「薮薩ノ浦原を未来へつなぐ会」設立趣意書

― 琉球開闢の聖地と、沖縄の自然・文化を未来の世代へ ―
現在、沖縄・南城市玉城百名において、琉球の歴史と文化の源流ともいえる聖域の中で、リゾート施設の建設計画が進められています。

私たち「薮薩ノ浦原を未来へつなぐ会」は、このかけがえのない自然・歴史・文化的景観を守り、未来の世代へ引き継ぐため、計画の中止または抜本的な見直しを求めるとともに、薮薩ノ浦原を将来にわたって保全するための活動を行うことを目的として設立します。

琉球開闢の地・薮薩ノ浦原
沖縄には、独自の国生み・創世の神話があります。
琉球最初の歴史書とされる『中山世鑑』には、琉球開闢の神「阿摩美久(アマミク)」が琉球の天地を開き、国土を形成していった物語が記されています。
その伝承の中で、アマミクが築いたとされる「琉球開闢の七御嶽」は、琉球の人々が大切に守り伝えてきた特別な聖地です。
その一つが、南城市玉城百名に広がる薮薩ノ浦原(やぶさつのうらばる)です。
薮薩ノ浦原は、百名の海岸から丘陵にかけて広がる地域で、琉球の創世や稲作の起源に関わる重要な聖地が数多く残されています。
この地には、アマミクが沖縄本島へ上陸した場所と伝えられるヤハラヅカサ、アマミクが仮住まいしたと伝えられる浜川御嶽、そして稲作発祥の伝承を持つ受水走水など、琉球の人々が長い年月にわたって祈りを捧げてきた場所が点在しています。
これらは単独の史跡ではなく、自然環境と信仰、歴史、伝承が一体となった一つの文化的景観を形成しています。
そして現在、計画されているリゾート施設は、こうした聖地が連続する薮薩ノ浦原の中に位置し、ヤハラヅカサや浜川御嶽に隣接する場所に建設が計画されています。

沖縄の「聖地」は、自然そのもの
琉球・沖縄の伝統的な信仰において、御嶽は重要な聖地です。
御嶽には、神社のような社殿があるわけではありません。
森、岩、泉、海辺など、その土地の自然そのものが聖域とされ、祖先や神々への祈りが捧げられてきました。
つまり、沖縄の聖地にとって、そこに残された自然そのものが文化であり、信仰そのものなのです。
だからこそ、開発によって土地の形状や自然環境、景観、静けさが失われることは、単に一つの土地が変わるという問題にとどまりません。
そこに込められてきた祈りや記憶、地域の歴史、そして次の世代へ伝えるべき文化的景観そのものを失うことにつながりかねません。
開発を止めるだけではなく、未来へ残すために
私たちは、単に「開発に反対する」ことだけを目的としているのではありません。
薮薩ノ浦原が持つ自然・歴史・文化的価値を未来へ継承するために、地域住民をはじめ、沖縄県内外の多くの人々と力を合わせ、薮薩ノ浦原を開発から守り、次の世代へ引き継ぐ仕組みをつくることを目指します。

そのために、土地の保全・取得を視野に入れたナショナル・トラスト型の市民運動を展開し、寄付やクラウドファンディングなどを通じて、多くの方々の力を結集していきます。
そして将来的には、地域住民、行政、専門家などとも連携しながら、薮薩ノ浦原一帯の自然・歴史・文化的景観を長期的に守り、適切な形で次世代へ継承していくことを目指します。

未来の子どもたちへ
首里城や斎場御嶽をはじめ、琉球の歴史と信仰を今に伝える場所には、沖縄の人々が長い年月をかけて守ってきた記憶があります。
薮薩ノ浦原もまた、琉球の創世にまつわる伝承と、自然と信仰が一体となった沖縄の文化を今に伝える大切な場所です。
私たちは、薮薩ノ浦原を「開発されるか、されないか」という目先の問題だけで捉えるのではなく、
「100年後、200年後の沖縄の人々に、私たちは何を残すのか」
という視点で考えたいと思います。
かつての人々が守り伝えてきたこの聖地を、私たちの世代で失うのではなく、未来の子どもたちへ手渡していきたい。
そのために、私たちは立ち上がります。
薮薩ノ浦原を未来へ。
琉球の自然と文化、そして祈りの記憶を、未来の世代へつなぐために。

令和8年8月10日
薮薩ノ浦原を未来へつなぐ会

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