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温もりの向こう側

むかしむかし、あるところにmixiというソーシャルネットワークサービスがあった。

人は自らのプロフィールを設定し、好みのコミュニティに属し、他者と繋がった。
mixi上での友だちはマイミクと呼ばれ、紹介文を書いたり、日記のコメントをしたり。

時にバトンと呼ばれる、お題に沿った記事を次から次へと書き繋げていく習わしも発生しておった。




時は令和。
noteというプラットフォームにおいて、私に届いたひとつの記事。

【note版ペイ・フォワードプロジェクト】と称した恩送りの優しいムーブに乗り、「繋ぐ人」として私を紹介してくださったのはSatsukiさんだ。

書いてくださった文を読んで、ずっと前からリアルで友だちだったかな?ってくらい、端的に、それでいて的を射た紹介に、思わず一人頬をゆるめた。

記事中でも触れてあるけれど、私は彼女のもうひとつのアカウントで出会った。
時にふわり温かく、時にしっとり憂いを帯び、深みのある世界を届けてくれる大好きな人。


今はこちらのアカウントで、新たな挑戦を綴り、毎日投稿を続けている。
タイトルからは想像しきれない見事な構成で、紹介してくださいました。



このnote版ペイ・フォワード、実は少し前から知っていた。
私がフォローしているクリエイターさんたちも、誰かからきたそのバトンを、また誰かへと繋いでいる。

私は、それを見ていた。
そうそう、mixiのバトンも。見ていた。


自分のフォロワーさんからフォロワーさんへ。
自分のマイミクからマイミクへ。

バトンが繋がれ、輪が広がっている。
その波紋は大きくなっているのがはっきりとわかる。



でも、回ってはこない。

いつもコメントしていたり、仲良くしているつもりのあの子からも、そのバトンが手渡されることはない。


輪が見えていても、たぶんそれなりに近くにはいても、回ってこないバトンもある。


疎外感というには大袈裟すぎる、
寂しいと嘆くほどの感情があるわけでもない。
ただ、見えている以上、静かにその事実を咀嚼している自分はいるのだ。


さて、そんな私に回ってきたバトンをどうするか。


この企画は本当に素敵だと思うし、皆さんの記事を読むことで新たな出会いも生まれて、確かに私の世界も広がっている。


素敵なクリエイターさんが溢れている中で、三人紹介するのは難しいことではない。
ただ、私がこのバトンを誰かに渡せば、その先にはまた、渡されない人が生まれる。

かつての私のように、輪が広がっていくのを眺めながら、自分のところには回ってこないバトンを見つめる人もいるかもしれない。


眠れないほどに 思い惑う日々……
あの歌が伝える感謝を思い出す。 

Thank you for your kindness
Thank you for your tenderness
Thank you for your smile
Thank you for your love
Thank you for your……

さよならの向う側




決してさよならをするわけではないけれど、
温もりを残したいからこそ、そっとここに置いておきます。

そして私はまた、見ている人に戻るだけ。