反省と修理の関係|自分を責めやすい人へ
反省すること自体は、悪いことじゃない。
むしろ「ちゃんとしている人」ほど、
まじめに自分のことを振り返り、よく反省する。
ちょっとしたことで落ち込んだり、
いいことがあったはずなのに、
なぜかうまくいかなかったシーンばかりが頭をよぎって、自己嫌悪に陥ったり、自己肯定感が下がってしまったりする。
そうこうしているうちに、
せっかくの休日が、いつの間にか終わっている。
このタイトルをクリックした時点で、
心当たりがある人は、たぶん少なくないと思う。
何を隠そう、僕もまさにそういうタイプだった。
以前は、週末になると、
その週にあった出来事をぼんやり振り返って、
「あれは反省したほうがよかったな」とか、
「もう少しうまくできたよな」とか、
頭の中で自然とダメ出しをしていた。
几帳面にメモを取るタイプでもないのに、
印象に残った“よくなかったシーン”だけは、
なぜか、何度も思い返してしまう。
たとえば今週、寝坊した日があった。
起きた瞬間、「やってしまった」と思ったし、
焦ってお客さんに連絡して、
あとからあれこれ考えてめちゃくちゃ落ち込んだ。
謝罪の連絡を改めてしたところ、
お客さまは思っていたほど気にしている様子もなく、「大丈夫ですよ。お疲れですか?」と、笑って言ってくれた。
それでも頭の中では、
「信頼を下げてしまったんじゃないか」とか、
「だらしないと思われたかも」とか、
相手が言ってもいないことまで、
思われてるんじゃないかと、
どんどん妄想が膨らんでいった。
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そのときに思ったのは、
反省って、取り扱いを間違えると、
不安を増殖させる装置みたいになる、
ということだった。
本来の反省は、もっとシンプルなはずだ。
悪かった点を特定して、
適切にそこを直し、
同じことを繰り返さないようにする。
パッと見、元通りにする。
安心して、また使える状態に戻す。
この工程、何かと似てると思ったら、
「修理」に近い作業だと考えた。
修理はもちろん穴が開いていたら塞ぐし、
使いづらいところがあれば調整する。
それは、美しい工程、技術だと思う。
でも、反省が暴走し始めると、
「修理の対象」が、徐々に変わってくる。
本来は修理すべきところだけ直せばいいのに、
直す作業に熱中しているうちに、
「あれ、ここも気になるな」とか、
「ついでにここも直したほうがいいかも」とか、
関係ないところまで目に入ってくる。
そうして範囲を広げていくうちに、
行動は何も変わらないのに、
焦る気持ちだけが修理を促してしまい、
どんどん心が消耗していく。
特に週末は、これが起きやすい。
人は、暇になると考える。
そして残念なことに、
暇な時間に浮かんでくるのは、
ポジティブなことばかりじゃない。
時間がある分、
反省も、不安も、増幅しやすくなる。
だから最近は、
「これはもう先に進んじゃダメだな」と思ったところで、心の中でストップをかけるようにしている。
これ以上、修理を続けても、
パッと見、ほとんど変わらない。
それが分かってきたからこそ、
修理を続ける理由がないことに気がつけた。
自分の性格の癖を、
少しは理解してきた結果だと思っている。
反省をやめたからといって、
急に成果が変わったわけでもないし、
劇的に人生が変わったわけでもない。
ただ、週末が静かになった。
後ろばかり見ていた視線は徐々に、
今と、未来を向く時間が増えたと思う。
休みを、
休みとして受け入れられるようになった。
そんな小さな変化が起きた、程度の話だ。
⸻
反省しがちな人や、
真面目な人、完璧主義気味の人にとって、
「反省するな」と言われても、
それはたぶん、無理だと思う。
考えてしまう性質、性格は、
そう簡単には変えられない。
だから大事なのは、
反省をするか、しないか、ではなく、
どこまでやったら十分とするかを、
自分で決めることなのかもしれない。
どこを修理するかを考え続けるより、
どこまで修理したら十分かを決める。
たぶんそれが、
「反省のやめ時」なんだと思う。
修理の目的は、
直したことが分かることではなくて、
何事もなかったような状態に戻すこと。
それなのに、
最初に直そうと思っていたところを修理しているうちに、あれこれ気になって範囲を広げてしまうと、かえって修理そのものが目立ってしまうことがある。
エネルギーを使って、
ちゃんと向き合っているつもりなのに、
それが報われないのは、もったいない。
僕の中で、
修理と反省は、やっぱり似ている気がする。
おしまい。
よい週末を。
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