音楽を語ろう【ミッシェルガンエレファント対ブランキージェットシティ】
1998年福岡岩田屋ジーサイド店の片隅で小さなバトルが毎日繰り広げられていた。
その日流す店内BGMについて。
当時勤めていた洋服セレクトショップが老舗百貨店岩田屋Z side地下のテナントに入ることになった。
私はそこの店長を任された。隣はパンクロックグッズを扱うショップ。
そこには岩田屋の社員さんとアルバイトさんがいた。
私がその頃聴いていた邦楽は、ミッシェルガンエレファントやサニーディサービス、小沢健二、UAなど。UAやオザケンはもう少しあとかな?
隣のアルバイトA君はミッシェルも聴くけどブランキー派。浅井健一氏のファンタジーな世界と高音にシビレるんですよ、と語るA君は浅井健一風にしてもらったという金髪パーマでクシャっとした人懐っこい笑顔で女性客から人気者だった。
開店と同時に
【ガソリンの揺れ方】を爆音で流し始める。
『またブランキー⁈
たまにはミッシェルかけよう!』
そういうと渋々
CDを取り替えてくれた。
お昼休み、私が売り場を離れて休憩から戻ると、
浅井氏のトロ〜っと溶けるような声がまた鳴り響いている。
【赤いタンバリン】
浅井健一ワールドを代表する曲
♪あの娘のことが好きなのは
赤いタンバリンを上手に撃つから
流れ星一個盗んで
目の前に差し出した時の顔が見たい
Oh 愛という言葉に火をつけて燃えあがらす
いくらか未来が好きになる
赤いタンバリン 赤いタンバリン♪
彼が休憩に行った隙にCD取り替える。
彼が帰ってくると
【はいミッシェル終了~」とCD取り替えられる。
そんなバトルを毎日のように繰り返していた。
楽しかったなぁ。
浅井氏の甘いかったるい声よりも
チバユウスケのしゃがれた繊細な声とアベフトシのすさまじいギターの音を聞きながら洋服たたんだり、ディスプレイ替えるのが楽しかった。
ミッシェルの凄さはライブ。
3.4回ライブ行ったけどステージ上のチバさんは最高にかっこいい。
アベさんのギターも超スピードで尋常じゃない。
どうやったらあんな速さで弦弾けるわけ?
あの図太い骨を感じるベース音、狂ってるギター、中毒性あるメロディにチバユウスケのガナり声が心地いいんだか何かよくわからないけど鼓膜に突き刺さる。
ライブでTシャツを買った。
TMGEのドクロ🏴☠️のTシャツ。
ずっと大切に夏は着ていた(いつからかパジャマ)
ちなみに旦那と一緒にミッシェルのライブ行きましたよ。
でも、
私が男だったら黒のドクロプリントTシャツの妻を抱く気にはなりませぬ。
チバさんがこの世を去る数年前にボロボロよれよれになったTシャツを捨てた。さようならTMGE
最近ブランキーを聴いてみた。
あー、これか!
Blankey Jet Cityのロック魂と唯一無二であろう浅井さんの詩の世界を
今はまっすぐ感じることができる。
【ガソリンの揺れ方】
♪ガソリンの香りがしてる〜
から始まって
♪寂しさだとか、優しさだとか、
ぬくもりだとか
切なさだとか、儚さだとか、
運命だとか言うけれど、
そんな言葉に興味はないぜ
ただ鉄の塊にまたがって
揺らしてるだけ。
自分の命揺らしてるだけ♪
どうゆうこと?
きっと浅井さんは思ったこと、見た景色をそのまま言葉にして歌ってたんだ。
共感を求めることなく
かっこつけることなく純粋な気持ちを歌っていた。
今聴くとかっこいいわ。
でもね、、、やっぱり
1998年フジロックにミッシェルとブランキーが出た時の映像みてミッシェルガンエレファントの疾走感に圧倒されるよ。
【G.W.D】
がなるーわれるーだれるー風がぁ
がなるー割れるーだれるー聞こえる
刻んだ瞬間を 踏み散らすために
指から舐め出してくるぶしで終わる♪
G→がなる
W→われる
D→だれる
…??
うーむ、、、
⁇⁇⁇
詩よりもバケモンみたいなギター、ベース、ドラム演奏にこのバンドの凄さはある!
『俺たちが
日本のTHEE MICHELLE GUN ELEPHANTだ』
1998年夏
第二回フジロックで海外勢に負けてなかったミッシェルのステージ。
1番地面を揺らしたのはミッシェルだったと海外メディアからも絶賛されていた。
洋楽至上主義だったこの時代
チバユウスケのこの言葉は伝説となった。
私の青春を彩った日本のロックバンドのひとつ
THEE MICHELLE GUN ELEPHANT
間違いなく最高のロックンロールスターなのだ。
※ちびひめさんのかっこいいチバユウスケイラスト使わせていただきました。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
いいなと思ったら応援しよう!
サポートありがとうございます!
いただいたサポートは
アイス代、いえ
社会貢献活動に寄附します!
