFCRIgVHUz
平たくない顔族。
うわっなるほど。国学者として大成した本居宣長の和学(国学)の教えを儒学と一線を引いているという例えとして、『玉くしげ』にある「尚ぶは、みな異国風の虚偽にして、人の実情にはあらず、いとうるさきことなり」の文章から引っ張ってきてこのシーンを作ったのか!なんて芸が細かい!#大河べらぼう
— うじと (@ujito2023) December 14, 2025
宣長の「もののあわれ」は本来の日本的なもの
— 埼獅子 (@saijishi) December 14, 2025
仏教や儒学の概念以前の日本的な姿で
源氏物語を論じたのですが
定信は儒学をよく知るので
源氏物語の見方が違うんです
でも国学に対しては
批判もありながら許容もしていました
やはり根っこではわかることがあったんですね#大河べらぼう pic.twitter.com/aD0NMKJrQK
#大河べらぼう#べらぼう #光る君へ
— YASUDA (@Yasuda9432) December 14, 2025
もののあはれを書き記した源氏物語に訳語を付けた本居宣長にもののあはれを説く蔦重。 pic.twitter.com/uvYoWsUfs6
蔦重と本居宣長の関係は、宗教学者の島田裕巳先生がしっかり書かれています。すごくよくまとまっていてお薦め。#大河べらぼう
— たられば (@tarareba722) December 14, 2025
蔦屋重三郎と本居宣長の間にはどういう関係があったのか|島田裕巳 @hiromishimada https://t.co/JE1E2Z52M2
本居宣長、「国学」を勧めた男。
— かにたま (@ChowhanRock1869) December 14, 2025
つまり、「大陸からの儒教」に思いきり中指を立てた男……!
日本史の授業ではなんとなく「へ~」で済んでたけど、
こうして「あの時代は幕府の背骨そのものが儒教」を知ると……とんでもないなアイツ!!
本居宣長の著書『玉くしげ』。和歌山藩主・徳川治貞に献上された政治道徳を説いた書。『玉くしげ』は総論を『秘本玉くしげ』は経済対策や一揆についての意見を記す。『玉くしげ』のみ寛政元年に刊行された。蔦重が「何で手鎖にならない」というのは、御政道に踏み込む内容であったため。#大河べらぼう
— 酒上小琴【サケノウエノコゴト】 (@raizou5th) December 14, 2025
日本人の国民性がスケベなのは、始祖の神さまがスケベだから、もうこれ仕方ない……的なことは、古事記にもそう書いてある。#大河べらぼう
— たられば (@tarareba722) December 14, 2025
日本人は太古の昔からエロ大好き民族。#大河べらぼう pic.twitter.com/NRgRkWQxs4
— 与力 (@zeppekiman) December 14, 2025
それは古事記にも書かれています。
小津安二郎の大叔父にして、松坂の豪商で数万巻の蔵書を誇るなど文人とした名高かった桂窓こと小津久足を知る一冊。本居春庭の門を敲くも、馬琴と深く交わり後に和学を離れ、宣長や源氏物語に対して辛辣な批判の言葉も。宣長も実はもともと小津一族の生まれなのだが。表紙には「西荘文庫」の蔵書印が。 pic.twitter.com/PzK21NkV2D
— Tapkaara (@Tapkara) February 24, 2017
長編小説
東海道の宮宿は現在の名古屋・熱田神宮の門前町。七里の渡しの港町でもあり、東海道で最大規模の宿場だから、蔦重が立ち寄るのも自然なロケーションですね #大河べらぼう pic.twitter.com/Lw2ZCCjIWz
— キヨソネ 或いは KYは静かに眠りたい (@kysn) December 14, 2025
全106冊の大長編『南総里見八犬伝』と旅行記形式の『東海道中膝栗毛』の匂わせ #大河べらぼう pic.twitter.com/v2hFInct44
— キヨソネ 或いは KYは静かに眠りたい (@kysn) December 14, 2025
蔦重にこう言われたからって25年かけてこんなに長い八犬伝書き上げた馬琴先生…www#大河べらぼう pic.twitter.com/xhg3MBUb2v
— ️️️🚁おもち🌇 (@omochiomochi916) December 14, 2025
🔍曲亭馬琴
— 大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」日曜夜8時 (@berabou_nhk) December 14, 2025
"蔦屋の手代"から始まった馬琴でしたが、その後、才能が開花。
蔦重の死から17年後の文化11年、全98巻に及ぶ長編伝奇小説『南総里見八犬伝』の刊行が始まり、ストーリーテリングにおいては他の追随を許さない存在となっていきます。#大河べらぼう #べらぼうナビhttps://t.co/Qi1fGKP6YL
「馬琴には長い話をお願いしたい」
— 酒上小琴【サケノウエノコゴト】 (@raizou5th) December 14, 2025
このあと曲亭馬琴が描くのは『南総里見八犬伝』。文化十一(1814)年から天保十三(1842)年まで二十八年掛けて完結した九十八巻、百六冊の大著である。#大河べらぼう
加減しろ莫迦!
