人を食らわば殺意まで 25話■CASE5 宮田五樹

拘束

 食事を終えたレイカが、乱れた菜々花の服を元通りに戻していく。
 まだ菜々花は眠ったままだ。
「……菜々花は俺たちで運ぶから、レイカは少し休んだら?」
 そう提案する俺を見て、レイカが微笑む。
「優しいのね」
 その言葉に、少し胸が痛んだ。
 罪悪感なんて、感じている場合じゃない。
 だけどレイカはどんどん人間らしさを手に入れていく。
「それじゃあ、お願いしようかしら。まだ馴染んでいないから、彼女の胸を揉んだり、潰したりしないようにね」
 揉むことはないが、おんぶするのは厳しいかもしれない。
「2人で運ぶから、大丈夫だよ」
 俺が菜々花の後ろから上半身を抱え、統司が足を抱えた。
 起こさないように、振動を与えないようにしながら、階段を登って標本室まで運び出す。
 その場に、菜々花さんの体をゆっくりおろすと、俺たちは持ってきていたカバンから、スタンガンとロープを取り出した。
 統司は、ナイフもポケットに仕込む。
 ヘアスプレーとライターはカバンに入れたまま。
 そのカバンは俺が左手に持ち、もう一度、音をたてないようにして、階段をゆっくりおりて行く。
 ベッドに寝転がるレイカが視界に入り、少しだけホッとした。
 本当に寝ているようだ。
 ただ、ここで終わりじゃない。
「スタンガンは、逆に起きてしまうかもしれません。このままロープでベッドに固定しましょう」
「うん」
 統司の提案を聞き入れ、俺たちはまず、ベッドの下にロープを通した。
 両側に立ち、俺は統司にロープの端を手渡す。
 レイカの体に触れないよう、こっちでもロープを浮かせておいた。
 両端を持った統司が、ロープを結ぶように絡ませた後、ゆっくり端を引っ張る。
 俺はスタンガンを構え、統司に目配せし、浮かせていたロープから手を離した。
 直後、統司は勢いよくロープを引っ張り、それをこま結びにする。
 レイカの肘あたりにロープが食い込む。
 手を引き抜くことは難しいだろう。
「よし……!」
 統司が呟く。
 俺もまた、少しだけホッとしていると――
「なにしてるの」
 レイカが、俺たちの方を見た。
「……っ!」
 構えていたスタンガンを、隠し損ねてしまう。
 どう言い訳するべきか、迷っている俺とは対照的に、統司はすかさずポケットから取り出したナイフを、レイカの右手に振りおろす。
 だが、右手はハサミに変化し、ナイフがそれを貫くことはなかった。
 それでも統司はあきらめず、そのナイフを、レイカの胸に突き立てる。
 今度は問題なく、ずぶずぶと、ナイフの先が沈んでいった。

 せっかくのチャンスを逃すわけにはいかない。
 俺は、追い打ちとばかりに、スタンガンをレイカの胸に押し当てる。
「……スイッチ、押さないの?」
 押さないと。
 そう思うのに、手に力が入らない。
 レイカが寝てくれてたら、もっとラクにできたのに。
 躊躇する俺を見て、レイカは言った。
「優しいのね」
 微笑みながら、俺を見る。
「本心じゃない。五樹さんの優しさに付け込んでるだけです」
 統司はそう言うと、俺からスタンガンを奪い、レイカに押し当てた。

 バチバチと激しい音がなり、レイカの体が跳ね上がる。
 効いているのか、直後、脱力するのが見て取れた。
 右手は、人間のような手に戻っている。
「まだ……倒せたわけじゃないですけど、とりあえずは……」
「ホントごめん。統司にまかせっきりで……」
「大丈夫です。俺がしたこと、見逃してくださいね」
「当然だよ」
 この後、まだ仕事が残っている。
 レイカを……燃やさなくてはならない。
「カバン、くれますか」
「うん」
 すべて統司に任せるわけにはいかないけど、促されるがまま、カバンを手渡す。
 中にはライターとヘアースプレー。
 それが有効なのかどうかはわからないけど――

「なにしているの」
 少し気を抜いていると、レイカと同じ言葉を、離れた場所から投げかけられた。
 俺と統司が、慌てて声のした方へと目を向けると、階段から詩音がおりてくる。
 詩音はレイカの友達だ。
 だからといって、譲れるものではない。
「お嬢様を倒すしか、俺らが生きてまともな姿で帰れる道はありません」
 統司が詩音に説明する。
 詩音は落ち着いた様子で歩み寄ると、統司の隣に立ち、ベッドで横たわるレイカを見下ろした。
「気を失っているのね」
「うん……」
「だったら、ナイフは抜いてもいいんじゃないかしら」
 そう言うと、詩音はレイカの胸に刺さったナイフに手をかける。
 このナイフを抜いたくらいで、いきなりレイカが起き上がったり、拘束が解けるようなことはまずないだろう。
 大丈夫だとは言い切れないけど、止めることもしないでいると、詩音は引き抜いたナイフを、そのまま勢いをつけるようにして、隣の統司の胸に突き刺した。
「え……」
「ぐっ……ふ……」
 統司は、信じられないといった様子で目を見開き、詩音を見る。
 俺も、信じられなかった。
 ナイフを引き抜くと、当然ながら血が溢れてくる。
「あ……」
 統司は傷口を手で押さえていたけれど、そんなんでどうにかなるものじゃないだろう。
「統司、動かない方がいい」
 近くにあったテーブルクロスを引き抜くと、俺は統司のもとへと駆け寄った。
 折りたたんだテーブルクロスを、統司の手をどかしながら傷口に押し当てる。
 どうすればいい?
 この場にいるのは危険だ。
 かといって、下手に動けば、傷口が開いてしまうかもしれない。
 ふらつく統司を支え、座らせようか考えていると、また階段から誰かおりてきた。
「な……」
 りっかを刺したシェフだ。
 おそらくりっかの知り合いだろうけど、いまはレイカに忠実な使用人。
 駆除を終え、報告に来たのか。
「害虫ですか」
 シェフが尋ねる。
「違う!」
「害虫よ」
 否定する俺の言葉を遮るように、詩音が声をあげた。
 シェフが従うであろうレイカは、眠ったまま。
 シェフは、痛みに耐える統司に近づくと、指先から伸びた針を胸元に突き刺した。
「あ……」
 おそらく麻酔だろう。
 統司はラクになる。
 だが、それはシェフが害虫を運び出すための手段に過ぎない。
 シェフは俺を突き飛ばし、統司を抱える。
「ま、待て! 違う、統司は……!」
「あなたも刺されたいの?」
 シェフを止めようとする俺を、詩音がナイフを構えて脅した。
 統司の血がついたナイフを見せつけられ、動けなくなってしまう。
 その隙に、シェフは統司を連れ去った。


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