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トランスとして働く中で感じた“違和感”の正体

トランスとして働く中で、
ずっと言葉にできない違和感を感じていました。

それは露骨な差別とか、
誰かに何かを言われたという話ではありません。

むしろ、周囲はわりと普通でした。

それでも、どこかでずっと引っかかっている感覚があった。

最近になって、
その違和感の正体が少し見えてきた気がします。

今日はその話を書いてみます。


違和感は「出来事」ではなく「空気」にあった


働いていると、
特別な出来事があるわけではありません。

普通に仕事をして、
普通に会話をして、
普通に一日が終わる。

でも、どこかで感じる感覚がある。

「自分はここにいるけれど、
 完全にこの枠の中にはいない気がする」

説明しづらいですが、
そんな距離感のようなものです。

誰かが意図的に作っているわけではない。
それでも、確かに存在している空気。

それがずっと気になっていました。


最初は「自分の気にしすぎ」だと思っていた


こういう感覚を持つと、
まず自分に疑いを向けます。

「自分が過敏なのではないか」
「考えすぎではないか」

実際、そう思っていました。

だからなるべく気にしないようにして、
仕事に集中するようにしていました。

ただ、無視しようとしても
違和感は消えませんでした。

むしろ、
言葉にできないまま積み重なっていく感じでした。


違和感の正体は「役割の曖昧さ」だった


最近になって気づいたのは、
その違和感の多くが

「自分の立ち位置の曖昧さ」

から来ているのではないか、ということです。

職場には、
暗黙の役割があります。

"男性として扱われる人"
"女性として扱われる人"

それぞれに
期待される振る舞いや距離感がある。

多くの人は、
そこに自然に当てはまります。

でも "トランス" の場合、
その枠にきれいに収まらないことがあります。

すると、

・どう接すればいいのか
・どの距離感が正解なのか

周囲も、自分も、少しだけ迷う。

その「少しのズレ」が、
違和感として積み重なっていたのだと思います。


誰かが悪いわけではない


ここで大事だと思うのは、
これは誰かが悪いという話ではないということです。

職場の人たちは
基本的に普通に接してくれています。

それでも違和感が生まれるのは、
社会の仕組み自体が

"二つの枠を前提に作られている"

からなのかもしれません。

そこに例外が現れたとき、
誰も正解を知らない。

だから小さなズレが生まれる。

たぶん、
それだけのことなんだと思います。


だからこそ、言葉にする意味がある


この違和感は、
長い間うまく説明できませんでした。

でも、
言葉にしてみると少し整理されます。

そして、もしかすると
同じような感覚を持っている人もいるかもしれません。

トランスに限らず、

・職場で少し浮いている感覚
・枠にきれいに収まらない感覚

そういう経験は、
多くの人が持っている気がします。

この記事が、
自分の違和感を考えるきっかけになれば嬉しいです。


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