🔍十返舎一九
— 大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」日曜夜8時 (@berabou_nhk) December 14, 2025
蔦重の死から5年後の享和2年、一九は『東海道中膝栗毛』の初編を村田屋から刊行します。
東海道を旅する弥次・喜多コンビの珍道中は、老若男女が楽しめるお話として大ベストセラーとなり、21年にわたって続編が出されました。#大河べらぼう #べらぼうナビhttps://t.co/Qi1fGKP6YL
こっちもロングセラーに。
本好女将
「時には蓮の花が咲く泥沼であってほしい」
— 大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」日曜夜8時 (@berabou_nhk) December 14, 2025
最終回はNHK ONEで配信中👇https://t.co/UOTtccMEPK#大河べらぼう#中村隼人 #横浜流星 #小芝風花 pic.twitter.com/d3oajv8hEK
#大河べらぼう
— 知覚カービィー (@miogto07) December 14, 2025
長谷川「本好きの駕籠かきが多かろう?
どうにも あそこの女将は 本が好きなようでな
磯八と仙太が 俺に気を利かせて
見つけてくれたのだ
子どもにも恵まれ 幸せにしておるようだ
おめえも気になっておるのではないかと」
長谷川様…津島屋の本好きの女将って
瀬川の事だよね!? pic.twitter.com/Tb2nATMB1T
長谷川さまと蔦重、同じ女性に惹かれた者同士
— ️️️🚁おもち🌇 (@omochiomochi916) December 14, 2025
こんな形で瀬川に思いを馳せるシーンが見れるなんて…
幸せそうな瀬川の背中(後ろ姿だけというのも粋な計らい)を見つめるふたりの表情が素敵過ぎて、本当に本当に素敵なシーンだった
#大河べらぼう pic.twitter.com/QDM916jvhv
#大河べらぼう
— 天地百八❖ (@TenkouTisatu108) December 14, 2025
この女性は果たして瀬川なのか…名前も出さない顔も出さない、安易に再会はさせず踏み込まず見守るだけ…
良い按配だと思う…! pic.twitter.com/VMaJw7GBCo
長谷川平蔵様に誘われた先にいた本好きの〖女将さん〗
— あさみめぐる (@asami_meguru) December 14, 2025
はきっと瀬以(瀬川/花の井ちゃん)
幸せに暮らしているのだと分かった長谷川さまと蔦重の表情に、全くの同感です#大河べらぼう#べらぼう pic.twitter.com/boMbYZOzkQ
瀬川の行く末と重ねて、あのカモ平がすっかり成長して社会的弱者の救済に寄り添ってた史実とも上手く絡めてあってしみじみ良いシーン… #大河べらぼう pic.twitter.com/6h0K3YjurM
— キヨソネ 或いは KYは静かに眠りたい (@kysn) December 14, 2025
瀬川の再登場は出しても出さなくても賛否あったと思うので、病身の平蔵の粋な計らいとして再会はせずに背中を見守る形は上手い落としどころだなあと。 #大河べらぼう pic.twitter.com/cD7KSghcbZ
— キヨソネ 或いは KYは静かに眠りたい (@kysn) December 14, 2025
長谷川平蔵は寛政7年5月19日(1795年7月5日)、在職のまま病没、享年50(満49歳没)。嫡男・辰蔵が家督と父の通称を継ぎ平蔵宣義と称した。屋敷は後に南町奉行・遠山金四郎が役宅として受け継いだ。また平蔵の姪の息子が幕末期の幕臣・栗本鋤雲である。#大河べらぼう #遠山の金さん #青天を衝け pic.twitter.com/ypnwCszZ36
— 令和の土星人。'25 (@4568Ts) December 14, 2025
べらぼう最終回
— 福笑 (@smile106uvu) December 14, 2025
そして
長谷川様の最後の顔が穏やか。
長谷川様は
過労で
寛政7年(蔦重の2年前)に亡くなった
なお
長谷川平蔵は火付盗賊改方の頭になり
9年間で解決した難事件は200件以上
歴代火付盗賊改の中でも群を抜く実績
それは過労死にもなる…#大河べらぼう#べらぼう
安らかに pic.twitter.com/coasFwC8o3
オツカレサマドスエ…
ちなみに長谷川平蔵家の当主はその後代々「平蔵」の通称を継承し幕末期まで400石の旗本として存続した。平蔵宣以の曾孫の5代目平蔵直清は維新後に15代将軍慶喜や渋沢栄一らと共に静岡に移住、実業家に転身し1891年には静岡市議会議員になったという。#大河べらぼう #青天を衝け pic.twitter.com/ZUV8iMRqMW
— 令和の土星人。'25 (@4568Ts) December 14, 2025
#大河べらぼう
— Saitoh Masaya (@MS3110) December 14, 2025
五代目瀬川。
身請した鳥山検校が投獄された後、深川の大工と夫婦になり、二人の娘をもうけて幸せに暮らした、と言う説がある。 pic.twitter.com/gOhJGDCUml
脚気発病
下の句あはれなりけりの歌会、よくよく聞いたら忘八どもが下ネタ縛りサイファーやってるのに治郎兵衛兄貴だけ「目黒で食べたスイーツ美味しい」しか言ってねえぞ。美味そうだな目黒の餅!#大河べらぼう
— ずいけん (@hamakkoryusan) December 14, 2025
新吉原が寛政の改革により厳しい経営状態に陥るなか、新吉原の者たちは自ら『新吉原町定書(規定証文)』を作成し、奉行所に提出した。80余りの項目を挙げ、自主規制により廓の安全性を高めるようにつとめた。これは「寛政規定」といわれ、これがその後の基本となる。#大河べらぼう
— 酒上小琴【サケノウエノコゴト】 (@raizou5th) December 14, 2025
寛政8年(1796年)秋、蔦重は脚気を患い病臥するようになった。白米食によるビタミンB1欠乏症もさる事ながら、戯作者や絵師たちを歓待するための酒宴、さらに幕府の検閲との闘いによるストレスも、彼の健康を損なう要因だったと考えられる。#大河べらぼう #大河ドラマべらぼう pic.twitter.com/rz7oV18AAS
— 令和の土星人。'25 (@4568Ts) December 14, 2025
脚気は「足の痺れが心臓に昇り、死に至る(脚気衝心)」と考えられていたが、実のところはビタミンB1の欠乏で心不全と末梢神経障害を引き起こすものであり、足腰が立たなくなる頃には心臓も相当弱っている。#大河べらぼう
— Vatanabeus (@nabe1975) December 14, 2025
蔦重は脚気を患っていたとされる。ビタミンB1を含む糠の部分を取り去った白米を食べる都市部で多く発病したため「江戸患い」と呼ばれた。また、アルコールを多く摂取するとビタミンB1の吸収が阻害されるため、かかりやすい。脚気が進行すると心不全を起こすこともあり、命にかかわる。#大河べらぼう
— 酒上小琴【サケノウエノコゴト】 (@raizou5th) December 14, 2025
蔦屋重三郎は寛政八年頃から脚気を患っていたとされる。
— 酒上小琴【サケノウエノコゴト】 (@raizou5th) December 14, 2025
「江戸の外に出れば治るお武家もいる」
というのは、江戸が白米を多く食べ、ビタミンB1を含む糠を取りきらない(というより野菜を食べる)地方は治る可能性があるということ。#大河べらぼう
脚気が江戸患いと言われていたころの食事がこちら https://t.co/ZDP9dTibJG pic.twitter.com/vL7C1l4Pmu
— アナル挿すヤギ (@AnalFuckGOAT) December 12, 2025
江戸時代、脚気治療所の看板。
— Vatanabeus (@nabe1975) October 19, 2025
脚気は、元禄年間の江戸で多くの発症者を出し「江戸煩い」と呼ばれた。享保年間には京都や大坂でも広がり「腫病」や「大坂腫れ」と呼ばれた。文化・文政期に入ると中国地方や九州でも発症者が多発し、天保年間になると全国の地方都市で脚気患者が見られるようになる。 pic.twitter.com/TjWOAqz5iw
#大河べらぼう
— 天地百八❖ (@TenkouTisatu108) December 14, 2025
Q.なんで国許に戻ると脚気が治るの?
A.主食が米100%じゃなくなるから、特に薩摩は栄養満点さつまいもよ。 #だんドーン pic.twitter.com/xcla0Ymji9
だんドーンの脚気解説わかりやすくて好き pic.twitter.com/OzTkIQPsB5
— 中村 (@nakamuraou) December 14, 2025
蔦重よ、、、玄米を食え……玄米を……もしくはウナギを食うんだ蔦重……。。#大河べらぼう
— たられば (@tarareba722) December 14, 2025
江戸においては、米が安いんですよ。江戸は武士が多いので給料は米で旗本らに支払われる→それじゃ生きてけないので、武士は米を両替し貨幣に換金する→市場に米があふれ米価がさがる。
— ろらん・どあん(red-arima) (@rorann1) December 15, 2025
江戸は貧乏であれば貧乏なほど、米しか食えない、貧乏人ほど太っているアメリカみたいな事が起きてます。 https://t.co/ZlAC0caBsF
一汁一菜といっても付け合わせ程度の漬物や干物で1日5合の白米をかきこむのが理想的な食事とされてた食文化なので…。現代の我々の感覚では分かりにくいですが、戦前くらいまでの世代の「腹一杯白米が食える」ことへの憧れは凄まじいものがあります(私の祖父母もそうだったので)
— キヨソネ 或いは KYは静かに眠りたい (@kysn) December 14, 2025
麦や小豆を食うと良いとは江戸時代にも言われたそうで。
以書耕世
江戸時代に難病ものと死ぬ死ぬ詐欺をすな #大河べらぼう pic.twitter.com/mvrGGzQB4b
— キヨソネ 或いは KYは静かに眠りたい (@kysn) December 14, 2025
そういうとこですよ!!!
「死んだ後、こう言われてぇのでございます。『あいつは本を作り続けた、死の間際まで、書を以て世を耕し続けた』って」
— 大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」日曜夜8時 (@berabou_nhk) December 14, 2025
最終回はNHK ONEで配信中👇https://t.co/UOTtccMEPK#大河べらぼう#横浜流星 pic.twitter.com/AfXhr8mLAE
足が立たなくなって最後の願いを言う横浜流星が今年2度目なの何なんだよ #大河べらぼう
— 志末与志 (@shima_126) December 14, 2025
国宝のは糖尿病。
馬琴先生…!
— DAK (@DAK114514) December 14, 2025
一番良い声でうるさいアレなお方だったけど、真っ先に良い声で蔦重の最期の望みに奔走してくれる男気おじさんだ…!#大河べらぼう pic.twitter.com/bQ9hrnHPQ3
馬琴は藤原実資と同様に大の「日記魔」であり、生涯に亘って詳細な日記をつけていた。耕書堂とその周辺の戯作者や絵師や本屋に関する情報が後世まで伝わったのは、この馬琴の日記によるところが大きい。蔦重の最晩年の日々も馬琴の日記や著書によって後世に伝わっている。#大河べらぼう #光る君へ pic.twitter.com/cGA79Yg1eT
— 令和の土星人。'25 (@4568Ts) December 14, 2025
蔦重亡き後、育てた目はちゃんと花開きます
— 埼獅子 (@saijishi) December 14, 2025
滝沢馬琴として28年に渡る長編、南総里見八犬伝を書き上げ
十返舎一九として、東海道中膝栗毛を大ヒットさせ
葛飾北斎として、浮世絵だけでなく、現代漫画の礎を築いた
蔦重プロデュースは後世まで語り継がれる
化政文化に繋がっていきます#大河べらぼう pic.twitter.com/JFNaZS269x
曲亭馬琴にせよ葛飾北斎にせよ
— 瀑布 (@tornadomilk) December 14, 2025
蔦屋重三郎の死後が本番の人生ですからね
大作家、大絵師になる為の序曲までしか描かれないのは仕方ない
でも確かにその人達と関わっていた事を描いた事に意味がある
#大河べらぼう pic.twitter.com/mFNMKVtdNw
🔍勝川春朗(葛飾北斎)
— 大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」日曜夜8時 (@berabou_nhk) December 14, 2025
蔦重との最後の仕事は、寛政9年刊行の歳旦狂歌集『柳の絲』の挿絵「江島春望」。
波の表現と、奥に見える富士山の構図は、後の代表作「富嶽三十六景 神奈川沖浪裏」を予感させます。#大河べらぼう #べらぼうナビhttps://t.co/Qi1fGKP6YL pic.twitter.com/0nJP2U4jvE
#大河べらぼう
— 天地百八❖ (@TenkouTisatu108) December 14, 2025
このアドバイスが葛飾北斎の代表作、神奈川沖浪裏に…! pic.twitter.com/FYPR2rlOTS
北斎の波は最初から完成されていたワケではなく、のっぺりしたものから次第にドッパーンという擬音が映える迫力に変わっていく。蔦重も見たかっただろう境地に、北斎は長い人生をかけて到達する#大河べらぼう pic.twitter.com/qYxIwZkJ3M
— 平野レミゼラブル (@28kawashima) December 14, 2025
「富嶽三十六景 神奈川沖浪裏」葛飾北斎
— 学べる世界のアート@スマホケース販売中 (@art_matomen) November 16, 2025
北斎、そして全ての浮世絵の中で最も有名な作品。うねる波の表現は北斎の類い稀な観察眼の元に捉えられ、迫力のある描写で描かれている。pic.twitter.com/fIXgkg81Ty
錦織歌麿形新模様 喜多川歌麿 鶴屋版#大河べらぼう pic.twitter.com/5gyjA8fAjQ
— 桂 三木助 (@MikioKatura) December 14, 2025
名作がまた産まれた#大河べらぼう pic.twitter.com/r27ZahCkPc
— アラライ (@ararai_ararai) December 14, 2025
喜多川歌麿は、金太郎を題材とした浮世絵を数多く制作し、特に山姥(やまんば)とともに描かれる作品群が知られている。 pic.twitter.com/2nUyNstOVI
— Takuma Ishikawa (@ishitakuma) November 30, 2025
「なら死ぬな」
— 大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」日曜夜8時 (@berabou_nhk) December 14, 2025
「合点承知」
最終回はNHK ONEで配信中👇https://t.co/UOTtccMEPK#大河べらぼう#横浜流星 #染谷将太 pic.twitter.com/bccacJUpwo
🔍『身体開帳略縁起』
— 大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」日曜夜8時 (@berabou_nhk) December 14, 2025
蔦重自作黄表紙の第二弾で、遺作となった作品。
「売買和尚」が"商売で心懸けるべき事"を諸仏にこじつけて説法、人々は商売見立ての開帳の品々を拝むという物語ですが、教訓ばかりで滑稽さに欠ける内容でした。#大河べらぼう #べらぼうナビhttps://t.co/Qi1fGKP6YL pic.twitter.com/1QQOrttojk
文才はなかったようで。
稲荷之夢
待望の九郎助稲荷様キターッ🦊#大河べらぼう pic.twitter.com/lFxDVDSab2
— 弾正 (@naoejou) December 14, 2025
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— 大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」日曜夜8時 (@berabou_nhk) January 5, 2025
語りの九郎助稲荷(#綾瀬はるか)
人の姿で登場🦊
\#大河べらぼう 第1回、ぜひご注目ください。
配信は👇https://t.co/nQEFVkUpeh
[総合]夜8:00
[BSP4K]午後0:15(昼12:15)
[BS・BSP4K]午後6:00 pic.twitter.com/F4HSLMkyU1
今夜の予告で蔦重が夢を見るっていうからどんな夢かと思いきや、まさかの綾瀬はるかちゃんのお狐様…!
— ️️️🚁おもち🌇 (@omochiomochi916) December 14, 2025
それなのに聞きたいことは100年先の髷のことだし、それすらもう答えたから無理って落語みたいなおバカな夢w
蔦重もう死にそうってのにとことん「べらぼう」らしいな愉快だなあ🤣#大河べらぼう pic.twitter.com/ttW0Teo5JE
後半では大分ナレーションの出番も無くなり
— 瀑布 (@tornadomilk) December 14, 2025
久しぶりに登場したかと思ったら
蔦屋重三郎の最期を笑えるモノにする気満々の稲荷様でした
江戸っ子にシメっぽい最期は似合わないぜ!と言わんばかりの作風には感心する
#大河べらぼう pic.twitter.com/UF3EifLiwy
100年後とはいかないが90年後の髷はこんな感じ。#大河べらぼう#ばけばけ pic.twitter.com/N9znuhFo4x
— ぱーれー (@parley12000) December 14, 2025
「では、今日の昼九つ、午の刻に迎えにきますので」
— 大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」日曜夜8時 (@berabou_nhk) December 14, 2025
九郎助稲荷、最終回にもドラマ出演!🦊
最終回はNHK ONEで配信中👇https://t.co/UOTtccMEPK#大河べらぼう#綾瀬はるか pic.twitter.com/IPpFQ1ezve
#大河べらぼう
— 天地百八❖ (@TenkouTisatu108) December 14, 2025
神様に願うことがそれw
最後まで笑かしてくれるな蔦重w pic.twitter.com/yhGLCxV3MG
ランプの魔人か!
本望本懐
死ぬ直前まで仕事してるの?
— アラライ (@ararai_ararai) December 14, 2025
まったくべらぼうだよ蔦重#大河べらぼう pic.twitter.com/zzhnkHgzHh
「屑屋にだせば本もただの屑だけど、読む人がいれば本。本も本望、本屋も本懐」
— たられば (@tarareba722) December 14, 2025
いい言葉だなあ…。。。#大河べらぼう
「墓碑銘なら飯森さんにお願いしようと思います。お礼も包めますし」
— たられば (@tarareba722) December 14, 2025
ああーなるほど、蔦重が世話した作家のうち生活が苦しそうな人に碑文をお願いした、だから碑文は飯森さん(史実)ってことなのか!#大河べらぼう
#大河べらぼう
— 野田 誠 (@makoto_noda) July 7, 2025
並んだ二人
大田南畝(四方赤良)が、蔦重の母 津与の墓碑銘を
石川雅望(宿屋飯盛)が、蔦重を陶朱公に例えた 墓碑銘を⋯ 陶朱公、津与、石川雅望とほぼ同時に投入してくる脚本⋯ https://t.co/ScoUhiFm1X pic.twitter.com/T12Vm3aEQF
「雨の日も風の日も戯けきられたこと、日の本一のべらぼうにございました!」
— 大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」日曜夜8時 (@berabou_nhk) December 14, 2025
最終回はNHK ONEで配信中👇https://t.co/UOTtccMEPK#大河べらぼう#橋本愛 #横浜流星 pic.twitter.com/l8cmuuelAK
#大河べらぼう
— 天地百八❖ (@TenkouTisatu108) December 14, 2025
人々にエンタメが何故必要か。
おていさんの言う通りそれを教えてくれる生涯だったよ蔦重… pic.twitter.com/fxSNFmxriS
「江戸はもちろん、いまや名も知らぬ街でも、人々は黄表紙を手に取り狂歌を楽しんでいると聞きました。それは旦那様が築き、分け与えた富ではございませんでしょうか。その富は腹を満たすことはできませぬ。けれど、心を満たすことはできます。」
— たられば (@tarareba722) December 14, 2025
全出版関係者、敬礼。#大河べらぼう
準備万端過ぎるおていさんに笑い、こんなに嬉しいことを言われた蔦重の嬉しそうな顔を見て泣く
— ️️️🚁おもち🌇 (@omochiomochi916) December 14, 2025
笑って泣いて、泣いて笑って、蔦重とおていさん、めちゃくちゃ素敵な夫婦だった
なんて素敵な愛の言葉だろうね、「日の本一のべらぼう」って#大河べらぼう pic.twitter.com/0lpAJi9RCo
お前の人生は無駄ではなかった…
拍子木音
森下さんは「(オファー受けた時点で)誰やねん」「合戦なき時代で、脚気で死ぬ本屋のおっちゃん」と思ってたけど、ここまで描けるの尊敬しかない#べらぼう #大河べらぼう pic.twitter.com/Xp3hgorgiO
— Kタカ (@HitUltra) December 14, 2025
#大河べらぼう
— 天地百八❖ (@TenkouTisatu108) December 14, 2025
馬の刻ではない!
ごーん
あっ…
悲しいのに笑かすなや大田南畝!w pic.twitter.com/pCRWmmtElX
「まだ午の刻ではないぞ!」
— 魔王の小姓 (@mori1582oran) December 14, 2025
鐘の音
「あっ」
笑わせないでくださいよ南畝先生 #大河べらぼう
12時を正午というので真昼時。
「拍子木…聞こえねぇんだけど」
— 大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」日曜夜8時 (@berabou_nhk) December 14, 2025
最終回はNHK ONEで配信中👇https://t.co/UOTtccMEPK#大河べらぼう#横浜流星 pic.twitter.com/a0fQ0WsIk1
死の間際にいる夫を抱える役目を兄に託し、屁踊りに加わるおていさん、蔦重の嫁として百点満点すぎんか。#大河べらぼう
— たられば (@tarareba722) December 14, 2025
「たまよばい(「招魂」)の説明↓
— しもよ (@simoyo1206) November 10, 2020
「人が亡くなるとすぐに、たまよばいを行う者(「復者」)が、亡くなった人の衣服を持って屋根の棟にのぼります。通常は親族がたまよばいを行います。復者はその服を振って、「ああ、某よ、戻ってくるのだ!」と声をあげて、亡くなった人に向けてその名前を呼びかけます。
宿屋飯盛と太田南畝が蔦重の死に際に贈った偈(墓石碑の言葉)
— うじと (@ujito2023) December 14, 2025
蔦重の最期はどのように表現されるのかと思いましたが、結構そのままに再現されましたね。#大河べらぼう pic.twitter.com/97RXpCTmuC
#大河べらぼう
— 天地百八❖ (@TenkouTisatu108) December 14, 2025
なんだこのギャグみたいな締めは!と思う皆様、安心してください。史実です
寛政八年五月六日、蔦重は「今日午刻、自分は死ぬだろう」と予言したがその通りにならなかった。
「命の幕引きを告げる拍子木が鳴らない」と笑いながら語り、その日の夕刻亡くなった…
松木寛『蔦屋重三郎』 pic.twitter.com/c04p6aTHkU
蔦重最期の台詞が「拍子木聞こえねぇんだけど…」
— テーブル (@nametable) December 14, 2025
というまるで落語のオチみたくてべらぼうらしい粋な結末だったな…。
そう思ったらどうやら史実らしい。マジですか!?
#大河べらぼう pic.twitter.com/UeeaNkyfOP
いや史実なんかい(笑)
— [*ビスケットのマリー*] (@C_ro_chet) December 14, 2025
#大河べらぼう pic.twitter.com/P6j4JDJqiE
🔍蔦重墓碑銘
— 大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」日曜夜8時 (@berabou_nhk) December 14, 2025
寛政8年秋、脚気の病に倒れた蔦重は、翌年5月6日に48歳で亡くなりました。宿屋飯盛(石川雅望)撰文の墓碑銘には、吉原の本屋から身を起こした蔦重の一生と、その最期について綴られています。
現代語訳をどうぞ。#大河べらぼう #べらぼうナビhttps://t.co/Qi1fGKP6YL pic.twitter.com/b69cAEM7sQ
史実である。
足を伸ばして正法寺にも。蔦重やおていさん、つよさんのお墓参り。墓参りの人は、私以外にもちょこちょこ来てました。こちらは南畝先生と飯盛先生の墓碑銘&碑文。 pic.twitter.com/UW50eO2PeO
— ちはや (@yurakure794) November 16, 2025
本日は蔦屋重三郎の命日。
— あまささおるか (@amasasaoruka) May 6, 2025
寛政9年(1797)5月6日にその生涯を閉じました。時は流れ、明治41年(1908)5月6日に西尾市の実業家の岩瀬弥助が私立岩瀬文庫を創立しました。
「本」が結びつけてくれた、まったく合縁奇縁なものです。
*写真は蔦重の墓碑銘の写#大河べらぼう#蔦屋重三郎#西尾市岩瀬文庫 pic.twitter.com/SpBEChJB3u
蔦屋重三郎は寛政9年5月6日(1797年5月31日)の夕刻に亡くなった。蔦重は「この日の午の刻(昼12時ごろ)に死ぬだろう」と予言していたがまだ死ねず、「命の幕引きを告げる拍子木がまだ鳴らないな」と冗談めかして笑ったという。しかししばらくして彼は息を引き取った。#大河べらほう pic.twitter.com/MlW6pTU3xt
— 令和の土星人。'25 (@4568Ts) December 14, 2025
寛政丁巳(九年)の夏、五月六日に「私は今日の午刻に亡くなる」と言った。身の回りの始末をして妻と別れの言葉を交わし、午刻(昼頃)になって笑って「私の人生は終わったはずだが、析(拍子木)が鳴らない。随分と遅い」と言った後、何も言わなくなり、夕刻に亡くなった。(喜多川柯理墓碣銘)#大河べらぼう
— 酒上小琴【サケノウエノコゴト】 (@raizou5th) December 14, 2025
蔦屋重三郎の魂を呼び戻そうと、みんなで「屁」を連呼して踊り、「魂よばい」をする。呼ばれた蔦重は、約束の「拍子木の音がしないんだけど」と息を吹き返す。実に #大河べらぼう らしい終わり方だし、『喜多川柯理墓碣銘』に書かれた通りじゃないですか!。 https://t.co/yh1YinRuy0
— 酒上小琴【サケノウエノコゴト】 (@raizou5th) December 14, 2025
「拍子木が鳴らねぇ」
— Vatanabeus (@nabe1975) December 14, 2025
蔦重は、寛政9年5月6日に死期を悟り「今日の午の刻に自分は死ぬだろう」と予言して死の準備を整えた。しかし一向にお迎えが来ないので「拍子木が鳴らない」=「幕引きが来ない」と苦笑したという。
これが最期の言葉となり、同日の夕刻没した。享年四十八。#大河べらぼう
やられたーー!!もう最高だった!!何その拍子木のタイミング!!なにその死に方終わり方www
— ️️️🚁おもち🌇 (@omochiomochi916) December 14, 2025
爆笑しちゃってその後流れるいつものOPにじわっと涙が溢れ出た
最後までエンタメの神髄を見せつける傑作でした!!
ありがとう横浜流星くんありがとう森下先生ありがとう大河べらぼう!!#大河べらぼう pic.twitter.com/jsrRAZgyUa
蔦重が「自分は今日の昼時には死ぬはずだが(芝居の終演を知らせる)拍子木がまだ鳴らない」と言ったのは墓碑銘に実際にあるエピソードだけど「周りが騒がしすぎて聞こえない」てのは #大河べらぼう らしいカラッとしたエンディング。ちなみに亡くなったのは夕刻なので、この時はまだ亡くなってません pic.twitter.com/AZBUpuF7fo
— キヨソネ 或いは KYは静かに眠りたい (@kysn) December 14, 2025
2023年『どうする家康』最終回→
— あさみめぐる (@asami_meguru) December 14, 2025
「えびすくい!海老すくい!」
←2025年『べらぼう』最終回
「屁!屁!」#大河べらぼう#べらぼう pic.twitter.com/tAGy7ae8qc
#大河べらぼう
— Saitoh Masaya (@MS3110) December 14, 2025
おなじみ、忘八の親父様方。
蔦重よりお元気そう。
蔦屋重三郎は47歳で亡くなったので、仮に彼より20歳上だったとしても70手前。
江戸時代は、子供の死亡率は今より高いものの、無事に大きくなれば60〜70歳まで生きる人も結構居たそうだから、ピンピンしてるのは別におかしくない。 pic.twitter.com/ZpHLqQtURK
ラストシーンの収録の裏側をチラ見せ👀
— 大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」日曜夜8時 (@berabou_nhk) December 14, 2025
最終回はNHK ONEで配信中👇https://t.co/UOTtccMEPK#大河べらぼう#横浜流星 pic.twitter.com/P1FaMuTktD
おそらく数多の歴代大河ドラマの中で屁で締めた作品は #大河べらぼう が初だろうな pic.twitter.com/0kkVCJEmbM
— 馬券放浪記【世の中ほとんど水】 (@umahourouki) December 14, 2025
いつも視聴者が見聞きしていた拍子木の音=「べらぼう始まるよ!」の合図だったのが、最終回で蔦重の生涯と「大河ドラマべらぼう、これにてお終いでございます」とダブルミーニング(?)になってるの粋じゃんねぇ… #大河べらぼう pic.twitter.com/5bCCVuSKDj
— 幽崎🍴🐺 (@Yuyu_saaki) December 14, 2025
#大河べらぼう#べらぼう
— YASUDA (@Yasuda9432) December 14, 2025
スタッフロールを最後に持ってくる演出を『エンタメに携わった主人公らしいエンタメ的でありかつメタ的である』という演出に使う。悲劇と喜劇は紙一重。
まさしく夢か現か蔦重栄華乃夢噺に相応しい終わり方。
一年間お疲れ様でした。 pic.twitter.com/Jnj1VHAqS4
全員「蔦重を甦らせろォ!!それ!屁!屁!屁!蔦重甦ったァ!!」
— 平野レミゼラブル (@28kawashima) December 14, 2025
蔦重「拍子木鳴ってないじゃん」
全員「へ?」
おあとがよろしいようで……
#大河べらぼう
#大河べらぼう、完結。
— 神無月久音 (@k_hisane) December 14, 2025
稲荷「合図は、拍子木です」
全員「へ!へ!へ!へ!(大合唱)」
蔦重「拍子木、聞こえねえんだけど…」
(直後に鳴る拍子木。〆のカット)
史実蔦重の最後の言葉とドラマのラストを絡めて、最後の最後まで「戯け」をテーマに描き切った大河でしたな。見事な作品でした。 pic.twitter.com/HRNM4IOAeb
最終話だけオープニングとキャスト総覧がラストに流れる「和製エンタメの王道」を、よりによってこのドラマの最後にもってくるの、最高かよ。#大河べらぼう
— たられば (@tarareba722) December 14, 2025
おあとがよろしいようで。
【続く】
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